良縁チェーンリアクション
「なんで親父さんは死んだ?」
ぼくは若店主のざっくばらんさを受けて、ざっくばらんにたずねた。
「山へ鹿狩りに出かけて、落馬して死にました」
ベインはからっと答えた。
「それはお気の毒だ」
ぼくは『落馬』という言葉にどきっとした。
「アホですよ! まあ、うちの親父らしいあっぱれな死に方だ」
ベインくんはすがすがしく笑った。
「きみの店はどこにある?」
「うちの店は八区にあります」
「旧市街の八区?」
「新市街に八区がありますか? あ、あなたは知らないかな? ナグジェの旧市街の住所は一から十区まででして、そこがこの都市の中心、すなわち、この世界の中心でしてね」
華の都の都会っ子はそのようにまくし立てて、世界の中心のガラ・ナグジェを指先でぐるぐる描いた。
「どおりで都会の匂いがプンプンする。しかし、八区はここからけっこう遠くないか?」
ぼくは市内の地図を頭に思い浮かべて、ルートを引いた。ここから旧市街の八区までの距離は二キロ、時間は徒歩で三十分、チャリで十五分と出た。
「ええ、歩きでこっちまで来るのはけっこう大変ですよ。足が棒だ」
世界の中心の住人さまは太腿をとんとん叩いて、ぼくの隣にどすんと腰掛けると、真剣なまなざしでゼロ丸を凝視した。
「乗る?」
ぼくは苦笑しながら聞いた。
「え! ほんとに? やった!」
青年は少年のように浮かれた。晴れやかな気持ちの分かりやすさはこの若者の美点だった。
即席の自転車教室が始まった。ぼくは基本操作だけを教えて、ゼロ丸を生徒に渡した。ベインはこれに颯爽とまたがったが、ペダルをうまく回せず、キックバイクの要領であたふたと進んで、通りの角でくるっと回り、ばたばたと戻って来た。
「なんだ、この乗り物は?!」
「これが自転車です」
ぼくは師匠の風体でつぶやいた。ベインは上の空で聞き流して、ハンドルの動きやクランクの回りを入念にチェックし、乗ったり下りたりを繰り返して、なにやらぶつぶつ呟いた。
「これは前回りでは連動するが、後ろ回りでは連動しない。この車輪に秘密があるのか・・・しかし、このチェーンの数とギアの歯の細かさは異常だ。時計の部品並みだぞ。そして、この回転の滑らかさはどうだ?」
「どうだ?」
ぼくは言葉尻を捕まえた。ベインははっと我に返った。
「これはマジですごい機械ですよ。ただのおもちゃじゃない。高度な技術のかたまりだ。この空回りの仕組みを教えてくれませんか?」
「質問がアホみたいにマニアックだな。ちょっと待てよ」
ぼくは携帯工具を取り出して、車体から後輪を手早く取り外し、車軸のギアユニットをすぽっと引っこ抜いて、フリーホイールとラチェット機構を見せた。鍛冶屋はしばらくこれを見て、最終的にあっと唸った。
「そうか、この逆向きの爪が前回りでは起きて、後ろ回りでは寝て・・・車軸のここの切り込みにこの爪が掛かるから、順回転では前側の装置が連動するが、逆回転ではしない・・・これはえらい仕組みですよ」
「ぼくの解説なしで良く分かるな?」
ぼくは若者の理解力に驚いた。
「時計の部品にこれと似たものがある。でも、乗り物に使う発想は斬新だ」
「しまうよ」
「あ! もう少し見せて!」
「しまいます」
ぼくは彼のおねだりを無視して、後輪をゼロ丸に戻した。
「タロさんはしばらくこの街にいますか? どこかへすぐに出発する?」
ベインくんは唐突に尋ねた。
「うん、ぼくはしばらくここにいるよ。資金を使い果たして、動こうにも動けないしね」
「おれと組みましょう」
「突然だな?!」
ぼくはびっくりした。
「あなたとその乗り物は神の使いです。この鍛冶屋の倅の前に良くいらっしゃいました」
「冗談ではない?」
「おれは本気です」
「どういういきさつ?」
「親父が死んで、代が替わった。じゃあ、どうです? おれが先代と同じレベルでやっても、あの人より評価されませんよ。それはおもしろくない。おれは『これはおれの仕事だ』と胸張って言える何か新しいことをしなけりゃならない」
若き職人は熱烈にまくし立てた。
「全くそのとおり」
ぼくは清々しい言葉に茫然と感動した。
「おれはその乗り物を見たときにびびっと来ましたよ。一目ぼれです。これは運命だ」
「バスラ神の導きだ」
「そうです! おれと組みましょう。悪いようにはしません」
「うーん」
「おれは怪しいものじゃありません。タロさんのお時間を頂けるなら、これからうちの店に案内しますよ」
「うーん・・・正直に言おう。きみこそが神の使いだ」
ぼくは神妙な調子で言葉を返した。
「はい?」
ベインは驚いた。
「自転車の普及には協力者が不可欠だ。きみはぼくらを見て、ゼロ丸に興味を持ち、わざわざ足を運んでくれた。それは普通の行動じゃない。炎のような好奇心と情熱のあかしだ。しかも、きみは車輪の構造を一目で理解した。ぼくはその足とその目を信じる。よろしく頼む、ベイン」
ぼくは手を差し伸べた。
「おお! よろしく頼みます!」
ベインはぼくの手をがっちり握った。優男に不似合いな職人の手だった。
かくしてバスラの導きのもとに誓いが結ばれ、偉大な同盟が発足した。
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