空の邪竜は地へ落ちた

梅田 蒼理

第1話 竜で無しと教会の少女たち

 白き竜と赤き竜。二匹の竜が争っていた。地面が砕かれ、山が割れる。

 空を支配する異世界最強の生物竜。人はそれを畏怖し神格化した。

 抗う余地がない気まぐれなる破壊。それは天災と何ら変わらない。


グオオオオオ(赤き竜。お前もあいつみたいにボロ雑巾にしてやるよ。底辺は底辺らしく地に落ちてろ)


グルオオオオ(あいつ……青き竜のことかあああぁぁ)


 ━━しかし、天変地異というのはあくまでも人間の視点であり、これは竜の弱肉強食のピラミッドの最下層に位置する竜同士の低レベルな争いであった……


グオォ……グア(強すぎる……こいつ……さっきから急に魔力が……うわっ……)


 激闘の末、怒りにより覚醒した赤き竜に圧倒された白き竜は地面へと叩き落とされる。

 勝敗は決した。


オオオォォォ(ふざけるな。やめろ死にたくない。待て。待ってくれ。助けて……助けてくれ……)


グウゥー(くっ……今までどれだけの悪行を重ねたと思っているこの底辺邪竜が……)


 地に落ちた白き竜は情けなく命乞いをした。

 卑怯な手段。下劣な戦術。

 竜で無しと仇名された白き竜の悪行を知り、自分自身も被害にあっていた赤き竜は歯ぎしりして白き竜を見捨てようとする。


グオオオー(これで死ぬことはないだろう。二度とその面を見せるな)


 しかし、赤き竜は優しき竜であった。

 赤き竜は命乞いに応じ、致命傷を負った白き竜に生命力である魔力を分け与え、飛び立って行く。


━━グウゥ……グオオオォォォー(━━底辺だと?この俺様が……この俺様が底辺だと……あいつ俺様のこと馬鹿にしやがった……死ねええええええ)


 白き竜は血走った目で赤き竜を見ると、怒りに任せて口一点に魔力を集め、赤き竜へと吐き出す。


グオオオオオオー(この屑野郎がー)


 攻撃に気付いた赤き竜が咆え、白き竜同様に魔力を吐き出した。

 白き竜は不意を付いたものの、魔力の出力は赤き竜の方が上であり押し返されていく。


グオー(ホゲエエエエエエ)


 大きな爆発が起こり今度こそ赤き竜は飛び去っていった。


 ━━だが、白き竜は生きていた。

 しかし、竜であっても魔力とスキル(固有魔法)を使い切った状態で腹に大穴が空いてしまえば死は避けられない。

 それでも白き竜は諦めず、脳と心臓に残った僅かな魔力を注ぎ、これまでの知識と経験から生き延びる術を探す。

 瀕死の白き竜の脳裏に過るはある異端の竜と嫌がらせで記憶を奪った転生者であった。


(そういえば体を人間に変えた頭がおかしいのがいたな。どうせ死ぬならそれを試すか。そうだ……もしかしたら奪った転生者の記憶の中に役に立つ情報があるかも……)


 白き竜は奪った転生者の記憶を読み込む。

 転生者はタンスから少女のパンツを取り出すと顔に被り思いっきり息を吸い込んだ。

 記憶が切り替わり、今度は少女が入った後の風呂に忍び込み、残り湯を口に含めほっぺをぷくぷくと膨らませた。


(は? こいつはいったい何をしているんだ?)


 白き竜に流れ込んだ存在価値のない記憶。

 竜にはそれらの行為の意味はあまり分からなかった。

 しかし、今際の際の大切な数秒を転生者のゴミの様な情報で無駄にしたのは白き竜にも明らかであった。


(クソ……役立たずめ。転生者なんかの記憶に頼るのが間違いだったか……ん? なんだ? 転生者が本を読んでいて……人体錬成? これは……水35L、炭素35g、アンモニア4L……良く分からないが、おそらく人間は小さいモノの集合であり、これがそれの比率ということだろう。これを利用すれば……)


 白き竜は自らを贄とし肉体を人間に作り変えていく。


(空が遠いな……どうして俺様がこんな……許さん……許さんぞゴミ共……叩き落とす……この空から一匹残らず叩き落としてやる……叶うならもう一度自由に空を……)


 復讐を誓った白き竜の意識が薄れゆく。

 竜で無しと仇名された卑劣な竜は本当に竜ではなくなった。


ーーー


「おっ、久し振りだなシーラ」


「げっ……何をしに来たんですかクソ兄貴」


「おいおい。俺もここの教会(孤児院)で育ったんだぜ。顔ぐらい出したっていいだろ?」


「顔なんて見せなくて結構です。だいたいその格好は何なんですか? 気持ち悪いです」


 十字形(バシリカ様式)の教会、そのエントランス(ナルテックス)で黒髪紫眼、ロングヘアの儚げな雰囲気の美少女、シーラは兄であるガタイの良い男、マキシムに毒を吐いていた。


