ゼロ丸くんのプロフィール
ぼくの今日の外遊びの相棒、運命共同体、魂の友、愛しきチャリ、マウンテンバイクちゃんは奇跡的に無事だった。まず、この子を紹介しよう。
名前はゼロ丸
年齢は満で二歳、数えで三歳
身長は十五・五インチ
体重は二十五キロ
素材はクロモリ=クロームモリブデン鋼
値段は五十万円
驚異の高級品! ではない。目を丸くする方は趣味の世界、道楽というものを知らなすぎる。五十万の自転車はそんなに高い物ではない。これはそういうものである。
そもそも、昔の自転車はなべて高級品だった。業務用車両、ぜいたく品、スポーツ用品のどれかだった。それが大量生産で安くなって、一万円前後の庶民の足となった。
むしろ、ホームセンターのママチャリやシティサイクルが異常に安すぎる。あれを自転車の価格のベースにするのが根本的な間違いだ。あちらは実用、こちらは道楽である。ぺたぺたのスリッパとぴかぴかの革靴は同じものですか? 五十万円は嗜好品の入り口でしかない。つまり、五十万の自転車は別に高くない。まあ、零細ライターの懐には大奮発の高級品だが。
ゼロ丸の名前はこの車両の経歴による。この子は二年前の夏に取材用の『車両運搬具』の勘定科目で購入され、前年末に減価償却を終えて、めでたく簿価零円となり、奥床しい『ゼロ丸』の名跡を襲名した。今や野に山に駅前に定食屋にスーパーマーケットへの買い出しにと多彩な活躍を見せる。
それでも、五十万円の自転車の真価は一般人にはなかなか伝わらない。
「チャリに五十万? アホですか?」
そういう声が暗に聞こえる。野暮な話だ。個人的には十万円の新型スマホをローンで買う方が理解不能だが。そんな金があるなら、新しいパーツが生えるぞ。
五十万円の内訳はざっくりと以下のとおりだ。
オーダーメイドフレームが二十万
電動アシストとバッテリーが二十万
消耗品や新品パーツが十万
先代の愛機『ブルードラゴン』からのお下がりが零万
高さの理由は特注のフレームと別注の電動ユニットである。そう、このゼロ丸くんは世界に一台のぼくの専用機である。フレームの溶接と設計は知り合いの自転車の大将のプロの技、パーツのセッティングはたろすけさんのアマの業である。チャリ弄りの妙は物書きの赴きに通じる。
今や前時代的なホイールの組み立てはたろすけ先生の楽しみの一つだが、『人力でペダルを漕いで山に登る汗と涙と達成感が自転車のだいごみだ』という旧式の昭和スポコン的な発想はぼくの辞書にはもはや存在しない。『フローなトレイルやでこぼこの下り道をだーっと突っ走る』のがMTBの最もおいしいところ、DGM=だいごみだ。アラフォーの膝はこれに激しく同意する。
ぼくのチャリの歴史では上り坂で無駄に汗水をたらすアナログ時代は数年前に終わった。『上り電動、下り人力』が近年のスタイルだ。実際、人力では上りのコストがめちゃめちゃ掛かる。体力の消耗感はでこぼこ道で二倍、酷暑で四倍に増大する。一日の走行回数が伸びない。
これを解消するのがゼロ丸くんだ。この子はぼくとぼくの膝をやさしくサポートする。まさに乗り手を助ける馬のようなものだ。結果、物書きのような生業のものは一種の自我や個性のようなものをこの子に見出して、妄想や擬人化に励む。現に人工知能が入って、顔のアイコンが出て、会話調の音声か文字が出れば、一つのキャラクターが完成する。そんなクルマのドラマは大昔にあった。未来のチャリはあれになる。
で、このたろすけ専用チャリは乗り手の不注意に巻き込まれ、地面と激しくクラッシュしながら、奇跡的に無傷だった。ぼくの勘定では擦り傷、ガリ傷、汚れ、塗装剥げ、パンクなどは傷の内に入らない。そういう軽微なダメージは漢の勲章だ。
ブレーキはばつんと効いたし、サスペンションはちゃんと動いたし、シフターはかちかち切り替わったし、アシストのパネルはぴこんと起動したし、ホイールはくるくる回った。ほら、無傷だ。
「奇跡だ。日頃の行いが出たな。ぼくらは無事に帰れるぞ」
そう、キモは『自力で帰れるか』だ。「おうちに帰るまでが遠足です」という先生の教えは小学校で習う最良の教訓である。
と、急にアラームが鳴った。ぼくはびっくりして、スマホを取り出した。はたして、ただの十五時三十分のお知らせだった。依然としてアンテナは立たず、GPSは復活しなかった。
「ビビるわ! まあ、ぼちぼち行くか」
ぼくはゼロ丸を手で押しながら、とぼとぼ歩きだした。
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