八つの刃

王城前の大階段。

少しでも不遜を働けば、傍らに控える数十人の騎士に斬り殺されるその場所で。

既に数人の騎士に取り囲まれているオルネアが目にとまる。


帝国から奪還されて以降目立った争いの無かったアーヴァン。

活気と平和が溢れる街に、戦いの気風を感じ取って思わず期待するアルア。

対人戦闘に於ける龍狩りの剣士の所感、それに付随するであろう王城付き騎士の戦闘能力。


未知の一挙両得に狂気が膨れ上がった。

だが……。



――引き抜かれる鋼の音に。


駆ける足が止まり、やがて手も止まる。



ボアツオ戦の時に見せた剣士の機転は微塵も無く。

既にその気迫は、ランヴェルで見せた戦い以上に鬼気迫るものとなっていた。



「――押し通る」



上段から振り下ろされた騎士の一撃を難なく受け止める。

大階段が割れるほどの衝撃にオルネアはひとつも身動ぐこと無く、

受け止めた剣を巻き込んで下段へと騎士を放り投げた。


即座にオルネアを取り囲んだ騎士たち。

上段前方二人、中段左二人、中段右二人、下段後方二人。

騎士の連携によって生み出される四方からの八連撃。


完璧にオルネアを捉えた八本の刃は、完璧に捉えたからこそ防がれた。


八つが交わる中心点。

寸分の狂いなく、込める力の大小に技の妙を込め、一振りの剣で受け止めきる。

騎士たちの動揺が体を成そうとした直前。

隙にも満たない一瞬を突かれ四方に吹き飛ばされていく。


その光景を見るアルアの胸中は、狂気の欲望五割、焦燥の心持ち五割……。

続けて安堵の気持ちが十割を占めていた。

合わせて二十割じゃん、などと一歩引いた余裕が生まれていた理由。

それは吹き飛ばされた騎士たちの状態にあった。


誰も死んでいない。


騎士たちの鎧が不断鉱ティマダイト製であろうと、オルネアの剣と膂力であるなら真っ二つにすることは造作もないはず。

と、いうことは……。



リトヴァーク王の生い立ち。

正式な要請のない謁見申請。

死傷者無く、自らの力を見せつけるような戦い方……。



大階段頂上に辿り着いたオルネアに追いついて独り言のように漏らす。



「水臭いですねぇオルネアさんも」



「なんだ、来たのか。

ここに居たら共犯だ、お前も巻き込まれることになるぞ?」



「それが水臭いって言ってるんですよ。

とっくに巻き込まれてますし。それに、私は巻き込まれにんですよ」



「それもそうか。今更気にすることでも無かったな」



清々しく笑い合って門を開け放つ。


王城内部は質素なものだった。

華美な絨毯が玉座の間まで続かず、綺羅びやかな装飾品が彩りを放たず、

吊り下げられた燭台は火が付いているものの方が少なかった。


極めつけは玉座で逆さまになって眠っている王の姿だった。


外の喧騒が少なからず此処にも響いていただろうに……。

王付きの執政官は山のような確認書、署名書、許可証に忙殺され……。

掃除に勤しむ使用人も、料理を運ぶ使用人も……。

誰も彼もが王城への侵入者に反応していなかった。


思わず顔を見合わせるアルアとオルネア。

予想だにしていなかった光景と対応にどう反応するべきか決めかねる。



「王……、リトヴァーク王。お客人ですよ?」



様々な書類に埋もれながらも一応はこちらを確認していた執政官。

その執政官の問いにいびきで答えた王。



「そこの使用人。料理長に煮えたぎった油を注文して下さい」



「使用用途は?」



「王に飲ませます。勿論鼻から……」



「あっはは!只今お持ちいたしますっ」



執政官と使用人の放つ笑い声に自身の身を案じたのか、玉座から跳ね起きるリトヴァーク。

灰色の髪を無造作に伸ばし、無精髭を好き放題にする初老の男は、王という身分には到底思えない。


二人に気づいた王は眠さを堪えながら言い放つ。



「よ~くここまで来れたな?下の騎士共はどうした?

惰眠の邪魔をされたくないから、誰も通すな、と言っておいた筈なんだが……」



「あんたがリトヴァークか?」



「そう見えねえか?なら名乗ろう。


我が名はリトヴァーク。

アーヴァンのなんかいろいろを全部取り仕切ってる役立たずさっ」



不審の感情から思わず視線をアルアに向け、頷きという確証を以て取り敢えずは信じる。

しかし期待外れであることは否めない。

何らかの対抗策を講じてくれるであろう思慮深さを期待していたが、

寝ぼけて半開きの双眸からは何の力も感じなかった。



「ま、そういう顔されんのは久しぶりだが……慣れてもいる。

……まだこっちの質問に答えてねえが?

下の騎士共はどうしたんだ?」



「払ったまでだ」



「ひっはは!おいおい聞いたかよエメドリエ!」



エメドリエと言われた執政官が煩わしそうに手を上げて答える。



「相当腕が立つと見える。気に入った、……構えな」



玉座横に放られていた剣を手に取り挑発するリトヴァーク。


ふらつきながらの構え、その様を見て歯噛みするオルネア。

こんな様子では、わざわざ力を見せつけるために押し通った意味がない。



「構えねえのか?……じゃぁお前、――死んだぞ?」



玉座からの距離をたったの一足で詰めるリトヴァーク。


全体重とそこに加わる速度で以て繰り出される渾身の飛び切りであった。

難なく剣で受け止めるオルネアだったが、その瞳は見開かれている。

今の今まで寝ぼけていた王の双眸、そこに宿る力の重さを感じ取っての事だった。


真下から迫る蹴り、その勢いを利用しての宙返り、ボアツオの如き突進。

縦横無尽な剣戟の応酬、時に弾き、時に躱し、そうしながら認識を改める。

階段での騎士の力を遥かに凌駕していた技量と力。


次いで放たれる一撃がそれを真にする。



八薙はちなぎ――」



上下左右から迫る八つの剣閃がオルネアの首目掛けて迸る。


騎士の剣とは練度も速度も威力も段違いだった八つの一撃。

しかし、その突破方法は変わらなかった。


交わる剣閃、交差する一点。


――――ギィィンッッ!!!


鉄板を無理やり引き裂いたかのような破断音。

完璧に弾かれた剣閃は尚も威力を落とすこと無く、音となって床を、壁を、天井を削ぎ、窓硝子を破裂させていく。



「道理で……。騎士じゃ相手にならん訳だ。


失礼をした。剣を収められよ」



背を正し、纏う雰囲気を堅固なものとしたリトヴァークにこちらも応える。



「ああいや、跪かなくて結構。

王とは名許り、何の意味もない肩書だ。

私よりもそこで忙殺されているエメドリエの方がよっぽど王の仕事をしているよ」



「それでしたら給金をもっと上げても構いませんね?」



「勘弁してくれエメ。そんな余裕があったら此処はもっと豪勢になっているだろうよ」



「ハァ……。でしたらさっさと奥の間に行って客人をもてなしてくださいよ。

さっきの使用人に云って既に料理は用意させてますから。私はちょっと倒れてます」



わざとらしく白目を剥いて机に突っ伏す執政官。

そんな苦労人を傍に通り抜け、質素な城内を奥へ奥へと進んでいくのだった。

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