交差する刃
上空から展望台へ。
展望台から階段へ。
階段から王の御許まで。
所作の全てを緩慢に歩んでいく
それを見届けるリトヴァークは無意識に腰の剣へと手を置いた。
傭兵としての経験が彼に臨戦態勢を取らせていたが……。
抑えきれないほどに膨らみ、氾濫した欲望がそれを無意識へと追いやっていた。
「聞き届けよ!剣神よ!!
我が願いはッ――」
城に木霊する王の願い。
それを捻じ伏せるかのように――。
剣神の、刀身を直に掴む右腕が上がっていく。
リトヴァークの無意識が表層に上がり、
その真意を問うべく傍らに控える魔女を睨み付けるが……。
「あはは、あっははは」
妖艶を欲しいままにしている魔女から発せられる、少女のような軽快な笑い声。
その軽さからは想像も出来ない程に聞いた者の背筋を凍り付かせる。
――
「おのれぇッ……!!」
そう吐き捨ててリトヴァークの全神経は剣神へと向かう。
――如何に神とはいえ、その姿は人型。
――更にはこの間合い。
――剣筋さえ見誤らなければどうとでもなる。
床を割りながら剣神へと踏み込み……。
「
しかし。
閃くはずの八つの一撃は、
鞘に納まったまま微動だにせず。
振り上げた刀身を湛え、剣神が静かに告げる。
「今一度、貴様に死を送ろう。
甘んじて
遍く黒の底に、白い剣が突き立つ――刹那。
瞬く真紅――。
「――ォオオオオオッ!!」
衝突――、衝撃――、王城の天蓋が吹き飛ぶ。
王の首へ迫る刃、それを寸でのところで受け止めたオルネア。
身に秘めた炎を躊躇無く燃やし、
鈍色を有らん限りに響かせながらも……。
受け止めた剣は力の拮抗に震え、片や剣神の刃は微動だにせず。
交差する刃が火花を散らし、少しづつ圧されていくオルネア。
その姿を見て、遅れて到着したアルアですらも危機感を覚える。
剣神は視線を王から外すこと無く、間に割って入った剣士に問う。
「何をしている?」
「何ってッ……こっちが聞きたい!」
「
オルネアごと押し込まれリトヴァークに迫る刃。
圧倒されるがままの王の姿に。
かつての隊長の姿に――。
迷える悪逆でしか無かった仲間達が、
今や王を守る騎士となった者達が応える。
――抜けぬのなら鞘ごと振りかぶるまで。
広間に集結していた騎士達が、
畏敬に伏したままの剣を掲げ剣神へと突撃。
背後から向かい来る騎士に、王への視線を外す剣神。
その様を見たオルネアは、
騎士の更に後方に控えるアルアに向かって声を荒げる。
「アルア!伏せろッ!!」
「うわわっ!!」
振り返った剣神の一薙ぎ。
澄み渡る鈍色。
音を立てて転がるは――騎士の首。
完璧な切断に、飛び散るはずの血飛沫さえ鳴りを潜め。
首を失った騎士の身体は、倒れ込むまで数秒を費やしていた。
「伏せずとも切らぬ。
吾が切り捨てるのはヒトと黒色のみ……。
……戯れに、切って捨てることも在るやも知れぬがな」
瓦礫と死体が散る広間。
その中央へと歩んでいく剣神は足下に転がる死体を見据える。
命尽き果てようとも、騎士達の手には剣が握られたままで……。
その光景に逡巡した剣神は背を向けたまま告げた。
「ここに散った戦士達への手向けだ。
――九合。
吾が剣戟を九合凌いでみせよ。
それを以て手向けとし、そこな悪辣への引導とする。
叶わぬ場合。
――即刻、其奴の首を刎ねる」
告げられた言葉を呑み込む暇も無く。
神から与えられた試練は、
不可視の斬撃となってオルネアへと迫っていた。
「――ッ!!」
――――ギャリィンッ!
