第29話
「結愛、来たぞ」
部屋で待機していると、千都さんが声をかけに来た。
千都さんは仕事のときとはまた違うスーツを着ていて、組のみんなも正装に近い服装で今日は過ごしていた。
私もちょっとおしゃれをしていて、本当に両親に会うんだと肩に力が入る。
「大丈夫か?」
「き、緊張します…」
「お前の親だろ」
「でも何年も会ってないし…」
「まぁそうだな。俺より会ってねぇからな」
「千都さんは会ったの?」
「何回かな」
海外に出張に行ったときにでも会っていたのかな。
本当に千都さんは気にかけてくれていたんだ。
他人…だったのに。
シグさんが頼んだから…だっけ?
シグさんがそこまで私たち家族を気にかけてくれてるなんて思ってもいなかったな…。
弟の麗くんの許嫁だったから、なのかな?
あれからシグさんともタイミングが合わなくて会えていない。
霧島家にいるらしいけど、姿を見たことはなかった。
でも今日はみんなが勢ぞろいしているみたいだから、シグさんとも会えるかもしれない。
そう思いながら、私は伸ばされた千都さんの手に自分の手を重ねて立ち上がった。
両親が待つという客間の前につくと、千都さんが一声かけてふすまを開けた。
するとそこには母と少しだけ痩せた父がいた。
「母さま…父さま」
厳しくて凛々しい母と優しくて穏やかな父。
母さまは私を見てすぐに涙を浮かべて、その場を立ち上がった。
そしてぎゅっと私を抱きしめる。
「っ…結愛…ッ!」
「母さま…っ」
「もう二度と会えないかと思ったわ。もう二度と会えないかと…っ」
それくらい危険な状況だったのだろうか。
私がここで暮らしている間に、二人は命を狙われて過ごしてきたんだ。
「嘘をついてごめんな。結愛」
父さまの声に母さまは体を離して父を見る。
私は曖昧に笑って、首を左右に振った。
「あんなに愛情をもって育ててもらったのに、疑ってしまってごめんなさい」
「それは仕方ないよ。逆に信じてもらえてよかった。じゃないと結愛は父さんたちに会いたがっただろうから」
それはその通りだ。
信じていなかったら今とは全く違う未来が来ていただろう。
それもきっと最悪な。
単純でよかったと思うのは複雑だけど、信じて騙されてよかった。
こうして両親に再会することができて本当によかった。
それからたくさん両親と話をして、気づけば夜を迎えていた。
両親もこの家に泊まることになり、私たちは夜遅くまで話をした。
この家のこと、千都さんのこと、麗くんのこと、家を抜け出そうとしたことも。
シグさんとお菓子作りをしたことや、喫茶店でバイトをしていることも。
たくさん、たくさんお話をした。
この空白の数年を埋めるように。
…………
said:時雨
深夜2時。
ご両親と再会を果たした夜。
若頭と部屋で眠る結愛を見つめ、その頬に指先を落とす。
そうすれば若頭が俺の手をつかんで引き離した。
「最後のお別れくらいいいじゃないですかー」
「ダメだ」
「俺のおかげで結愛ちゃんと出会えたんだってこと忘れてない?」
そう言えば若頭は起き上がって、頭をかきながら背中を向けた。
なので、俺は眠る彼女の頭に手を添えて前髪をかきあげると、その額に口づけを落とした。
「ばいばい、結愛。元気でね」
そう声をかけてすぐに立ち上がる。
ぐんっと背伸びをすれば、胸ポケットに入れていたスマホが音をたてた。
これが本当に最後。
俺はここでの任務を終えて、本職へと戻る。
せっかく再会できたのに、彼女ともお別れだ。
「それじゃあ若頭、お世話になりました」
「ああ」
「結愛のこと頼むね」
「最後に一つ聞かせろ」
「……その答えは教えないよ」
「まだ何も言ってねぇだろうが」
「どうして結愛ちゃんのことをそんなに気にかけるのか、だよね」
そう聞けば、若頭は図星だというように黙った。
だから俺はふすまを開けながら、唇に人差し指を添える。
「墓場まで持っていく秘密だからごめんね」
そう約束したんだ。
「結愛のこと頼んだよ。
「……ああ」
不満そうな顔を見せながらも返事をした彼にうなずいて、部屋を去った。
結愛を幸せにしてくれると、そう信じて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます