第7話 重力の底
「それはいいとして、何でお前はこの電車に乗っているんだ?」
「それは俺も聞きたいぐらいだ。気が付いたらここに座っていた。
まぁ、この世界ではこんなことざらにあることだ。気にするな」
俺からの問いかけに城本はさも当然かのように言い放った。
“こんなことはざらにあることだ”
こんなことがざらにあるのか…
それは一旦置いておくとして、
「俺たちはお前を探す為に大学へ行こうとしたんだがな、全ての公共交通機関が東京都内で完結していたんだ。しかもスマホの地図から東京都以外全て消えていた。空白になっていたんだ」
「ほぉ」
城本は目を見開き、片眉を上げ、興味深そうに身を乗り出してきた。
「この世界は本当に東京都だけになったのか、東京と埼玉の境界はどうなっているのか、それを確認したくて西武池袋線に乗って終点を目指していたんだがな。
俺たちは知らぬ間に寝てて、目が覚めたら西松曰く、東北地区を走る電車に乗っていたって状況だ。
そう、堀込も一緒に居たはずが、奴の姿が見当たらない」
「なるほど…」
城本は腕組みをし、何か考えているような表情を浮かべた。
「お前らが池袋線に乗って寝ている間に世界のリセットが起きたんだろうな」
「え?この前、コロニーが落ちてリセットしたばかりだぞ」
「だとしても、あり得ない事ではない」
「でも俺たちは何もしていないぞ。
この前みたいな、キズナ ユキトを射殺したような事をしていない。
誰かがコロニー落着以降の世界の創造主を倒したのか?」
「それもあり得るな…、理由はわからないが、とにかくリセットが起きたってことだ」
城本は俺の顔をじっと見据えてきた。
「それよりも一号、さっきからその顔どうしたんだ?」
城本のその言葉を受けて、西松が吹き出すような笑いを溢す。
「そうそう城本、聞いてくれよ。
さっき池袋駅で待ち合わせた時、風間は身長180センチぐらいで凄えイケメンだったのがさ、池袋線に乗って寝て起きたら、身体だけ元の風間に戻ってたんだよ!」
城本は西松から俺の容姿の顛末を聞き笑う。
「コロニーが落ちる前、俺はお前に言ったよな?
理想の自分を強く念じろって。
念が足りなかったのか?
俺はお前のことを勘違いが服着ているような男だと思っていたが、案外自己肯定感が低いようだな!」
そうだ。確かに城本はそんなことを言っていたな…
しかしだな、
「自己肯定感?そんなことは知ったことじゃない。
俺はどんな手を使ってでも元の自分を取り戻すぞ。
話はそ」
「元の自分って顔が如何にもデブのキモオタだった時のアレか?」
城本は俺の流し目や間といった一連の流れを無視し、言葉を重ねてきた。
西松までも一緒に笑う。
西松の野郎、ぶん殴りてぇ…
「違う!この顔に相応しい身体だった時の自分だ!」
「それは元の自分じゃないだろうよ。
御都合主義者め」
「わかった、理想の自分だ。俺は理想の自分を取り戻す」
と言った時、電車が大きく揺れた。
俺は倒れそうになり、思わず吊り革に捕まるのだが、吊り革の付け根が支点となり、俺の身体は横に回転してしまう。
その刹那、何かがぶち切れるような音がした。
重力の底に引っ張られ、俺は螺旋状に落下していく。
俺は言葉にならぬ呻き声を上げた。背中から腰にかけて、床で強打したのである。
吊り革が俺の体重の掛かった捻れに耐えられず、根本から千切れたのだ。
「いっ、痛え」
痛みに耐えながらなんとか立ち上がると、その様を見ていた城本は大笑いしていた。
「笑うんじゃねぇ!」
「一号よ。理想の自分云々よりも少しは痩せろ」
「余計なお世話だ」
ふと車窓を見ると顔だけアラン・ドロン、身体は超肥満の俺が映し出されていた。改めて見ると西松と城本が笑う気持ちもわからないでもない。確かに異様かつ滑稽なのだ。
だからこそ腹が立つ。
畜生っ!何故だ!何故なのだ!
