第17話

「どうした?」

望奈が俯いていると、暖がその顔を覗き込ん

だ。

「ねえ、暖。キスした事ある?」

暖は飲みかけのオレンジジュースを思わず吹き出しそうになった。

だが望奈は真剣である。

「あるよ。彼女いたから」

「私、ないの。だけど今度のドラマにはキスシーンがあって…… 」

稽古の後、劇団近くの公園のベンチに2人は座っていた。

「キスするのは咲だよ。菅野望奈じゃない」

「うん…… 」

暖の言う事も分かる。

でも……

「やっぱりファーストキスは好きな人としたいの」

望奈は涙ぐんでいる。

「キスは大事なものだからね。戸惑う気持ちも分かるよ。でも望奈は女優だから演技しなきゃいけない」

暖は真っ直ぐに望奈の顔を見た。

「女優?」

望奈が思わず言った言葉を聞いて、暖は顔を顰めた。

「ほらそこなんだよ、望奈。望奈が自分を女優だと思っていたらその疑問はないはずだよ」

暖は真剣な目で望奈を見ている。

望奈は俯いた。

「顔を上げて俺を見て」

「私、好きな人がいるの。その人は親友の彼…… 諦めようとしても諦められないの」

望奈の瞳から涙が溢れ落ちた。

暖は望奈を抱き寄せた。

「それは辛いな…… 」

望奈は暖の背中に手を回すと、強く抱きしめ

た。

それから少しの間、2人はそのまま抱き合っていた。

「暖、私にキスして…… 私、暖ならいい」

暖はゆっくり望奈を引き離した。

「吹石暖は恋人以外とはキスしないよ。望奈、俺と恋する?」

暖は穏やかな眼差しで望奈を見つめた。

高原君……

でも高原君は莉子の彼。

莉子を心から祝福するためにも前に進まなきゃいけない。

望奈は暖の優しい目の光を感じながら頷いた。

「望奈は女優なんだ。だから演技しなきゃいけない。中途半端じゃ咲が生きないよ」

「生きる?」

「そう。中山咲という人生を、望奈は生きるんだ。咲が何を考え、彼に惹かれ、彼を愛し、友達と過ごすか、菅野望奈が演じるんだよ」

望奈は暖を見つめている。

「望奈はもう女優なんだ」

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