「格好? そんなに変か? でもこれ凄いんだぜ。強力な付与魔法が……」


「別に言わなくていいですよ。興味無いですから」


「うっ……重……あっ、シーラ、マキシムおはよー。あれ? その人は?」


 食料品が入った籠を持って外から入って来た金髪赤眼、綺麗な髪留めでワンサイドテールにしている朗らかな美少女、ラアナは倒れている筋肉質な白髪の美青年(白き竜)を見つめ問い掛けた。


「こいつか?クエスト中に素っ裸で倒れてたのを見つけたから運んで来たんだぜ」


「へー。あっ、だから体に布を被ってたんだ。てっきり死体かと……」


「ちゃんと心臓は動いてたぞ。特に外傷は無かったし、寝てるだけだと思うぜ」


「酒に溺れた冒険者仲間じゃなかったんですね。でも、本当に倒れているのを見つけて来たんですか? クソ兄貴、もしかしてこの人のこと馬車で轢いたりとかしてないですよね?」


「いやいや、今回は誰も轢いてないぜ。それにしてもこいつ中々起きないな。ばあさんは……寝てるよな……リューゲは?」


「リューゲ? リューゲならたぶん中で祈ってるよ」


「そうか。ありがとなラアナ。よいしょっと」 


「あ、ラアナそれ重かったんじゃないですか? 後は私に任せてください」


「じゃあ、お願い。シーラ、ありがとー」


 白髪の青年を翼廊(袖廊)へと運んだマキシムと、買い物籠を受け取ったシーラは、祈りを捧げているシスターの方へ向かっていった。

 ラアナは周囲を確認しつつ、コソコソと布一枚だけかけられている白き竜の元へと這い寄っていく。


「それにしても綺麗な人。裸だけど、追い剥ぎにでもあったのかな?」


 ラアナはそう独り言を呟くと、白き竜の足元で自販機の下に落ちた小銭を漁る乞食かの如く寝そべった。

 ラアナは頬赤らめ、あそこを覗き込む。


「何をしてるんですかラアナ?」


 ステンドグラスから漏れた光で視線が移り、偶然にもそれを目撃してしまったシーラは不思議そうにラアナに声を掛けた。


「わっ、シーラ。違うよ。別におちんちん見ようとしてたわけじゃないよ」


「えぇ……おちんちんって……」


 幼き頃から姉妹のように育ってきた二人の間に何とも言い難い空気が流れる。

 慌てて墓穴を掘ったラアナは顔を伏せ、シーラはそれを微妙な表情で見つめた。


「━━そういうわけだから、リューゲ。この人のこと頼んだぜ。俺は腰を壊したダチの代わりに帝都へ魚を売りに行かないといけないからな」


「なるほど。分かりました。マカさんにも伝えておきますね」


 マキシムと話していたシスターの格好をしたピンク髪の少し大人びた爆乳の美少女、リューゲは柔らかい笑みを見せた。

 教会を出て行こうとマキシムの目にラアナとシーラの奇行が映り込む。 


「ありがとなリューゲ。じゃあ頼んだ……━━ん? シーラとラアナは何してるんだ?」


 白髪の少年の足元で二人の少女はムカデのようにモゾモゾと這っていた。

 一瞬で奇行の意味に気付いたむっつりスケベのリューゲは明後日の方向を見て言葉を濁す。


「え? あれって? あ……えっと……あれは……その……私にはさっぱりですね……」


「そうか。まあいいや……あの人のこと頼んだぜ」


「はい。マキシムさんもお仕事頑張ってくださいね。━━それにしても……まったく何をしているのですかあの子たちは……」


 急いでいたマキシムは少し気になりつつも教会の外へと出て行った。

 リューゲは呆れた様子で白き竜と2人の元へと駆け寄っていく。


「シーラ見える?」


「うーん……影になってて見えませんね」


「ちょっとシーラちゃん、ラアナちゃん。そういうのは……その……良くないですよ。見たくなる気持ちも分かりますけど……いや何でもないです」


 近付いて来たリューゲはしゃがみ込み、好奇心と少しの性欲に負けた二人に優しく語り掛ける。


「りゅ、リューゲさん。誤解です。私はラアナにやめようって言ったんですよ」


「え? シーラも見てみたいって言ったじゃん。それにシーラの方が顔近づけてたよね?」


(何だこいつら。うるさいな……)

 

 おぼろげながら意識を取り戻した白き竜が人になり始めて見たものは、神の御膝元である教会で寝転がりながら罪を擦り付け合う二人の少女であった。

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