血塗れの旗
「ウラララララアアッ!!」
「ッシャオラアアアア!!」
「やったるでチクショウこの野郎!!」
「野郎どもおお!とっつげきィイイイ!!
……って、ありゃ……?」
各々が剣、槍、弓矢を構え、決死の覚悟で正門外へと躍り出たケール、他数名。
先ほどまで響いていた爆音が静寂へと変わっていることにようやく気づいたようだった。
開けた森から歩いてくるオルネアを見つけて駆け寄る。
「オルネア!無事か!?」
「怪我は無い、大丈夫だ」
「それで!あの魔獣はどうなった!?
――ッ!?」
オルネアの背後、開けた森から出てくる白金の魔獣王に言葉を失う。
悠然と傍を通り抜けていく間、オルネアを除いた全員は死を覚悟していただろう。
「危険は無い。
役目を済ませた後、此処を離れるだろう。
とにかく門の中へ……。
話はそれからだ」
喧騒、怒号、呻き声。
絶えず鳴っていたそれらは今や跡形も無く。
ダンビートは静寂そのもの。
しかしそれはほんの少しの間だけだろう……。
「アルア!ここにいる者達だけで話をする、降りてこい」
すぐにあのニヤけた顔が、止まらない口を向けながら降りてくるだろう。
一晩中付き合うのは中々にして骨が折れるが……。
アルアの結界魔法のおかげで押し切れたも同然、
それに見合う報酬として付き合ってやらんでも……。
「アルア?」
高台上にいるはずのエルフは、何度呼びかけても応じない。
その予感は、援護として期待していた魔法使い達が居ないことに起因していた。
経験に基づく予測は、嫌な予感として――。
「――アルアッ!!」
それは往々にして当たるものであった。
駆け上った先で見る、倒れ伏したエルフの少女――。
その光景に、胸を貫かれたような衝撃を覚える。
――似つかわしくない。
否定の感情を強く抱きながら、素早く駆け寄って呼吸を確認する。
「…………はぁ、……心配掛けさせやがって」
深くため息を漏らし、まだ生きていてくれたことに胸を撫で下ろす。
しかし深刻な事態であることに変わりは無い。
後に続いたケールは倒れ伏すアルアを見て驚きはするも納得しているようだった。
「こりゃぁ魔力切れだ」
「魔力切れ……。
そうか、使い果たした反動で……」
「……当然だわな。
あんだけの魔法を一人で組み立てて、一人で成立させちまったんだ。
頭が……、頭が上がらねぇよ俺は……」
「他の魔法使いはどこに行ったんだ?」
「全部説明する……」
更に場所を移し、――医務室奥。
数少ない、まだ血に濡れていないベッドにそっとアルアを下ろし、ケールに向き直る。
「ウチで雇った魔法使いは全員、……魔法院ルルアクを出たばかりの戦場未経験者だ」
「……」
「自分たちを雇い入れろ、と押しかけてきたのが事の発端だ。
初めは取り合わなかった。
だから、奴らん中で頭ぁ張ってる奴に言ってやったのさ。
お前らを雇い入れるのは、魔物に肉を差し出すのと同じ事だってな……。
その内に、奴ら勝手に戦場に加わってきやがった。
どうにも話を聞けば、名を上げるために前戦経験者っつう実績が欲しかったんだとよ。
……こっからは言い訳だ。
言い訳だが言わなきゃならん。
俺は奴らを受け入れた。
戦況は……、一手も緩められねえほどに苦しかったからだ……!」
ケール含め、後ろで待機する戦友と思しき面々も顔を伏せる。
「誰にだって叩き上げの時代がある。
俺にも、きっとあんたにも!……それを乗り越えたから今まで生きてこれたんだ。
だから俺ぁ……奴らを、……鍛えてやろうって一心で……。
そのまま使い続けた……。
あいつら、何かが迫って来たことに感づいたんだろうさ。
とんでもなく怯えた顔で……、俺の撤退命令に、誰も刃向かおうともしねえで……。
その皺寄せがエルフの嬢ちゃんに行っちまった……。
申し訳ねぇ……許してくれ……」
――悲痛、悲観、悲哀。
全部背負って、それでもまだケールという男の気骨は折れていない。
『――何かを待ち続けてそれに期待していたい』と、
その想いの裏返しが行動に出ているからだ。
オルネアの受けた衝撃は、怒りへは成り得ない。
因果を詰めればそれはどこかにたどり着くだろう。
しかしそれは断じてこの男には無い。
関わったもの達も同様にだ。
この者達は戦った――。
それだけなのだ。
「……ケール。後ろの方々も。
戦ってくれた事に、戦い続けてくれた事に……深く感謝する」
「んなことねぇ!!俺のせいだ!俺のせいなんだ!!
嬢ちゃんがこうなっちまったのも!俺があいつらを半端に鍛えちまったから……!」
「魔力切れは時間と共に治るんだろう?
だったら、うるさい口が少しは大人しくなったと思うだけさ」
尚も謝罪を続けるケールを手で制す。
本題はここからだ。
「――まだ、戦い続けられるか?」
伏した顔が徐々に上がり、手に持つ武器を各々が握りしめる。
それを答えとして受け取ったオルネアは、皆を高台へと集め、
外の広場で死体を貪る魔獣の王を見やった。
「あいつ……仲間の死体を食ってやがる……!」
「埋葬してやる暇もないんだ、仕方あるめぇよ」
「人も魔物も美味そうに食いやがって……虫唾が走るぜ」
「オルネア、ここに俺たちを呼んで何を……」
「あの魔獣の意味を教える」
「……意味?」
困惑気味な面々を置いて淡々と続ける。
「魔獣エルドアレーヴェ。
又の名を、――回収者。
終わりと始まりを告げる咆吼。
奴は、獲物を取れなかった魔獣だ。
だから此処に来た」
「獲物を取れなかった……?」
「そうだ。
ケール、魔物は何を喰らう?」
「獣や家畜が主だが、人の味を覚えた魔物は人だけを好んで喰らう」
「魔獣は何を喰らう?」
「魔物と同じだ。最悪なことに、人を覚えたら人だけってのも含めてな。
さっきから何を……」
風が吹いた。
生ぬるく、血生臭い香りをたっぷりと含んだ風だった。
そうしてもう一度風が吹いたとき。
魔獣の規則正しい咀嚼音、そこに混じる甲高い音の正体が耳に響く。
鎧と鱗と骨を噛み砕く音だった。
散々聞いてきたはずの生々しい音に、今更吐き気を催している。
知らないふりをしてももう遅い。
研ぎ澄まされた自然の摂理に、気づいてしまったのだから。
「……人は、……人は魔物に食われ……。
腹に人を溜め込んだ魔物は……魔獣に食われる……。
人の味を覚えた魔獣は……。
あいつは……。
あいつは、魔物を俺らが殲滅しちまったから獲物を取れなくて……。
それで此処に……そんなことが……」
――前戦都市ダンビート。
到着した瞬間から漂う濃い血の匂いに、戦績を上げていると分かっていた。
咆吼は必ず響く訳ではない。
それでも、殺し尽くすという行為には必ず結果が付き纏う。
力の限りを尽くし、尽くした果てに得た犠牲の無い勝利の
そうして響いた終わりに、誰が裁を下せようか。
理想を切り裂きその血で旗を染め上げるヒトの最前線。
血塗れの旗は人の抗った証として、相も変わらず戦場を見下ろし続けていた。
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