第4話 この程度余裕(白目)
下卑た笑みを浮かべ、ゆらりと近づいてきた男は腕を高く振り上げた。平和な日本で生まれ育った俺は暴力に慣れておらず、男の身長も相まって身が竦む。おかげで今さっきの威勢は霧散し、ぎゅっと目を瞑ってしまう。
「いっ……?」
いつまで経っても想定した衝撃がやって来ず、俺は恐る恐る目を開けると、未だ男は俺の目の前に立って腕を振り上げていた。時間が止まったかと錯覚した俺だが、確実にだがゆっくりと腕は俺に向かっている。そして、俺も身体がこり固まったようにゆっくりとしか動かない。
まさか、これが走馬灯……! いや、違うから。何となくだが、俺はこのゆっくりタイムの正体がわかる。これは俺が天誅をしている時に感じるものだ。いわゆるゾーンと言うものだろうか。思考が極限まで加速して体感時間が引き延ばされ、視界がクリアになる感覚。この状態の俺は無敵だ。
「とう!」
俺はゆっくりとだが、確実に男の懐に潜り込む。そして、優しくその腹部に掌底を打つ。そのまま残心で男の背後に回った。体感時間が元に戻り、たたらを踏んだ男は振り返るなり俺を睨みつけた。
こ、怖いよぉ~。ガチムチ漢と戦うとか馬鹿だろ! 体重差考えろ! レフェリーを呼べ! レッドカードだ!
「大人しくしてりゃいいものを……」
「フッ、勝負はついた」
「あぁ? 何言って……うっ……!」
俺に近づこうと一歩を踏み出した男はその場に倒れこんだ。お腹を押さえ、苦しそうに呻き声を上げる様子に、残りの三人は戦慄したようだ。信じられないとばかりに俺と倒れた男を交互に見ている。
フハハハハ! 俺が使ったのは嫌がらせ魔導さ! しばらくは地獄のような腹痛にもだえ苦しむといい! 気を緩めれば決壊するぞ? HAHAHA!
「お前、何をした……?」
「秘孔を突いた。貴様らもこうなりたくなくば立ち去るといい」
はいうそー! 秘孔とか知らん。俺は世紀末で生き抜いたことはない! 適当にホラ吹てどこかに行ってくれねえかなぁ。はい、デスヨネー。豪勢に武器まで取り出してまぁ! 俺、大ピンチ! 足ガックガクなんですけど!?
震える足を必死で隠しつつ、俺は正面の三人を見据える。逃げようにも立っているのがやっとの状況では不可能だ。俺は自分の馬鹿さに後悔しながらその時を待っていた。が、この状況で一人フリーになった人物を俺たちは忘れていた。
「がぁ……」
「なに!?」
一番ガタイの良い男を背後の女が殴り倒したのだ。その腕にはやたらと重厚な手枷が嵌められており、それで殴ったらしい。気絶して地面に倒れた男と背後の女に気を取られた隙に、俺は残りの二人に接近して触れた。
「ぬぅぅ……」
「おぉぉぉぉ」
「次、相まみえた時は手加減はしない。それと、迷惑料は貰っておく」
俺は二度と関わるなと脅しをしてから、倒れ伏す男たちから武器と腰に付けていた巾着を拝借する。巾着の中はジャラジャラと音が鳴り、中にはそれなりの金額が入っていた。
「さて、今のうちにぃぃぃ!?」
「こっち」
ぎゃあぁぁああぁぁ! 待って! ゆっくり走って! 足が! 足がもつれる! あっ。
俺は女に引っ張られて走る。恐怖と興奮で産まれたての小鹿もびっくりな足は簡単にもつれた。そして、転びかけた俺を女はお姫様抱っこして走る。俺が解放されたのはしばらく走ってからだった。
「助かった、ありがと」
「あ、はい」
適当な空き地に降ろされた俺はそのまま地面にぺたんと座る。色々と解放されて緊張の糸が途切れたのだ。そんな俺を不思議そうに見下ろす女と目が合った。俺は目を逸らした。
いや、無理だって! 運ばれている時にじっくりと堪の……観察したんだけどさ、びっくりするほど美人なんよ。透き通るような水色の髪と、同じように宝石のような水色の瞳。冗談なようなくびれでありながら、胸と尻は大きくて素晴らしい。直視したら赤面しちゃう。は? だから童貞なんだって? そうだよ。悪いか!?
「あなたは?」
「え? はい?」
「名前を聞いているのだけど」
「あー、えっとユニ……です」
「そう。ありがと、ユニ」
のあぁぁぁぁああああぁぁぁぁ! 唐突に名前を聞かれて本名を口走りそうになっちまったぁぁああぁぁぁぁあぁ! ユニって誰だよ! 女みたいな名前だな。……ある意味、見た目とはマッチしてるか。これは怪我の功名。
「なんで助けてくれたの?」
「え、何となく?」
「え……?」
そんな唖然としないでよ。いや、滅茶苦茶可愛いからいいけど……じゃない。いい加減、色々聞かねえと。あの男どものこととか、その手枷のこととか。いいか、落ち着け、俺。普通に聞くだけだ。自然に、自然に、だ。すぅ~~~、はぁ~~~。よし。
「……そ、その、あの、何であんなことになってしたのですか?」
ぎゃぁああぁぁぁ! どもったぁぁああぁぁぁあぁ! 無理無理! 美女と自然に話すとかハードル高すぎ! 見た目は変わっても中身は童貞なんですぅぅううぅぅぅ! ゆるしてぇえぇえぇぇぇえぇ!
俺は心の中で一人、悶絶していた。
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