第2話 一筆啓上、出鼻を挫かれた

 白ブリーフだげじゃない。

 気が付けば携帯電話もガラケーから元のスマートフォンへと戻っていた。

 これは茶坊主から没収したものではなく、元々俺が所持していたスマホで間違いない。


 これはどういうことだ?

 部屋を見渡すが、ここは何も変わっていない。見覚えのある、いつもの俺の部屋だ。しかし何か違和感がある。


 そうだ、ここは赤羽だ。

 正確には東京都北区志茂。家の前の通りを挟んですぐ向いが赤羽であり、JR赤羽駅をよく使うことから赤羽と自称しているのであった。

 スマホの位置情報を見ると、やはりここは北区志茂である。

 しかし、俺の家は埼玉県所沢市のはずなのに、何故志茂と赤羽のことを知っているのか。赤羽など縁もゆかりもない場所のはずだか、何故俺はここにいる。

 俺のこの認識は何か。

 これこそ堀込が言っていた“設定が変わっていた”かの如く、か。

 住んでいる場も違えば、俺の容姿から家族まで違う。

 これこそ新たな世界の設定か。

 とにかく今の俺はアラン・ドロン似の不世出の二枚目、窓に映る自分の美貌に思わず見惚れてしまう…



 それはいいとして、他の奴らは今どうしているのか。

 森本、西松、若本……じゃなくて榎本、パリス、糞平、“仮面”、城本…

 奴らは今、どこで何をしているのだろうか。


 誰かと連絡を取ろう。


 まず連絡を取りたいのは城本だ。

 コロニー落下前、城本が言うように“次”があった上に、“理想の自分”も実現していた。

 前から意味深な奴であるが、今回のこれはこの狂った世界の何かを知っている奴だと確信させる。

 そうだ、城本はコロニー落下に対して、


(何処ぞの誰かにとって、世界の終わりのイメージがコロニー落としなんだろうな)


 と言っていた。

 これは何を意味しているのか。

 何故、何処ぞの誰かのイメージが具現化するのか。そして何処ぞの誰か、とは誰なのか。

 そもそも、この世界は何なのか。

 城本には聞きたいことだらけだ。

 しかし、俺は奴の連絡先を知らない。


 だったら誰に連絡するか…

 


「俺だ」


[風間。俺も今、連絡しようと思っていたよ]


「お前も生きていたか」


[うん。また生きていたよ。

 ところで俺のこと、気付いた?]


「ああ、お前のことは車の中で見つけた。

 キズナ ユキトとは決着を付けたぞ」


[そうか…、やったな]


「キズナ ユキトの正体はクロだった」


[え?正体って何だよ?]


「キズナを問い詰めていたら、クロに変身したというか、変形したというか…」


[そのクロって、高校時代のお前らのグループのリーダーのことか?確か黒岩だったよな?]


「ああ、その黒岩だ」


[奴だった…、のか]


「ああ。クロの野郎は入間川高校が占拠されたあの日、仲間である俺たちを黒薔薇党に売って裏切ったんだ。

 そのクロがキズナ ユキトとなって転生していた」


[そうだったんだ…]


「りょうもう号の件は結局、キズナ ユキトらの罠だったんだ。

 森本と堀込、パリスも射殺された」


 スマホ越しに西松が鼻をすする音が聞こえたのだが、それでも俺は話をつづける。


「俺はあの茶屋道とかいう茶坊主を人質に取って、なんとかキズナ ユキトの所まで辿り着いた。そこで奴を倒すことが出来た。

 これがキズナ ユキトの件の顛末ってところだ」


[うん…]


 西松はまだ鼻をすすっている。


「そういえば、前に俺たちは所沢駅前で処刑直前に世界の天地がひっくり返って、何か謎のものに飲み込まれて終わっただろ?」


[うん]


「今度は何が起きたと思う?」


[え?わかんないよ]


「コロニー落としだ」


[こっ、コロニー落とし?]


 西松は吹き出すような笑いを漏らす。西松が笑いを漏らす気持ちもわかる。荒唐無稽過ぎて、俺も笑うしかない。


「ああ、スペースコロニーが落ちてきたんだ。

 その衝撃で吹っ飛ばされて終わりだ」


[なんだよ、それ。宇宙世紀かよ]


「笑えるだろ?わけがわからないんだが本当のことなんだ。

 しかも最後の最後で会ったのが城本で、奴が言うには“何処ぞの誰かにとって、世界の終わりのイメージがコロニー落としだったんじゃないのか”って言っていた」


[なんだよ、それ。

 あいつは何かと含みがあるよな]


「だよな。今度こそ城本から話を聞かなきゃならない。

 西松、お前も城本の連絡先は知らないよな?」


[うん。確か誰も知らないんだよね]


「直接会うしかないな」


[そうだね。大学で探すしか無いか]


「そうなるな…

 ところで西松、お前は今どこにいる?」


[実家にいるんだけどさ]


 西松の実家は三重県だった気がする。そして西松の両親は…

 俺の両親は人が変わったとはいえ、生きていたのだから西松の両親も、きっと…


[両親が生きていたんだよ]


 その一言に胸を撫で下ろす。


「それはよかったな。俺の両親も生きている」


[いいんだけどね。それがさ…、別人なんだよ]


「何ぃ、俺の家もだ!」


[え⁉︎]


「実家の場所はどこだ?前と同じか?」


[それが家の場所も変わっていたんだよ。今、東京都港区麻布]


「麻布?それはまた三重県から随分遠くに飛ばされたもんだな。俺の方は所沢だったのが赤羽だ」


 俺のその一言を受け、西松は笑った。


「何がおかしい?」


[わかんない。わかんないんだけど、なんかお前の口から赤羽ってのが笑える]


「なんだよ、それ」


[似合ってるんだよ。風間は所沢よりもあかばね〜ってかんじ。

 あかばね〜]


 西松が低い声で変な抑揚というか、節回しをつけ赤羽と言った。その変さに俺も笑ってしまう。


「それはいいとして、明日会えるか?皆の話が聞きたい」


[それはいいね。どこに集まる?]


