花火(新世紀、夏至祭りを祝おう・準備稿)

かたけ夏海

第1話(なんて野蛮な)

 相手を知りたければ、本を貸してみるとよい。

 どのように扱うのかで、その為人ひととなりを知る。


   *


「〈一九八四年〉って分かる?」不意にサリが訊ねた。

「ああ、うん」走るバン(やさしいアイボリー色の車体に白の反射材のライン)の後部で彼女と向き合って坐るトムは応えた。「表計算ビジカルク、つまり家庭用の電算機コンピュータが普及した年だ」

「そうなのかい?」

 サリは驚いたように、片方の眉を上げて見せた。彼女の肩越しの保護フィルムを挟んだ強化ガラスの向こうは格子柄に分割された初夏の田園。穏やかな風景が流れていく。車内灯が点いていなくても、たっぷりと陽の光を受け入れ、だから眩しい(田園では、淡いオレンジ色の大きな機械が、滑るようにして動いて、管理している)。

 サリは灰色グレイ帽子キャップを手に持って、くるくると廻す。トムは彼女が(骨の器)頭の形の良さを自慢にしているのを知っている。そして愛らしいタマゴ型をしたそれの形を際立たせるように(とてもそう)髪を短く(そう、とても短く)刈り込んでいる(剃っている)。

ジョージ・オーウェルって人の書いた本だ」サリはつるりと自分の頭を撫で微笑む。「表計算ソフトウェアなら70年代の終わりにはあったと記憶しているけれども」

 トムは〝そうだね〟と、小さく肩をすくめて見せ、彼女に続きを促した。

「〈華氏四五一〉は?」と、サリ。再び肩をすくめるトムに彼女は、「紙の燃える温度だ」と(事も無げに)云う。「本を燃やす話だよ」

「なんて野蛮な」

 大仰に目を剥いてトムは驚いて見せた。そんな彼の姿に、やっぱりサリは微笑む。

「今日は絵本は寄贈だからね。楽しみだ」

 もちろんトムも知っている。状態のいい絵本は少ない。子供の読むものだから。だから、「良い時代だ」彼女の言葉に(喜び)楽しみが混じるのが嬉しい。

 視線を膝の上に置いた手に落とす。握って・開いて。指ぬきフィンガーレス・手袋グローブから覗いているのは高分子の膜、つまり人工の肌。天花粉シッカロールが微かに匂った。筋置換繊維がチタンとセラミックス、琺瑯ホーロー質を繋いでいる。思い通りに動く身体。代替血液の循環を、鼓動の代りに四つの部屋を持つ樹脂デルリンのポンプが胸の下でソルフェジオ周波数に合わせて静かに鳴る。

 サリは半ば諦めたように、半ば面白がるように、小さな溜め息交じりで、「キミは本当に本を読まないんだな」

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