『破城』


――ルブラン・ランドン。

剣に盾に鎧と、果てには城塞都市の堅牢な守りさえも手掛ける鍛冶処ティマドの長。

作り上げた物は数知れず、修復をと手にした物も無尽に識る彼だったが……。


目の前に安置された至上を前に――。


毅然とした態度と威厳を保ちつつも、酒樽ひとつ空けても繊細宿す手は、小刻みに震えていた。


ギルド・アガーティア、武具工房――その地下。

一般材を扱う上階工房とは打って変わり、地下工房では主に希少材を使っての武具制作や成立難度の高い刻印などの安定化作業が行われている。

腕に覚えのある職人の数は多いがドワーフの血族は一人も在籍しておらず、方々に打診を投げるがその成果は実っていない。



「ふぅ……いつまで経っても震えが治まらんわい。

……フォドンよ、材はまだ到着しないのか?」



「すまんな親方。ビルメレートの転移門が止まっていなければもう到着している頃なんだが」



「あの悪女が支配しておるのだからそれも致し方なし、か……」



対価を元に異なる地点の行き来を実現させる転移門。


非常に便利な反面、通行する際の対価は転移門を構築した魔女によって異なる点が厄介。

質量に応じた魔力や金銭、土地長に課される季節毎の対価など実に様々だが、求められる物は共通して割高な印象が強い。


鉱山都市ビルメレートの転移門は魔女ファラリオ・エワ・エルファリオによって管理されており、

通り抜ける質量の二倍の金貨を請求するという極悪っぷりに利用者は頭を抱える事になる。


悪知恵もとい対抗策として、魔法倉庫へと物資を格納して潜るという手法を用い対抗した結果。

それを快く思わなかったファラリオは、通行の対価をにまで引き上げ、実質の閉鎖と相成る。



「交渉の余地すら無かったと聞いとるが……」



「その通りだ。

商人連合から出立した代表団が全員石像に成って送り返された。

向こうの鉱石掘りに話を聞く機会があったが、途中まで和やかに談笑していたらしい。

だが交渉の話になった途端……何かしらの琴線に触れたのだろうな」



「ふぅむ……困ったものだな全く。

稼働しているとは云えモルビレートに続くような形になろうとは……」



「廃鉱山……確かゴルムが出現したのだったな?」



「ああ。お陰様で材がよく枯渇するようになったわい」



「チェルカ嬢の血圧が心配だな……」



「だははッ!心配要らんよ、上がりすぎた血圧で今頃空でも飛んでるだろう!だッはッはッはッ!」



旧知の仲を深めるフォドンとルブラン。

その関係はルブランがフォドンを破門した頃に遡る。

己の夢に向かって一直線に走ることしか知らなかった当時のフォドンは、知識も技術も無くティマドの門を叩いた。

それを面白がったルブラン親方によって採用されたが、一向に上達の兆し無く敢えなく破門。

しかし以降も師匠と弟子という関係性が崩れることは無く、片や商人として頼り、時に職人として頼る間柄と成る。


そこへ、キャリン――と、階段口から装飾鳴らして覗き込んでいる女がいた。


銀の長髪とそれを掻き分ける長い爪、全指に嵌めた指輪が魔力を光らせ、

惜しげも無く曝け出された浅黒い肌には帯状の服が僅かに巻かれた程度。


目のやり場に困る格好をした美女の登場にフォドンとルブランは少々驚いたものの、久方ぶりの友へ向けて手を振って招く。



「渋い空間に華を添えに来てあげたわよ~ん。お久しぶりね~、ふ・た・り・と・も」



「リテーリア嬢、よくぞ来てくれた」



「錬金術様のご登場たぁ……驚いたぜ、リテーリア」



――錬金術師ミーリア・テル・リテーリア。