一合目――。
目前に迫っていた斬撃を叩き伏せるが、青ざめるはその胸中。
――運が良かっただけだ。
予測が付いた訳でも、視認出来た訳でもなく。
その動きは、ただの反射神経が生み出した咄嗟の行動に過ぎなかった。
広間中央、剣神の姿が消える。
――背後。
その剣筋に無限の選択肢が浮かぶ中、
オルネアが選んだのは正中線への防御だった。
二合目――背骨への縦切り。
背中へ回した剣で感じ取る、寸分違わず背骨を這う剣筋。
致命的な箇所を狙った容赦の無い剣閃を目論見通り防いだオルネアだったが……。
その威力は切るよりも、むしろ吹き飛ばすことを目的としていた。
宙へと放り出されるオルネア。
そこへ襲いかかる三合目――宙に浮くオルネアの更に上方。
吹き飛んだ天蓋、僅かに残る瓦礫を足場にしての急降下攻撃。
金の瞳が見据えるは、オルネアの首。
逆手へと持ち替えた両手剣で首を防御。
床へ叩き落とされぬよう背の片方から炎を噴き出し、回転によって威力を殺す。
すり抜けた先で着地した剣神目掛け、回転の勢いを乗せた剣を振り下ろした。
「ほう……」
オルネアの剣と打ち合う――四合目。
炎の齎す膂力を受けて剣神が大きく後退、
すかさず体勢を整えるオルネアだったが……。
「続く五合、貴様の正面から打ち合おうぞ」
二者の睨み合いが生む軋轢が空気を振動させ、
張り詰めた空気が音を無くす。
瞬間――剣の意思とオルネアの心が重なる。
一足で詰められる間合い。
そして。
全く同時に放たれた、
――左右からの二閃。
道理を越えた事象を刀の一振りで引き起こした剣神は、
既に構えを新たに、
オルネアの出方を伺っている。
対するオルネアは、自身の構えにとって一番自然な左への剣閃にのみ注力。
「そうか……」
オルネアと打ち合う中、
剣神の無表情だった顔に笑みに近いものが浮かんでいた。
王へと向けた刃を。
待ち続けて幾星霜積もらせてきた刃を、
比類無き強さの果てに振るわれた刃を、
止められる筈のない物を止めたのだから。
だが、そんな剣士の見せた諦めとも取れる選択に。
消え失せていく表情と共に、
名残惜しいと思う心情と共に、
強く、強く。
――七合目の絶刀が振るわれた。
――――ギィンッ!
響く筈の無い鈍色――。
最上段から振るわれた絶刀を受け、その余波すら伏す剣士。
震えていた力の拮抗は火花すら散らさず――不動。
剣士の瞳に炎は無く。
在るのは唯一、重ねた心のみ。
刹那に垣間見た剣戟の極致に、剣神に明確な笑みが浮かぶ。
「見えていたぞ、貴様の剣。
振った方向とは真逆に斬撃を飛ばすなど……。
中々にして響く業物よ」
「……」
言葉を交わすだけの余裕が今のオルネアには無い。
対等を張っているようでその実は極僅かな間の拮抗でしかなかった。
そして、打ち合いはまだ二合残っている。
――ここで王を失うわけにはいかない。
召喚された物が何故ここまで荒ぶるのか?
その見当すらつかないオルネアだったが、やることは決まり切っていた。
人界の要であり、各城塞、前戦への総指揮を執るアーヴァン。
その王たる彼を失えばどうなるのか……。
事は、ドラゴンの飛来よりも深刻になる可能性がある。
――ならば越えるまで。
鍔迫り合う体勢のまま踏み込み、間合いを広げ、打ち込む。
水平に胴を狙うオルネアに対し、下方から垂直に振り抜く剣神。
八合目――激しくぶつかり合った二振りの刃が宙を舞う。
舞い上がった刃が落ちるのを待たずして――。
二人は
九合目――空の手に顕れていた刃。
二振りの鈍色が奏でる――音亡き声。
溢れた斬撃は王城を裂き、それでも止まらぬ余波となってアーヴァンを縦断。
降り注ぐ月光すらも揺らした二者の一撃は、
消えることの無い傷跡となって世界に刻まれるのであった。
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