第11話 kunnubu

視界が狭い。まるい。魚眼レンズを覗いているかのよう。視界の端にはもやがかかって、眼の渇きなのか眠気なのか酔いなのか。頭がグラグラして、店内の音ひとつひとつにエコーがかかる。長距離走の最後、全力疾走してゴールした瞬間の、頭が割れるような酸欠。焦点が合う視界中心の、玉子のお寿司の黄色がやけに鮮やかで、表面の光がキラキラ反射する。きれい。横に座る好きな人に集中したいのに、できない。もう一度試す。できない。あれ、私何に集中しようと頑張ってるんだっけ。この繰り返し。急にふと、この状況かなり危ないよね、と何処かで自分の声が響く。言葉としてどこまで発してたのかな、わからない。君の指が伸びてきて、すっと背中をなぞる。服の上なのに。眼を開けて目の前の玉子の握りを見ているはずなのに。背中にぴっと引かれた指の感触だけが世界に残る。陰部の前の方がじわじわ熱くなる。熱さを自覚しだすと、もう止まらない。どんどん熱くなる。確実に意図的に、でもまるで偶然のように、あの人の手が太ももに当たる。そんな気がしているだけなのか、本当に触られたのかわからないけど、気持ちいいなら、いいよね。もうどうでもよくなる。あと1時間で世界終わるんで、と突然言われたらならばきっとこんな感じになるんだろうな、という無気力感。何もかも、どうでもいい。もやの中で、ひたすら性的快楽に狂いたい。その意欲だけがむくむくと大きくなる。心のどこかでずっとずっと上げ続けている恐怖の声にも、耳をふさぐ。

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