営業哀歌 ~ 広告取材インタビュー ~

崔 梨遙(再)

1話完結:2200字

 僕が30代の後半の時。僕はフリーの求人広告屋だった。お客様のリクルーティング・パンフレットや広告の材料にするため、そのお客様企業の社員のインタビューをすることになった。実際に働いているスタッフのインタビューは慣れていた。写真も撮る。僕は笑顔にこだわって、なるべく笑わせて写真を撮る。笑顔に勝るメッセージは無いと思っていた。


 その日、取材したのは2人。どちらも23歳の女性スタッフだった。取材対象に選ばれるだけあって、仕事で光っているスタッフだろう。1人ずつ順番にインタビューをすることになった。


「お忙しいところすみません、貴社のリクルーティング・パンフレットと求人広告のための取材、インタビューです。ご協力ありがとうございます。今日は本音を聞かせてください。マズイところは僕がカットします。上司の方に告げ口することもありません、ご安心ください」

「よろしくお願いします。飯島明日香です。23歳です」


 飯島さんは、美人でスタイルも良かった。声も透き通っていて、聴いていて心地よい。何より、笑顔が良かった。接客業の会社だから、飯島さんは理想的な人材なのだろう。お客様にも社内のスタッフにも好かれているに違いない。僕が年上好みで良かった。僕が年下の女性が好きだったら惹かれていたかもしれない。だが、僕は年上が好きなので、惹かれることもなく取材を続けた。


「早番と遅番の交替勤務だと思いますが、大変ですか? 慣れれば平気ですか? “早番の時はこれをしている”とか、“遅番の時はこれをしている”とか、交替勤務の楽しみ方はありますか?」

「遅番の時は、同棲している彼氏とHしてから出社しています」


“いやいや、そんなこと広告に書けないし。確かに本音をぶつけてくれと言ったけど、それはちょっと違うやろ……”


 かなりの爆弾発言だったが、僕は笑顔でスルーした。僕は話題を変えた。もう聞きたいことを絞って、さっさと終わらせようと思ったのだ。


「仕事の“やりがい”を教えてください」

「お客様の笑顔と“ありがとう”というお言葉が“やりがい”です。それは、私にとって、何よりも大切な“ご褒美”だと思っています」


“良い娘(こ)やんかー! 優等生の回答やー! さすが、取材対象者に選ばれただけのことはあった。ちゃんとまともなことが言える女性だった。さっきは僕が質問に失敗しただけだったようだ”僕はホッとした。


 だが、こんな宝石みたいな言葉でも、それだけでは足りないのだ。何故なら、“お客様の笑顔とありがとうがやりがいです”というのは、他の接客サービスや営業などの会社でもよく出て来るワードだからだ。だから、僕はそこでもう1歩踏み込む。


「なるほど、素敵ですね。それだけでも充分なんですけど、他に何かありませんか? あるだけ教えてください」

「そうですね……仕事をおぼえていくのが楽しいです。出来なかったことが出来るようになるのは嬉しくて“やりがい”です」

「なるほど、自分の成長を楽しめるということですね?」

「はい! すみません、新卒入社なので他社のことはわかりませんけど」

「大丈夫です。いい感じです!」


 飯島さんは、最初の爆弾発言を除けば優等生の回答だった。僕は安心した。ちなみに、交替勤務が嫌だと思っている人のために、交替勤務の良さを書けたらいいなぁと思ったから聞いたのだが。



 2人目は、飯島さんよりも小柄で、飯島さんのように“美人”というよりも、“かわいい”といった印象の女性だった。小杉玲奈さん。ビジュアルも良いが、やっぱり笑顔がいい。声を聞き取りやすい。小杉さんも、お客様からも好かれそうだ。小杉さんも社内でもかわいがられていることだろう。僕が年下に惚れるタイプじゃなくて良かった。僕はまた冷静に、でも笑顔を忘れずに取材をすすめた。


 最初に、“誰にも言わないから、本音で話してください”と伝えた。もう、交替勤務のことなんか聞かない。が、ふと思った。サービス業は平日の休みも多い。土日祝日に必ず休めるわけではない。その便利さと不便さが書ければ良いなぁと。


「平日が休みのことも多いと思いますが、その楽しさってありますか? もしくは、やっぱり土日祝日が休みの方がいいですか?」

「どっちでもいいです、今は」

「と、おっしゃいますと?」

「彼氏がいたら、デートとかするのに考えることもあるかもしれませんけど、今、彼氏がいませんので……いや、本当に男でもいたらいいんですけどね……男……男……男……」


“だ・か・ら、男! 男! 男! なんて書けねーよ! わかった、変わったことを聞いた僕がアホやった、基本的な王道の質問だけにしよう”


「じゃあ、仕事の“やりがい”って何ですか?」

「お客様の笑顔です!」


“やっぱり優等生だった! ごめんね、余計なことを聞いてしまって”


「他にも、“やりがい”はありますか?」

「常連のお客様に名前と顔をおぼえていただいて、声をかけてくださるのが嬉しくて、“やりがい”に繋がっています」



 ということで、無事に取材は終わった。やっぱり優等生だった。しかし、本当に本音でこられるとは思わなかった。初対面の男を、よくぞここまで信じてくれたなぁと感心してしまった。勿論、採用担当者にも、彼女達の上司にも、彼女達の不利になることは話さなかった。取材慣れしていても、相手は人間なので、たまに驚かされることもある。人それぞれ違っていて、それでいいのかもしれない。







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