第30話 エンフィールド男爵家の価値
シキとエリンは今後の打合せをするため、王城の東屋でイルミナージェ王女と〈雷霆〉ランディとの会談に臨んでいる。
「やはり宰相は掌を返して実利を取ってきましたか」
「そんなにいい素材だったんですか? その熊の心臓は」
「
「エリンの言う通りです。もし氷熊に限らず貴重な魔獣の素材が定期的に供給可能になれば、相当な利益が見込めると思います」
「そうですか」
「それにね、お肉もとっても美味しいのよ」
「あっそう……」
食いしん坊な義母エリンはさておき、シキは以前に樹海で〈SG-068 シアニス・エルプス〉が倒した魔獣のことを思い出す。
スプリガンで倒したその魔獣は一定時間が経つと消えてくなくなり、Break off Onlineのゲーム内通貨であるCRに変換された。
オルティエによるとCRになるのはとどめを刺した場合のみらしいので、うまく手負いにして冒険者にとどめを刺させれば素材は手に入るはずだ。
これまでもエンフィールド男爵領には魔獣の素材を求めて、稀にだが冒険者がやってきていた。
今回話題になっている氷熊の肝もその冒険者たちの成果だろう。
なのでエンフィールド男爵家が魔獣の素材で稼いだ金を蓄えている、という国王の邪推はハズレである。
「やっぱり母様はエンフィールドが発展すると嬉しい?」
「うーん、私としては長閑なままでも構わないけど、国に目をつけられた以上は今のままとはいかないでしょうね」
「む、母様にしては真っ当な意見」
「ちょっとどういう意味よー」
「〈剣姫〉殿の言う通りだ。樹海の視察の結果次第では、魔獣の素材の販路は王国主導になるだろう」
頬を膨らませたエリンに脇腹をくすぐられ、じたばたもがいているシキに向かってランディが真面目な表情で言った。
「ランディ。いつもの軽薄な態度の演技が抜けていますが、ついに所属する派閥を決めたのですか?」
「やはり王女には見抜かれていましたか。ええ、決心しました。〈雷霆〉ランディ・ウォルトを王女派の末席に加えて頂きたい。そしてシキ殿、その強力な精霊の力を一端でもいいから俺に教えてくれないだろうか」
「えっ、いや俺の精霊魔術は特殊すぎて参考にならないかと」
「確かに特殊だ。
あれはそもそも魔術じゃないんです、科学の粋を集めた兵器なんです、とはシキは言えなかった。
「だが参考にならないというのは大間違いだ。君の魔術は完全に未知のもので、これまでの魔術の常識を覆す可能性がある。それに〈雷霆〉と互角の精霊使いとなれば他の貴族が黙っていない。既に令嬢に言い寄られているのだからわかるだろう? 領地だけでなく君自身にも大きな価値があるんだ。可能な範囲で構わない。もし俺に精霊魔術を教えてくれるなら、視察を含めた王国への対応に全面的に協力すると約束しよう」
「協力してくれるのはありがたいですが……」
シキが隣で浮かぶオルティエに視線を向けると、彼女は力強く頷いた。
『この世界の現代科学、及び魔術で我々の存在の解析、看破することは不可能です。こちらから不用意に情報を渡さない限り、一方的に〈雷霆〉の立場を利用することが可能です』
『一方的すぎると禍根が残りそうだから、その辺は探りながらかなあ。協力してもらってもいい? それならあとで色々相談させてね』
『承知しました。マスター』
「わかりました。教えるというか、話せることは殆どないかと思いますが、それに見合った協力を頂けるのならこちらとしても助かります。申し出を受けさせてください」
「よし、 ありがとう! まあはっきり言って俺が王女派に入れば王国内で最大派閥になる。そう簡単に他の派閥からさ手出しさせないから安心してくれ」
虚空に向かって未知の言語で話すシキのことを観察していたランディだったが、返事を聞いて嬉しそうに言った。
「ただ令嬢からの求婚は管轄外だから、そっちはこれまで通り王女を壁に使ってくれ」
「好きなだけ私を壁として使ってください。シキ様。それとも私と婚約して壁も不要にしてしまいますか?」
「あ、はい。壁でお願いします……すみません」
「あら、あっさりフラれてしまいました」
シキを取り込むためなら割と本気だったのだが、それを悟られないようイルミナージェは茶化すように笑った。
こうして長いこと中立を保っていたウォルト侯爵家の長子で、宮廷魔術師序列三位 〈雷霆〉でもあるランディが王女派に加わり、レボーク王国に激動の時代が訪れることになる。
『どうかしましたか? マスター』
『なんでもないよ(だから無言の圧が強いよ……!)』
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