序章ー5

 広場右大通りの最前線では、兵士たちが敵と必死に格闘していた。


 パワードスーツに身を包んだ彼らは、数で押し寄せる黒い霧や幽霊、触手に立ち向かっていたが、次から次へと湧き出てくる敵の勢いに押されつつあった。


「まずは、部隊長を探さないとな」


 アルティスは周囲を見渡し、前線に色違いのパワードスーツを身に纏った部隊長らしき人物を見つけると、迷わずその場へ向かって歩み寄った。


「あなたが部隊長か?」


 突然の問いかけに、部隊長は苛立ちを抑えた表情で振り返るが、アルティスの姿を見て驚愕する。


「なん……っ!これは王子、こんな前線までどうしたのですか?危険ですので城までお戻りください!」


 緊張した表情で言う部隊長に、アルティスはゆっくりと尋ねる。


「全部隊を前線から下げてもらうことはできるか?」


 その言葉に部隊長は一瞬、呆然とし、まるで理解できないという目をアルティスに向ける。


「王子、今の状況で冗談を言われるのは関心できません。私たちは命がけで戦っています。それに王子がここにいらっしゃることで、ただでさえ少ない兵士を守りに割かねばなりません。それに王子は魔術を扱えない。パワードスーツの適性もない。無謀です。英雄願望があるのであれば、それは破滅願望と同義です。どうか城にお戻りください!」


 確かに、アルティスは魔術適性がなく、パワードスーツを扱う力もない。


 だが、そんな自分でも戦える手段を、彼はずっと探してきた。


 そして、それをついに見つけたのだ。


「部隊長の言いたいことはわかった」


「ご理解いただけましたか。数々の無礼失礼いたしました」


 一礼する部隊長に、アルティスは微笑を浮かべた。


「言葉よりも見てもらったほうが早いか……そこで見ていてくれ。部隊には、決して前に出ないよう伝えてくれ」


 部隊長の制止も聞かず、アルティスは兵士と化物が戦う区域へと近づき、右手の中指に着けた指輪にそっと触れた。


「アーティ。≪精霊の全環≫を起動する」


 アルティスが指輪に搭載されたAI、それに話しかけると女性が現れた。


 アーティ──彼女は白いブラウスとウエスト部分で軽く絞ったシルエット紺色のスカートを着用した上品な姿をしていた。


 その青白い肌は、滑らかに透けるようでありながらどこか神秘的に映り、メリハリのある肢体を光の粒子がなぞる様に零れていく。


 青銀色の髪は肩から流れ落ちるように腰まであり、青銀色の光が毛先にかけてほのかに溶け、指先を動かすたびに髪は空中で静かに揺れ、光の粒が柔らかく舞い踊る。


 その目──青く澄み切り、星空をそのまま映したかのような深い瞳は、小さな光の点を秘めており彼女が視線を動かすたびに、光の粒が揺らめきまるで遥か彼方の星が流れていくようだった。


『了解しました。≪精霊の全環≫起動します』

 

 彼女は、優雅に一礼する。


 口元は柔らかくほころび、声にはどこか安心させるような温かみが込められていた。


 まるで人間と同じように知的で親しみ深く、それでいて彼女の動作には、人を越えた優雅さがあった。


 アーティの音声が聞こえたと同時に、指輪から七色の光が幾何学模様を描きながら、アルティスの右腕全体を覆っていく。


『セーフティ解除。≪精霊の全環≫、いつでも使用可能です』


「選択は省略。神聖広範囲攻撃魔術を発動」


『了解しました。〈ホーリーノヴァ〉を発動します。右手の平を前方に向けて照準を合わせてください。細かな調整はこちらでサポート致します』


 アーティの指示通りに右手の平を前に向けると、直径5センチほどの光球が浮かび上がった。


『射出します。光と熱に注意してください』


 光球が前方へと飛び、敵陣の奥深くで神聖な光を爆発させた。


 辺りが一瞬、目を焼くような光で包まれ、黒い霧や幽霊、触手が一掃された。


 厄介な【虚無の騎士】も倒すまでには至らなかったが、鎧には大きな欠損が見える。


「思いのほか光が強かったな……味方に被害がなくて良かった」


 目を擦りながら周囲を確認するアルティスに、アーティの声が再び脳内に響く。


『マスター。脅威の完全排除に失敗しました。次のご指示を』


「アーティ、少し待機していてくれ」


『了解しました』


 アーティは後ろに控え、空中で静止する。その様子を見ていた部隊長が慌てて駆け寄ってきた。


「王子、一体何が起きたんですか?……それとそちらの女性は?」


「魔術適性のない俺でも扱える魔道具を手に入れた。それを使っただけだ。……この女性も同じく魔道具だ」


 アルティスの言葉に、部隊長は驚きつつも言葉を失った。

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