第9話 邪竜VS運無し転移者〜壱〜邪竜は空を見上げた

「暑い……少しは涼しくなってくれないかな……さっきみたいな肝が冷えるのはごめんだけど……」


 転移者、運賀内人(ウンガナイト)は暑さのあまり独り言を吐いていた。


「伸びて美味しいアイスはいかがですか〜ひんやり冷たいのび~るアイス。チョコ、バニラ、ブドウの三種類から販売してます。一つ200円から……」


「伸びるアイスか……元いた世界のトルコアイスみたいな感じなのかな。すいません、バニラを一つ下さい」


「はーい。バニラ、一つですね。お姉ちゃん注文入ったよ」


 屋台の売り子をしている紫髪の美少女はアイスパフォーマンスをしている姉を呼び掛ける。


「注文来たの?」


「うん。バニラ、一つだって」


「パフォーマンスもあるんだ。凄いな。誰かがこっちの世界に伝えたのかな?」


「ありがとうございます。はい、どうぞ」


「あっ、おお……はは。なかなか取れないな」


「ふふ。ちゃんと取ってくださいね。━━あっ……」


「痛っ……」


 姉の手が滑り、パフォーマンスに使われていた鉄の棒が運賀の顔へと吹っ飛んだ。


「ごめんなさい……」


「何やってるのお姉ちゃん。すいません、大丈夫ですか……?」


「はい……大丈夫ですよ……」


「えっと……では、もう一回パフォーマンスを……今度は失敗しませんから……後で、もう一つサービスします……」


「気にしないでください。俺、こう見えても結構頑丈ですから……」


 運賀は優しく笑い掛けた。


ーーー


「━━はわわ……ごめんなさい……なんか体が思うように動かなくて……」


「ごめんなさい……いつもはお姉ちゃん、こんなんじゃないんです……」


「大丈夫です……全然大丈夫ですから……」


 その後も失敗し続けた姉は涙を流して謝り倒していた。

 何度も鉄の棒をぶつけられた運賀は遠い目をして笑う。


「では……アイスは……もう普通に渡しますね……どうぞ……」


「美味しそうですね。このアイス。まあ、その……どんなに上手くても、一度失敗しちゃうと調子崩しちゃったりしますよね……(やっと……やっと……アイスが食べられる……)」


 一枚のパンツが柔らかく地面に落ちた。

 空を見上げた運賀にヴァイルが空高く投げ飛ばした何十の衣服が目に入る。


「布……? うわっ、危ない…… 」


 空からヴァイルが追い剥ぎで奪った衣服と共に、落ちて来た首の無い転生者の像が運賀の真横に落ちた。

 ヴァイル落ちてくる衣服に紛れながら、運賀の近くにいた少女たちを後ろから突飛ばし、死角から懐に入り込む。


「外れたか。せっかく取りに戻ったというのに、転生者の像だけあって本当に使えんな……まあ良い。探したぞ転移者ああああ」


「何だこいつ……」


 縦、横と来た斬撃を避けた運賀に、ヴァイルが避けられた横斬りの遠心力を加わえた廻し蹴りを喰らわせる。


「ほう、2回とも避けるとは……だが腕は逝ったな」


「くっ……」


 転生者は蹴り飛ばされ壁に叩きつけられた。

 瞬きする間もなくヴァイルは剣で追撃を入れる。

 転移者の首から鮮血が飛び散る。


「完全にヤッたと思ったんだがな。ギリギリで避けたか」


 互いの瞳が映り合う距離まで詰めたヴァイルは転移者の首を狙い噛み付く。

 結果、運賀のアイスがヴァイルに噛み砕かれた。


「ああ! 俺のアイスううう!」


「おお、美味いな」


 何とか致命傷を避けた転移者は首の切り傷を押さえながら背を向けて走り出す。


「何なんだよあいつ。しかも、アイス食べやがって……俺が何したって言うんだよ!」


「お? 逃げるのか? ふらついてるぞ転移者。ギャハハハ」


 人が少ない所まで来たことを確認した転移者は魔法を発動する。


「━━人はいなそうだな。ここまで来たら大丈夫か……《グランドニードル》」


「ハハハ。お? 少しは戦う気になったか。魔法陣……この術式は……」


 ヴァイルは地面に現れた魔法陣から術式を解析し、勢い良く突き上げる土の針をヒラリと躱した。


「避けただって……」


「人間にしてはなかなかの魔法だが……足止めなら無詠唱の方が良かったんじゃないか? 簡易(名称)詠唱は安定するが、素早く打てる無詠唱で攻撃を当てる事を意識するべきだっただろうな。避けられては意味が無いぞ。威力は落ちても当てられれば魔力を纏った防御に……」


「うるさいなお前! 付いて来るなよ」


「……」


「それなら……数撃ちゃ当たるか?《グランドニードル》、《グランドニードル》、《グランドニードル》」


「ふっ……連発出来るなら最初からしておけ。だが、連発したところで一度見せた魔法は俺様には通用しないぞ。それにだ……」


 ヴァイルは発現した魔法陣を剣を下敷きにして踏み付けた。

 魔法が発動し地面から土の針が勢い良く突き上げる。


「な……俺の魔法を利用して……」


 土の針が飛び出す勢いでふっ飛び距離を詰めたヴァイルは背後から転移者を蹴り飛ばした。

 転移者は地面を転がり広場の噴水にぶつかり止まった。


「━━さっきからずっと首を押さえて……そんなに傷が痛むか? 根性の無い奴め」


「知るか。お前が斬り掛かってきたんだろ……ん? 体が動かない……」


「やっと毒が効いてきたか」


「毒?」


「お前の首を切った剣に毒を塗っておいたんだ。さっき吹っ飛んでいった……ほら、あそこの屋根に刺さってるあの剣にな」


「俺は……死ぬのか……?」


「安心しろ。体が痺れるだけだ。まあ、奪った金で適当に買ったものだから命の保証は出来ないがな。さてと、別に今すぐ殺して欲しいなら殺してやってもいいが……せっかくだ少し話をしないか」


「話って言われてもな……そうだ。どうして俺はお前に殺されなくちゃいけないんだ?」


「ん? そんなの決まっているだろ。お前が一番強い人間だからだ」


「戦闘狂っていうやつか……? それなら俺は強くないぞ」


「謙遜はよせ。転移者のお前が一番強いのは分かっている」


「まあ、転移者だから普通よりは強いと思うけど……一番では絶対にないって。強い奴と戦いたいってなら他を当たってくれ。俺の負けでいいからさ」


(ん? こいつ……あのイキり謙遜してた転生者と違って本当に自分の強さに付づいていない様子だな。━━ああ、そうか。転生者が海竜に時間を稼いだとかマキシムが言っていたな。確かに、あれを信じていれば、自分の強さに自信が持てないのも、分からないこともない)


「ふっ、人間にしては強いというのに勿体無いな……気が変わった。お前には特に恨みは無いしな。何より、雑魚のくせにイキリ散らした挙げ句に無様に命乞いをし、更には見逃して貰ったところで不意討ちなんかしたあの転……そうだ、田中とか言ってたか? あれと比べて、お前からは取り敢えず踏み潰したくなる様な不快感は感じないからな」


「えっと……? 転……田中? 誰のこと言ってるんだ? 」


「ん? ━━あ……いや……俺様のことじゃないぞ。俺様のことじゃないからな」


「え? 別にお前のことだとか言ってないけど……」


「……」


「……?」


 ヴァイルは少しの間、空を見上げた。

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