世紀末救世主伝説 ルーが如く

板倉恭司

世紀末救世主伝説 ルーが如く

 西暦二〇XX年、日本はかつてないほど治安が悪化していた。

 ことの発端は、大規模な難民の受け入れである。多種多様な民族が入り込み、あちこちに住み着いた。その大半が、不法滞在者である。

 結果、外国人マフィア組織がいくつも誕生してしまう。特に、新宿歌舞伎町は今や『KABUKICHO』とローマ字表記されるまでになってしまった。

 日本にいた既存の組織はというと、全く話にならなかった。暴対法により牙を抜かれたヤクザは、もとより相手にならない。半グレに至っては、最初から戦う気などなかった。外国人勢力と手を組み、新しいシノギに精を出している始末だ。

 市民の味方である警察は、外国人たちを完全に無視している。取り締まろうにも言葉が通じない上、ヘタに手を出すと銃器で反撃してくる始末だ。警官とて、命は惜しい。しかも、外国人居住地に逃げ込まれると逮捕しようがない。結果、何をやろうが、お咎めなしの状態だ。

 日本は、かつて経済大国と言われた国のはずだが、ネオ歌舞伎町にその面影はない。ビルの壁は外国語の落書きだらけであり、あちこちの窓ガラスは割られている。夜になれば、麻薬の売人が闊歩している始末だ。

 今や、完全に無法地帯と化してしまった。

 

「もう、ここは日本ではなくなってしまった」


 誰もが、そう考えていた。




 そんな町を、ひとりの少女が小走りで進んでいく。

 彼女の名はリン、十六歳の女子高生だ。幼い頃に両親を亡くし、祖母と共に暮らしている。

 今日は、祖母の薬をもらうため薬局に向かっていた。まだ明るいうちなら、危険な連中と遭わずに済む……と考えていた。

 しかし、それは甘かった。路地裏から、数人の人影が出現したのだ。


「よう、お嬢ちゃん。ちょっと待ってくれねえか?」


 いきなりの言葉。直後に、外国人とおぼしき者たちに囲まれた。リンは怯えながらも、どうにか口を開く。


「な、なんですか?」


 すると、前に出てきたのはモヒカン刈りの大男だ。身長は百八十センチを軽く超え、体も筋肉質だ。なぜか、素肌に革のベストといういでたちである。顔立ちや目の色からして、確実に日本人ではないだろう。


「お嬢ちゃん、可愛いねえ。なあ、ものは相談たが、俺の親戚と結婚してくれねえか?」


 モヒカンは、流暢な日本語でとんでもないことを言い出したのだ。


「は、はい?」


「なあ、頼むよ。形だけでいいからさ。そしたら、俺の親戚は日本国籍が得られるんだよ。頼むよ、な?」


 迫っていくモヒカン。そう、彼らのほとんどが不法滞在者である。だが、日本人と結婚すれば帰化申請の際に有利なのだ。だからこそ、こんなふざけたことを言っているのである。


「そんな……嫌です」


 リンは断るが、モヒカンに引く気配はない。


「そう言うなよ。親戚ん中でも、一番いい男を紹介するからさ。な? な?」


 なおも迫るモヒカンだったが、そこに乱入してきた者がいた。


「おいおい、そこのメンズ。何をドゥーしてるんだい?」


「あ? 誰だお前?」


 モヒカンは、思わず首を傾げる。

 乱入してきた者は、異様な男であった。目は大きくギョロリとしており、顔は濃い。黒髪は長からず短からず、綺麗に切り揃えられていた。身長は百七十センチほどで、痩せ型の体格だ。ネオ歌舞伎町には珍しくスーツを着ているが、見るからに落ち着きのない男である。


「俺の名前は……とりあえず、ルーと呼んでくれ! 君たちは、このキュートなガールに何をドゥーする気だい!?」


 その男は、おかしな口調とオーバーリアクションを交えて話しかけてくる。モヒカンたちの恐ろしげな風貌にも、怯む気配がない。

 むしろ、外国人であるモヒカンの方がマトモな日本語を使っていた。


「うるせえ。すっこんでろイカレ野郎」


「それはまた、藪からスティックなセリフだな。ドッグも歩けばスティックに当たるだろ。俺もウォークしてたら、君たちというスティックにヒットしてしまったのさ! となれば、オーバールックするわけにもいかないのだよ!」


