魔法院ルルアク
麗らかな昼下がり――。
小鳥のさえずりや、川のせせらぎが小さく木霊する森。
大型の獣や、それを餌にする魔物が跋扈する山。
それら一纏めに胎動する大自然の景色を、一筋の炎が横切っていく。
「もう少しだ!落ちるなよ!!」
鎧の背から炎を噴き出して空を突っ切る剣士、オルネア。
「ひょあッひゃああああああああ!!!!」
風圧で顔を揉みくちゃにされながら剣士の腕にしがみつくエルフ、アルア。
お互いの真意と悩める心が交差した二人は、
依然として不思議な関係を保ちながら共に旅をしていた。
剣士の奥底に在るは、強き事への恐れ――。
認めてしまえば最後、胸に秘める古き声に引導を渡してしまえる。
その覚悟が無かったからこそ、誰も守り切れないのだと言い聞かせてきた。
だが、秘めていたが故に思い出すことさえ無かった声をアルアが蘇らせた。
そのエルフの奥底に在るは、
望んでそうしているにも関わらず、永遠を求めた編纂が心を締め付けていた。
狂気に染まりきらなかった唯一の欠片が、それだけが、彼女が自由に出来る全てだったのだ。
小さな欠片が、それ全体を震わせて、楽しかったと叫んだ。
魂の絶叫に――。
――誓いの言葉を結んで。
旅する二人の詩は、まだ紡がれたばかりであった……。
「見えたぞ!」
「どぉおおおする気ぃいいなんですかあああああ!!?」
「このまま突っ込む!!」
――――バキィンッ!
分厚い硝子が一度に割れた様な、凄まじい破砕音を響かせて……。
二人は魔法の学び舎へと舞い降りた。
――魔法院ルルアク。
魔導に生きる者がその才を見極め、魔の神髄へと至る為の学びの園。
前戦都市で出会った魔女、リトリナの母校である。
力ある魔女を数多く輩出しているルルアクに、
敵対行動とも取れる突貫を敢行した理由は、少し前に遡る……。
アルアたっての希望で食の癒やしを求め、山岳都市国家サンザへ向けて北方へ出立。
だが、尋常では無い炎の気配を察知したオルネアはアルアを小脇に抱え、
アーヴァン南方に居を構えるルルアクに急行したのだった。
破綻していく結界魔法――。
その行使者であろう慌てふためく魔女を後目に。
地面の焼け焦げへと着地したオルネアは、灰の手触りや香りからドラゴンの痕跡を探るが……。
「違った、か……」
近辺への被害が出ていないこと。
炎の痕跡は強いが小規模であったこと。
それらは纏めるまでもなく否定の証左であった。
小脇に抱えていたアルアはというと……。
未だ動揺を隠せない魔女ともう一人、身の丈ほどの杖を携える魔女を交え空中で話をしている。
案の定知り合いだったようで、
乱暴な来訪の理由を聞くために院長室へと連行……もとい、招かれるのであった。
「そちらの貴方――」
先ほどまでの動揺その一切を排して。
魔法院377代院長、オルミア・ミリア・ゼーレンデが問う。
「貴方の目的は一体何なのですか?」
亜麻色の髪が魔力で逆立っていく――。
院長である責任と、滲む敵意。
教導の者を――。
未来ある魔の使いの命を預かる身で在るなら当然の反応であるそれは、
魔法の効き及ばないオルネアの芯を震えさせる。
――優しさなど意味を成さない。
この場に於ける回答は言の葉では無く、絶対的な態度で示す他無い。
魔導に生きる者にとっての破滅が、空を打つ羽ばたきとなって迫っている事を――。
抗う術など、何一つとして無いのだと云う事を。
目を伏して伝える。
「確かめさせて、ちょうだい」
院長の傍らに控えた魔女が長杖をオルネアへと向ける。
魔女の長い黒髪が、結ばれた理の威力を示すかのように赤熱していく。
炎の極致――。
星の原初さえ再現するかのような熾烈なる光が、オルネアの眉間へと放たれた。
肉や骨は当然、鋼や不断鉱でさえ遮ること叶わない炎は……。
オルネアを傷つけること無く、魔力の痕跡ごと巻き込んで消失。
黒髪の魔女が目を見開く――。
その様子を見て院長も衝撃を受けているようだった。
「来た、のね。
大いなる者が……」
大きな魔女帽を目深に被り、黒髪の魔女は誰にも見えないようひっそりと微笑むのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます