トイレ協奏曲

ガビ

第1話 我慢の派手にある天国

[綾瀬レナの場合]


 仕事にはストレスが付きものだ。

 現代日本で生きるには、こいつをどうやって飼い慣らすのかが重要になってくる。


 特に、私のような精神力が激弱な女にとっては死活問題だ。さっきだってクソハゲネズミ部長に嫌味を言われて心に闇が近づきつつある。

 いや、ハゲネズミは秀吉が信長に呼ばれていた呼称だ。あんなジジィには相応しくない。


 よし。


「ハゲな上にキモい性欲持て余しおじさん」と名付けよう。


 長いは覚えにくいはで、良くないネーミングだ。これもストレスのせいだ。

 それはそれとして、私は社会人だ。仕事に戻らなければならない。


「‥‥‥」


 しかし、デスクでExcelに数字を入力していく作業に集中できない。まだ引きずっているのだ。

 どうする。定時までにはまだ4時間もある。今できる簡単なストレス解消法はないだろうか。


 少し考えて、良いアイデアを思いつく。


 軽い足取りで休憩所兼自販機置き場に向かい、缶コーヒーを買う。甘いやつね。私、苦いの無理だから。

 デスクに戻り、仕事を進めながら缶コーヒーを飲んでいく。


 すると‥‥‥。


 よし。始まったな。

 尿意を催してきた。

 私は、とにかく膀胱がユルい。


 寝ている時も、ほぼ100%夜中にトイレに起きるし、日によっては1時間に1度トイレに行く必要に駆られることもある。

 そんな私が利尿効果のあるコーヒーを飲んだらどうなるか。

 答えは簡単だ。オシッコに行きたくて仕方なくなる。


 でも、ここは我慢だ。

 あまり大きな声では言えないが、私は漏れる寸前までオシッコを我慢した末の放尿が大好きなのだ。

 世の中の、全てのしがらみから解放されたかのような快感。アレが欲しい。


 だから、今は我慢だ。

 ギリギリまで我慢するために、意識をパソコンへ持っていく。あと1時間はこのままは我慢したい。


 10分経過。

 まだ大丈夫。「ハゲな上にキモい性欲持て余しおじさん」につまらない冗談を言われても、愛想笑いを返すくらいの余裕はある。


 20分経過。

 下腹部が軽く押すだけでもヤバい。でも、まだまだこれからだ。


 30分経過。

 我慢しすぎて吐き気が出てきた。身体がこの状況を拒否しているんだ。

 でも、ごめんね。私の心はまだイケると言っているのだ。もう少し付き合って。


 40分後。

 仁科さんから、コピーをお願いされた。

 正直、1歩でも動くと一気にヤッてしまいそうだけど、イケメンの仁科さんからの頼みは断れない。

 泥棒のように、爪先立ちでコピー機まで移動した。仁科さんから変な女だと思われなったかな。


 50分後。

 もう限界だ。

 もはや尿道からではなく身体の穴という穴からオシッコが出そうな勢いだ。

 でも、私は決めたんだ。あと10分耐えるって!

 耐えろ! この壁を乗り越えたら天国が待っている!

\



「あぁァァァァァぁァァァァァァァ‥‥‥」


 去年の夏に彼氏と行った仙台の秋保大滝を見た時の感動を思い出す。

 自然の美しさに圧倒された私は、SNSに写真を載せる習慣すら忘れて、ひたすら打ちのめされた。私が、人類がどう足掻いても辿り着けない高みを感じたのだ。


 そんな神聖な光景を、放尿しながら感じるとは、我ながら罰当たりだと思う。でも、長時間耐え抜いた尿の美しさも負けていない。


「お‥‥‥ォウふ」


 大人の女が発してはいけない声が出る。

 恥ずかしい。

 恥ずかしいが、さっきまで感じていた不快感はオシッコと一緒に流れていった。


「よし! お仕事頑張りますか!」


 普段だったら決して言うことのない、前向きな言葉が出る。


 トイレ。

 それは、勤務中でもストレス解消できる素敵な場所だ。

 

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