大工房リアの祖にして合金技術と貨幣概念をも構築した錬金術師。

人と魔の争いを人側に傾けたその功績に、人々は彼女をと称え一般的な錬金術士とは一線を画す。

年齢不詳、神出鬼没、曰く付きの逸話の数々……と、漂わせる摩訶不思議な雰囲気をそのまま押し固めたかの様な御仁である。


フォドンとの関係を説く場合、どちら目線の話なのかでその意味合いが大きく異なる。


リテーリア目線で語るのならば、主人と割れた原石――。

破門され路頭に迷っていたフォドンを半ば贄にでもしてやろうと面白半分で抱え込んだ当時の彼女は、フォドンの奥底に光る才能に気づき、それ以来目利きや話術など人相手の極意とも云える技の数々を教え込んできた。


フォドン目線で語るのならば、未熟な若造と世話好きな痴女……。

何しろ出会った頃のリテーリアが纏っていたのは下半身に緩く巻いた布一枚のみ……。

平均を大きく上回る胸は剥き出し状態で、長く伸ばされた前髪によってギリギリ隠されていただけである。

それでも膨大な知識と経験から教示される内容は未熟な身にとっては金溢れる泉に等しく、無防備な若さを補って余りある程の智慧を授かった。



「儂が刻印繊維を修めようとあんたに頭下げてる間に、既にフォドンを抱え込んでたとは……。後から聞いて驚いたわい」



「親方は見る目なさ過ぎなのよ~。あんなに磨き甲斐ある原石中々ないんだから~……割れてたけどね~ん」



「一言余計な所と言い、見た目と言い……全く変わっておりませんな……」



「当たり前なのだ~。

寿命の十季、二十季、楽に伸ばせないで何が錬金術師よ~。

あんたらも老けたわね~……ど~お~?昔よしみでお安くしとくけど~?


――寿命、買ってかない?」



金の魔力従わせ、妖しく光る虹彩で微笑みかけるリテーリア。

叶えてやる気など少しも無い、ともすればファラリオを越える悪女である。


それを呆れ顔で見つめ返す二人。



「んも~乗りが悪いわねぇ~。


……それで~?

これが私を呼びつけた理由なのね~?ふ~むふむ、なるな~る……」



始源の刀に手を翳し短く何かを唱えるリテーリア。

組成を暴く試みは澄み渡る金属音によって断たれる。



「すっ……ごぉ~い!

魔法を切られるなんて初めて~!

じゃ~あ~……こんなことしちゃったら~、ど・う・な・る・のっと!」



制止の言葉も追いつかぬまま、伸びたその手は刀身を直に握り込む。


予見は千切り飛ぶ手――、浴びせられる鮮血の飛沫――。


一拍空けて襲い来るであろう光景に目を逸らしたフォドンだったが、驚愕するルブランの様子を見て恐る恐るリテーリアの方を向いた。

すると……。


同じ予想を立て、自らの手が血に濡れる事を期待していた変態錬金術師の残念顔がそこには在った。



「切れない、ね~。

魔法を裂くなら人肌なんて触れただけで粉に刻めると思ったんだけど~……。


――この刀、剣伏されてる。


切り刻む対象の条件付けってとこかな~。

あっは!やっぱこれの持ち主、月割った奴でしょ~?」



予てからの疑念は、目前の錬金術師の言葉によって疑いようのない真実となった。


割れた月――、失われた秘術――、人外を放つ剣士――。


未だかつて経験したことの無い大きな流れがやってきたのだ。

この激流に押し流されて藻屑となるか、対岸から眺めて日和るのか。

それとも流れを掴んで浮かび上がり、船の帆を張って見果てぬ地へと辿り着くのか……。


どれを取るか、商人魂や蒐集欲に自問しなくとも分かりきっている事。



「これを見せつけたいから呼んだ、ってことはないでしょ~?