「大学にするか」


[うん 大学がいいね]


「よし、それなら明日、15時に学食に来てくれ。話はそれからだ…」


[わかった]


「それと堀込の連絡先は知っているよな?」


[知ってるよ]


「この様子なら堀込も生きていると思われる」


[うん…]


「堀込に連絡を頼む」


[うん わかった]


「それじゃ、また明日だ」


[うん また明日]


 西松のその一言を聞いた後、通話を切った。



 次は誰に電話をするか。

 森本は電話を持っていないと言う話だ。

 榎本の電話番号はそもそも知らない。

 他に誰がいる。パリスか。

 スマホの電話帳を見ていると、一人の名前が目に飛び込んできた。

 奴は今回の件とは関係ないのだが、入間川高校の件と関係のある男だ。

 ずっと連絡を取っていないし、聞きたいこともある。

 久しぶりに電話してみるか。

 あまり気が進まないのだが、奴の名をタップする。


 接続音の後、呼び出し音が鳴ったか鳴らぬかのその刹那、


[詩郎?詩郎なの?久しぶり!]


 あまりの速さと、その驚きに心臓が止まりそうになる。

 通話が始まったと同時に“俺だ”と言うのが俺の流儀なのに、奴の前ではその間さえも与えられない。俺のペースは出鼻からくじかれた。

 これだ。これだから俺は奴との連絡を避けていたのだ。


「高梨、久しぶりだな。元気か?」


 高梨聡。高校時代の同級生であり、同じ派閥、ブラックファミリーのメンバーだった男だ。

 身長約180センチの痩せ型で手足の長いモデルのような体型に、顔は若手二枚目俳優的な雰囲気を持つ。

 ブラックファミリーで一番のイケメンだったのだが、イケメンとするには冴えなさ過ぎるし、垢抜けない雰囲気を放っていたのだ。

 高梨は高校卒業後就職をし、妹である高梨結衣は俺と同じ狭山ヶ丘国際大学に入学してきたのである。



[もちろん元気だよ!詩郎はどう?]


「ああ、元気だ」


 皆が俺のことをシロタンか、苗字で呼ぶのに対し、高梨聡とその妹である高梨結衣だけは俺を詩郎呼ばわりするのだ。それが不快なのである。


[それはよかった!

 詩郎の方から連絡をくれるなんて嬉しいよ…]


 電話口の向かうから、高梨が軽く鼻をすするような音が聞こえる。

 多分、感極まって泣いているのだろう。高梨はいつもこの調子なのだ。

 しかし高梨の調子に合わせたくない。


「高梨。俺は長いこと色々な記憶を失っていたのだが、お前はあの日の後、どうしていたんだ?」


[あの日?]


「入間川高校が黒薔薇党によって占拠された日の事だ」


[あの日ね]


「ヅラリーノからの襲撃に、お前は俺を逃す為に身を挺してくれた。

 その直後だ、あれからお前はどうしていた?

 俺は地下通路で台車ごと闇に飲まれ、気が付いたら大学生をしていた」


[そうだったんだね…

 実は僕もその辺りのことを覚えていないんだよ。

 ヅラリーノを射殺したことまでは覚えているんだけど、気が付いたら横浜に住んでて会社員をしていたんだ]


「そうか…

 お前もあの辺りの記憶が無いんだな」


[うん]


「俺はやっと記憶を取り戻したところだがな、それでも地下通路で闇に飲み込まれた後の記憶だけは思い出せない」


[僕もだよ]


「それはそうと、高梨。あれからお前は何か…、目立つような変化はあったか?」


[変化?とくに無いよ。詩郎は?]


「俺はあったぞ。まず今の俺は見た目からして違う」


[え?違うの?]


「ああ。今の俺は若かりし頃のアラン・ドロンにそっくりだ」


[えぇっ⁉︎]


 電話口からでも高梨の驚き様がわかるのだが、その反応は大袈裟だ。


[そうなんだ…]


 高梨の声はさっきまでと一転、少しばかり沈み込んているようにも聞こえる。


「高梨よ。落ち込んだのか?

 かつてのブラックファミリー内で、お前を遥かに凌ぐ二枚目出現に衝撃を受けたか?」


[そんな事ないよ]


「だったら、その声はなんだ?」


[…し……]


 電波の状況が悪くなったのか、急にノイズが混ざった。


「電波が悪いようだ。聞き取れないから通話はここまでにしよう」


[うん]


 ノイズの向こうから辛うじて高梨の声が聞こえた。


「また連絡する。話はそれからだ…」


[あり……う、僕から…ま…掛けるね]

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