「わけわかんねえこと言ってるとな、殺すぞ」


 モヒカンは凄まじい形相で凄むが、ルーと名乗った男は腰をくねらせながら彼に近づいていく。


「おいおい、そんなにスケアリーな顔すんなよ。もっとラブアンドピースな気分で、俺とトゥギャザーしようぜ!」


「この野郎……ナメてんじゃねえ!」


 吠えた直後、モヒカンのパンチが放たれる。

 拳は、狙い違わずルーの顔面にヒットした。その強烈なパンチに、六十キロほどしかないルーはひとたまりもなく吹っ飛ばされた。

 だが、それでもルーは起き上がった。頬をさすり、鼻血を拭いながらモヒカンに近づいていく。


「アウチチチ……いいかい、俺をアングリーさせない方がいいぜ。でないと、ベリーベリーハードなことになるよ」


「ざけんじゃねえ!」


 怒鳴るモヒカン。次に飛んだのは、彼の足だった。強烈な前蹴りがルーの腹に炸裂し、サッカーボールのように飛んでいく。

 壁に叩きつけられ、ルーの口からゴフッという声が漏れた。常人なら、確実に伸びているだろう。いや、下手をすれば内臓破裂でショック死しても不思議ではない。

 しかし、ルーは顔をあげた。その瞬間、モヒカンと仲間たちほ思わず後ずさる。

 ルーの瞳が、黄色く光っていたのだ。明らかに普通ではない── 


「な、なんだコイツ……」


 唖然となる男たちの前で、ルーの肉体が変貌していく──


 突然、ルーの衣服が音を立てる。ビリッという異様な音とともに、あちこちが裂け始めた。ただし、なぜかパンツだけは破れない。よくよく見れば、履いているのは海水パンツである。

 同時に細く華奢なはずの体が、みるみるうちに肥大化していく。二の腕にはボールのような筋肉が浮き上がり、肩や胸板は鎧のごとき分厚さだ。しかも、肌の色は黄色い──


「ウオォォォ!」


 先ほどまで、ルーだったはずの者は吠えた。今や三メートルほどはあるだろうか。筋肉はゴリラ、牙は狼、燃える瞳は原始の炎である。ただし、何故か肌は黄色だ。緑ではなく黄色である。大事なことなのでもう一度書くが、肌の色は緑ではない。

 ルーは……いや巨人は、モヒカンめがけ突進していく──


 巨人は、ブンと拳を振った。たった一発のパンチで、モヒカンは吹っ飛ばされる。数メートル飛んでいき、地面に叩きつけられた。

 それを見た子分たちは、拳銃を抜いた。


「く、クソ! ぶっ殺せ!」


 喚くと同時に、一斉に発砲する。子分たちは、立て続けにトリガーを引いていた。放たれた弾丸のほとんどは、巨人に命中する。

 だが、巨人は微動だにしない。やがて、チンピラたちも弾丸切れとなる。

 

「こんだけ弾丸を打ち込みゃ、いくら何でもくたばっただろう」


 チンピラのひとりが、そう言った。だが、よくよく見れば巨人の体からは血が流れていないのだ。 


「どうなってるんだ?」


 別の男が言った瞬間、巨人が吠える──


「ウオォォォ!」


 直後、巨人の筋肉がさらに膨れ上がった。同時に、体に打ち込まれた弾丸が浮き上がっていく。そう、弾丸は巨人の筋肉を貫いていなかったのだ。膨れ上がった筋肉により、めり込んでいただけの弾丸が次々も押し出されていった。

 やがて弾丸は、ボロボロと地面に落ちていく。巨人の体には、掠り傷ひとつついていない──


「バ、バケモノだぁ!」


 子分たちは、一斉に逃げ出していった。彼らが消え失せると、巨人の姿にも変化が生じる。

 巨人の姿は、みるみるうちに縮んでいった。筋肉はしぼんでいき、肌の色も変わっていく。

 そこにいるのは、濃い顔の痩せたオッサンであった。先ほど、ルーと名乗っていた変人である。もちろん、海水パンツだけしか着ていない。変質者のごとき姿だ。


「あ、あの……今のは?」


 リンが恐る恐る尋ねたら、ルーは少し困った顔で答える。


「俺はね、アングリーすると姿がチェンジしちゃうんだよ。そうなるとベリーベリーストロングなんだけど、みんなにフィアーされちゃうんだよね」


 そんなことを言ったが、不意にニッコリ笑う。


「んなことより、君はアローンで歩いているのかい? ここはデンジャーゾーンなようだから、おじさんとトゥギャザーしないかい!?」


 言いながら、ルーは両手を広げ腰をくねらせる……その勢いに呑まれ、リンは思わず頷いていた。


「そうか! じゃ、君のホームへレッツゴーだ!」


 腰をくねらせながら、ルーは彼女の手を握る。リンは圧倒されながらも、こんなことを考えていた。


 ひょっとしたら、日本を救えるのはこの人かも知れない──


 ・・・


 ひとつだけ元ネタを説明します。アメリカにて一九七七年より放送されていたドラマ版『超人ハルク』にて変身後のハルクを演じていたのは、ボディビルダーのルー・フェリグノです。






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