ね~、私に何をさせたいの~?」



「順を追って話しましょう。

元はといえば拵えの依頼を親方に頼んだのが事の始まりでした」



「うむ。始原の刀と聞いてすっ飛んで来たのが一昨日。

拵え、特に下緒とそれに付随した多機能戦衣の図面と試作を始めたのが昨日……」



「そこで問題が起こりました」



「というのもな、鞘に鍔に下緒と……あれやこれやと簡易試作を繰り返してたんだが……。

全部こいつに叩っ斬られる訳なんだわ」



「へぇ~……だんだん分かってきたわよ~?」



言い出しづらそうなルブランを見てニヤリと笑うリテーリア。



「鍛冶にかけちゃぁ誰にも劣る気はねぇ、今までの研鑽とこの身体に流れる血に誓ってな。

だが今回に限ってはお手上げだ。素材をあてがうことすら出来やしねぇ。


……力を貸して欲しい」



「材と金は惜しまないから〜、この剣気に耐えられる物を、ってことね~?」



「惜しんで頂きたい、が……つまりはそういうことですな」



方々に顔が利くフォドンと、鍛冶に於いては出来ない事の方が少ないであろうルブラン。

そんな二人を以てしても達成不可能な事柄に始源の刀が絡んでいるとすれば……、この錬金術師が興味を示さないはずがない。

それこそが二人の算段だった。

神出鬼没で連絡すらつかない事が殆どの彼女にとって、此処へと現れた事が何よりの証拠。


だが問題があるとすれば……、その対価――。


循環する金の魔力がリテーリアの背後に真円を描く。

錬金の神髄を意味する真の図形は、今や押し殺した嗤い声に淵を震わせ、示す対価の限界が等しく無制限なのだと悟らせた。



「背負いきれない対価に~喘ぐあなた達を見たかったのよ~……で~も~……」



ニヤけた顔に浮かんだ寂しさ。

続いて思わぬ言葉を零し出す。



「黄金律。……私の真円が導いた私だけの理。

知ってた?錬金の神髄を背負う者は等しく真の図形を導くの。


この真円が教えてくれたわ。……此処に来たら……ってね」



「どういうことです……!?」



「何言い出してやがる。意味分かんねえぞリテーリア……」



困惑する二人を置き去りにして尚も語り続ける。



「この私が死ぬなんて、それってどんな状況なんだろ~?って思って来たのよ~。

てっきりこの刀に八つ裂きにされるもんだとばかり思ってたけど~……どうやら違かったみたい」



表情を暗く落として続けた言葉は、聞いたこともない深刻な口調と相まって逃げ場の無い不安と焦燥感を二人に与えた。



「たった今、前戦都市オキシェ陥落の念思が届いたの……。

それに城塞都市ヘウテイラ以西の魔力反応が急増した。

私が引いた地脈の反応からして間違いないわ。


恐らくは……魔物の群れ」



陥落の報せに衝撃を受けるが……それでも大錬金術師であるリテーリアがここまで狼狽することなのだろうか?

西の最前線、前戦都市オキシェ。それを支える補給線、城塞都市ヘウテイラ。

どちらもここベルテンカから五つ程の都市を越えた先。

如何に魔物の群れであろうと城塞都市の守りは堅牢強固、常駐する魔女や騎士の実力はそこらの冒険者や傭兵とは比べものにならない。


死を予感するには程遠いのでは――。



「落ちたわ……」



苦しそうに絞り出した声。

示す事実に言い訳と否定が浮かぶ中、リテーリアは真実を告げる。



「ヘウテイラが……落ちた……」



「なっ!?」



「冗談は止せリテーリア!

オキシェが落ちてまだ少しと経ってねえだろうが!

