影の住む洋館と、彼女に害なす者の末路

樹脂くじら

短編

俺には幼馴染がいる。

名前は柊香奈。


幼馴染といっても、特別仲が良かったわけじゃない。

ただ、小中高とずっと一緒だっただけだ。


柊は頭が良いが、体力はなく運動はからっきし。

マラソンではいつもビリ、ドッジボールでは最後まで残るくせに、体力が尽きてあっさり当てられてしまう――そんなタイプだ。

そのせいか、細くて華奢な体が少し心配になる。


あの洋館を見かけたのは、柊と一緒に帰宅している時だった。

俺の部活がテスト期間で休みになり、友人とも都合が合わず、たまたま一緒に帰ることになっただけで、年に二桁もないくらいのことだ。


その洋館は、まるで吸血鬼でも住んでいるかのようにカーテンがきっちり閉められ、陰気な雰囲気が漂っていて、どこか気味が悪い。

だが、俺はこの町に10年以上住んでいるのに、そんな家を見た覚えがない。


「あれ、おかしいよな? こんな家、あったか?」


柊に尋ねると、彼女は少し首をかしげ、まるで当たり前のことのように微笑んだ。


「ずっと前からあったよ。部活で遅くて暗いから気づかなかったんじゃない?」


そんなわけがない。

いくら帰りが遅いといっても、朝には必ず見るし、そもそも目立つ家だ。

だが、そのとき妙に背中が重くなり、誰かに見られているような気配がした。

後ろを振り返るが、誰もいない。

気味が悪くなり、この話題はやめた。


翌日、その洋館の前を通った時には、もうそこには何もなかった。


家族や友人に話しても、誰もあの洋館を知らなかった。

あの洋館は、どうやら柊と一緒にいる時だけ現れるらしい。



影の住む洋館と、彼女に害なす者の末路



柊は頭が良いだけでなく話し上手で、周りにはいつも人が集まっていた。

料理も上手で、家庭科の授業で同じ班になった奴は羨ましがられたものだ。

物腰も柔らかで、先生からの評判も良い。


だが、そのせいで彼女を嫌う者も少なからずいた。

軽い嫌がらせがあったが、周りが止めてくれたおかげですぐに収まった。

ただ、その暗い感情は心の奥で静かに燻っていただけなのかもしれない。


中学3年生の夏、その感情が溢れた。


俺と柊が体育の片付けをしている時、二人で体育館倉庫に閉じ込められたのだ。

俺は巻き添えにされただけなのかもしれないが、嫌がらせに加担しなかったことも一因だろう。


夏の一限目。

息苦しくて、早く出ないと熱中症になりかねない。

だが、時間割通りなら昼休みまで人は来ないだろう。

汗が背中を伝い、喉が渇き始めた。

そんな時、柊が顔を真っ赤にしていた。


「大丈夫か?」


声をかけても、反応は悪い。

怖くなって、扉を叩くがビクともしない。

ならばと、窓から出ようと跳び箱を積み上げ、窓を目指した。

窓のそばまで近づいたが、柵が嵌められて手しか出せない。


「誰か!助けてくれ!」


喉はカラカラなのに、涙がにじむ。

どうして俺たちがこんな目に遭わなければならないんだ。

柊はただ普通に生活していただけだ。

それがそんなに気に入らないのか?

俺は怒りで土を握りしめ、声を上げ続けた。


その時だった。


暗闇が覆いかぶさるように、黒く大きな影が現れた。


その影は柵をつかみ、いとも簡単にへし曲げると、俺を引きずり出した。

慌てて振り返ると、その男は柊を抱き上げ、倉庫のドアを蹴破って出て行った。

柵は捻じ曲がり、ドアには大きな靴型のへこみがついていた。

人間離れした異様な力に呆然とし、恐怖に駆られて男を追いかけたが、影も形もなかった。


職員室に駆け込み、事情を一気にまくしたてると先生たちは柊と男を探しに行った。

俺は冷たい飲み物を渡され、クーラーの効いた保健室で安静にするように言われた。

しばらくして親が迎えに来たが、俺は柊が見つかるまで帰らないと反抗した。

俺がいるからといってどうにかなるわけはない。

でも、同じように苦しみ、俺だけが安心を得ているのは違う気がした。


「柊は自宅で見つかったよ。だから帰りなさい」


「自宅で…?」


親と一緒にきた担任は肩をすくめて不思議そう言った。

誰が探しても見つからなかったのに、自宅のベットで横たわってたそうだ。

具合は良好だが、家にいたはずの親は気が付かなかった。

そんな馬鹿な話があるか?

あの影の仕業なのか?

その影は、柊が見つかってもなお行方が分からないらしい。

影が見つかるまでと言いそうになったが、親の心配した顔を見て流石に思い止まった。



帰宅して冷静になった俺は、影のことよりも

翌日学校で俺たちを閉じ込めた犯人を思い出し、ふつふつと怒りが込み上げてきた。

明日殴りつけてやろうと決意した。

ちょっかいを出してくるしょうもない5人組だ。

だが、翌日、閉じ込めた奴等は全員転校したと担任から知らされた。

ありえないだろ。

一度に5人も転校するかよ。

担任に問い詰めても答えてはくれなかった。


あの影が何かしたのか?

その考えが頭を離れなかった。


真相が何か少しでも分かればとニュースや新聞をあさった。

それは、すぐに出てきた。


『路上に全裸の凍死体が発見。野犬に食われ激しく損傷』


これは学校側も伝えるわけにはいかないだろう。

明らかに人ならざるものの仕業だ。

……柊は知っているのか


聞けるわけもなく月日が過ぎていき、高校ではまた転校する者が現れた。

大学は別々だったが、嫌がらせをした者、過度な好意を寄せてストーカーした者は例外なく「転校」していた。

ニュースには時折不審な死体の事件が載っている。

その全てが、あの影の仕業に見えて読むのを辞めてしまった。


あの時、もし俺も嫌がらせに加わっていたら「転校」していたかもしれない。

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