俺は怒りに任せて踵を床に叩き込もうとしたその刹那、車内が再び大きく揺れた。
俺の踵は滑り、再び背中から床に叩きつけられた。
さらに城本は大笑いする。
情け無さ、怒り、自分の無様さに感情が爆発し、俺は言葉にならない叫びを上げた。
しかし、それでも俺の中の燃え上がる激情は収まらず、手足を出鱈目に床へ叩き付ける。
破れかぶれ、自棄糞、そのものだ…
感情の爆発は傍から見れば無様に過ぎない。俺はそれに気付くと何事も無かったかの如くうつ伏せになる。
車内に流れる静寂が気になり、顔を覆う腕の隙間から辺りを見ると、西松は神妙な面持ちでスマホを見つめていた。
こいつ、俺の不幸を他所にスマホでお楽しみか?
「おかしい…」
西松は眉間に皺を寄せ、怪訝そうな表情を浮かべていた。
「何がだ?」
俺はそのままの体勢で尋ねる。
「この列車、さっきから駅を通過しているんだよ」
西松は俺の疑問に答えつつも、スマホから目を離さない。
「快速とかじゃないのか?」
俺はゆっくりと身体を起こす。
「この辺りの在来線には快速も特急もないんだよ」
「臨時とかじゃないのか?」
「調べてみたけど、今日のこの時間に臨時はないんだよ」
西松は相変わらずスマホから目を離さず、何やらスワイプしていた。
俺はさり気なく電車のシートへ腰掛ける。
「そのうち停車するだろうよ。
停車したら降りないか?腹が減ってきた。どこかで何か食べようぜ」
「嫌な予感がするんだよ」
西松は俺の言葉を無視し、不安っぷりを発揮する。
「どうした?」
そんな西松に城本が声を掛けた。
西松は不安に対する耐性が弱いというか、心配性というのか、神経質というのか、ストレスに弱い奴だと俺は見立てている。
だから西松の不安に構っていたらきりがないのだ。
そんな中、西松はスマホの画面を俺たちに見せた。
そこには数値が大きく表示されている。
今、126と表示されていた。
「西松、それは何だよ?」
「スピードメーターのアプリなんだけど」
俺は西松の言葉を遮り、
「お前はそんなアプリまで入れているのか」
「話を最後まで聞いてくれよ。
この電車は時速120キロが限度なのにそれを超えているんだ」
西松はそう言うと、自分のスマホの画面を覗き見た。
「また速度が上がっている」
西松の言う通り、130と表示されている。西松の顔色が青ざめた。
「いいじゃねえか。運転手もたまには飛ばしたい気分なんだろうよ」
「風間、お前呑気過ぎるよ。
この調子で飛ばしていると、曲線区間で曲がりきれずに脱線事故を起こす危険性があるんだよ」
「本当か?」
「そういえばそんな事故があったよな。事故で死者が百人超えたこともあったよな」
城本が口を挟んだ。その言葉に一気に背筋が凍る。
「西松、なんでそれを先に言わないんだよ」
「お前が話の途中で遮るからだろ!」
と言いつつ、西松の服装を見て気付かされた。
「お前、今車掌だろうよ。運転手に注意しろよ」
「何故か知らないけど、この服装してるだけだって」
俺は今、最後尾の車両に乗っていることに気づいた。進行方向と逆に乗務員室が見えたのだ。
乗務員室を指差し、
「あの中に何かあるんじゃないのか?運転手と繋がる無線とかさ」
西松は早足に乗務員室へ向かう。
俺と城本もそれに続く。
西松は乗務員室の戸を開けようとするのだが、びくともしない。
「閉まってるよ」
「おい、車掌。鍵持って無いのか?」
西松は上着とズボンのあらゆるポケットを探る。
「無い。無いよ」
「それなら先頭車の運転手に直接言いに行くとするか」
城本のその一言の後、俺たちは先頭車に向かって歩き始めた。
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