得意の駆け引きのつもりか!?そもそもオキシェが落ちたのだって疑わしいわい!」



「少し黙っていなさい、方々に念思飛ばしてるんだから。

それに……駆け引きならこんな醜態晒さないわよ」



声を荒げたルブランですら、それは否定の心からくる言い訳なのだと理解していた。

頭を抱えて魔力の感応波に意識を傾け続けるリテーリアを見ればもはや疑いようが無い。


やがて深く息を吐いて切り出すリテーリア。



「二人ともよく聞いて。


陥落の報せを受け取る少し前から――転移が使えないの……。

あの性悪ファラリオの嫌がらせが最悪の偶然を産んだんじゃ無ければ……多分誰かに阻害されてる。


つまり今――この時を以て人界の終わりが始まった。……と、考えるべきね」



それは過言に非ず、歴史が語る事実に他ならない。


前戦に続いての城塞都市陥落――。


先駆けとして齎すはざわつく風、色変わりする大地、嘶く獣。

やがて至るは――人の世の終わり。

人と魔の均衡はどちらに傾いてもおかしくない、その危うさの狭間で人は何とか生き残っているだけなのだ。



「流石は我が真円の導きってとこね……ここまで手詰まりになるなんて



絶望的状況に置かれた三人、もとい人類だったが……。

そんな状況にありながら、目前の錬金術師の言葉端が僅かに浮ついたのを二人は見逃さなかった。



「……リテーリア嬢……」



「お前……まさか……」



「……ぎひひっ?」



バレてしまった事を隠すにはこうすればいい?、

……とでも言いたげな笑みを浮かべたリテーリアとそれを囲むフォドンとルブラン。


怒りを越えて真顔となった二人はリテーリアを部屋の角に追い込みながら怨嗟の呪詛を呟いた。



「拾われた恩義に報いるため……お願いです、一発だけ平手打ちさせていただきたいッ……!」



「甘やかすなフォドン……下顎から脳天に釘でも打ち抜いてやらにゃ気が済まんわいッ……!」



「犯されそうな勢いだわね~?」



当たり前だ!と飛ばされた檄をひらりと躱したリテーリアは、ひとつの嘘を告白する。


真円が導いた死の予告――。



「此処に来れば死ぬ――じゃなくて~、此処に来ないと死ぬ――。

それが導きの正しい内容よ~?


だ~か~ら~……オキシェとヘウテイラが陥落したのは本当のお話なのだ~!」



上げて落とす、以前よりも下に。

それだけならばファラリオを越える悪だが、この錬金術師はそうではない。


上げて落とす、以前よりも下に、以前よりも上に行けるだけの贈り物を持たせて。

だからこそ人々は彼女を称えるのだ。



「この身に死を齎すもの、それにだけ惹かれた訳じゃ無いのよ~。

来ないと死ぬのなら……来さえすれば生きられるということ……つ~ま~り~……。


この私の命と等価のもの――を与えられる。それって一体何だろうって。……ね?気になるでしょ~?


本命はそこね~。だから来たのだ~。そして分かったのよ~。

これを握った瞬間にね~」



そう言って持ち上げたのは始源の刀。

剣気迸り、あつらえた試作の全てを切り落とすも、しかして人は切らず、不思議な調べと静かな鈍色を返す絶刀。



「この刀ちゃんの拵えを完成させること。……それこそが唯一残された生存への道筋。


ルブラン。貴方の造形は素晴らしいものよ?

でもこの子は気に入った材だけを纏いたがってる。

だから、これから私が用意する材を使って出来るだけ多くを仕上げなさいな。


フォドン。あんたは触媒の調達よ?

ここにある在庫の量じゃ絶対足りなくなるからね。

昔を思い出して街中を駆けずり回るも良し、

ただ、察しがいいとこは逃げの一手に回るだろうから早めに行っておいで」



「懐かしいな、。……承った」



「仕上げ速度なら誰にも負けん、任せろい!」



思い出される旧日に心身ともに若返った気分のフォドンと、かつて前戦で培った決死の早打ちを漲らせるルブラン。

真円図に巡らせた金の魔力を糧に、分解、変換、再構築の魔方陣を描くリテーリア。


集った際の和やかな雰囲気は、死力を賭して終焉を阻止する決戦場へと移り変わっていった。

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