第8話 「魂の共鳴」

「もう、逃げられないよ」

美咲の──いや、もはや人の声とは思えない量子波動が響く。


異形の「神」が、私を取り囲んでいた。

形容しがたい存在。

蠢く量子触手と、無数の目。

そして、その全てが私を見つめている。

【NAI状態:臨界突破】

【遺伝子構造:最終変異】

【神性レベル:検知】


母からのメッセージが、頭の中で反復する。

『NAIに仕込んだ量子崩壊プログラム』

『最後の、切り札』


「人類に、もう個は必要ない」

「神」が語りかける。

その声は、かつて実験体だった821人全ての声が重なっている。


【警告:現実改変現象】

【空間歪曲:極限到達】

【次元崩壊:開始】


「美しい統合を、受け入れて」

私のNAIが反応し、新たな力が目覚める。

【能力解放:1532%】

【未知の力場:形成】

【神性特性:獲得】


私は、震える手をNAIに伸ばす。

起動スイッチは、たった一押し。

でも──。


「凛」

突然、藤堂教授の声が響いた。

量子空間の向こうから、彼が歩いてくる。

「美咲...私の手で」


教授の手には、謎の装置。

量子消滅装置──最終兵器。

実験体抹消システム。


「あれは!」

私は察した。

研究所に仕掛けられていた、究極の防衛機構。


その時。

「待って」

陽子の声。

純粋な、8歳の少女の声。


量子の渦が、空間に出現する。

その中に、一人の少女の姿。

【NAI共鳴:最大値】

【次元干渉:発生】

【神性消去:可能】


「私、見えたの」

「みんなの心の中」

「寂しさも、痛みも、全部」

陽子の体が、七色の量子光で輝く。


「でも、一つになっちゃダメ」

「違うから、美しいの」

「声が重なるから、響くの」


彼女の言葉に、異形の「神」が反応する。

無数の触手が、縮こまっていく。

【解析不能:高次元現象】

【波動干渉:完全一致】

【神性昇華:確認】


「これは...」

教授が息を飲む。

「完全な量子共鳴」

「意識の強制的な統合ではなく」

「魂と魂の...共鳴」


私のNAIが、未知の周波数を検知する。

それは破壊のためのプログラムではない。

魂の、共鳴する音。


陽子の周りで、量子の人影が具現化していく。

美咲。

実験体001。

そして──母の姿。


「みんな、歌って」

陽子が言う。

「一人一人の声で」

「心を重ねて」

「でも、溶けあわないで」


量子の波紋が、空間を満たしていく。

それは歌のようでもあり、祈りのようでもある。

私のNAIが最大限に共鳴する。

【神性統合:否定】

【個の力:最大化】

【新世界構築:開始】


異形の「神」が、その姿を変えていく。

醜い触手は消え、代わりに透明な量子結晶となっていく。

「私たち、間違ってた」

821の声が、静かに語りかける。


「独りじゃない」

「でも、一つでもない」

「それが、本当の答えだった」


結晶が、美しい音を奏でながら砕けていく。

その中から、魂の光が解き放たれていく。


「美咲...」

教授の目から、涙が溢れる。

娘の最期の姿が、彼の前に立っていた。


「パパ、ありがとう」

「もう大丈夫」

「私たち、やっと自由になれた」


空間が、光に包まれる。

意識が、現実へと引き戻されていく。


その時、確かに聞こえた。

光の中で重なり合う、無数の声。

それは決して一つにはならないけれど、確かに響き合っている。

人の心の、本当の音色。

【NAIシステム:新世界との同期完了】

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