盗まれたキス

憑弥山イタク

盗まれたキス

 少しぶっきらぼうな夫が居て、真面目だけど少し冷たい息子が居る。DVを受けたことなんてないけど、ここ暫くは、家族で談笑したことなんてない。日に日に温度が下がっていく、そんな実感があった。

 ……けど、今、私の体は、酷く火照っていた。


「んちゅ、んむ……はぁ、んっ……♡」


 リビングの壁を背に、震える脚で私は立つ。今にも腰が抜けそうだが、床に座ることを、本能は許してくれなかった。

 私は今、息子の友達と、キスをしている。

 定期的に遊びに来る友達で、どうやら彼は、私を目当てに来訪していたらしい。……いや、私自身、彼が遊びに来る日を、幾度となく待ってきた。

 互いに愛を語った訳ではない。私がキスを誘った訳では無い。ただ、息子が学校に忘れ物を取りに行った間に、彼は私の前で箍を外した。


「ん……はあっ……♡」


 ただ一言。好きです。そう言って彼は、私にキスをした。彼に腕を掴まれ、抵抗のできない私は、されるがまま彼とキスをした。


「奥さん……もっと、します……」


 漸く唇を離してくれたと思いきや、また、キスをした。しかも今度は、私の唇に、彼の舌先が当たった。

 糸を引く程に濡れてしまった唇の隙間から、彼の太い舌が入り込んでくる。ヌルヌルと唾液を絡ませた、大きく、熱い、彼の舌。私の唇は為す術なく、すんなりと彼の舌を受け入れてしまった。


(挿入はいったぁ……♡)


 私と彼の舌は、まるで交尾でもしているかのように絡み合い、唾液の音と互いの息が、私達の口内交尾をさらに煽る。

 夫とキスをしたことは、ある。しかし不器用な夫には、舌を絡めるキスができなかった。

 私は、夫以外とキスをしたことがない。それも、舌を絡めるなんて人生で初めてである。

 即ち……今日、私は、唇の処女を喪失したのだ。それも夫ではなく、息子の友達相手に。


「ぇろ♡ んむん♡ ん〜♡」


 夫と交わった時には感じなかった快楽が、私の体を駆け巡る……が、そんな時間は長く続かなかった。

 玄関のドアが開く音が聞こえ、私達は、咄嗟にキスを中断した。

 彼は何食わぬ顔で前髪をかき揚げ、次に、私の頬に手を添えた。


「次に来た時は、キス以外もしましょうね」


 この時、私は理解した。

 彼は、私を寝盗るつもりであり、私もまた、彼に寝盗られる願望が芽生えていたことに。


「キス、以外……♡」


 夫にも、息子にも無い、1人の雄としての魅力に、どうやら私の中に潜む雌が反応したらしい。

 でなければ、キスだけで下着を濡らしてしまった理由が説明できない。


「約束ですよ、奥さん」


 不倫をする人間はクズだと思ってきた。

 だけども今日から、私も、クズの1人である。

 身も心も、既に彼を求めているのだから……。

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