真純のイタリアンプリン事変

野鴨 なえこ

第1話

「かんちゃん、また明日!」


 友人の挨拶に軽く返事して、僕たちは別れた。うちの高校は商店街を抜けたその先にあるから、商店街を抜けた先が分かれ道になる。友人は電車で隣町まで、僕は商店街の外れまで。


 僕の家が近くなると、若い女性が増えてくる。こんな都市近郊の田舎に来るということは、おおよそ僕の家が目的なのはわかっている。平日にもかかわらず、よく来るものだ。


 女性たちが行く方向、もしくは来た方向には古びた日本家屋が少し見える。そこが僕の家だ。表側にはお客さんの列があるため、僕は裏口側から入る。


 我が家はカフェを営業している。世間一般で言う、「古民家カフェ」というやつだ。パティシエとして働いていた父が菓子を作り、喫茶店でバイトをしていた母が飲み物を淹れている。両親のセンスがいいのか、お菓子も飲み物のよく写真に映える。だからだろうか、最近は若い女性のお客さんが多い。


 この日本家屋は、母の祖母に当たる人が母宛てに残してくれたものらしい。それに母の「喫茶店を営業したい」という夢から、かれこれ十年ほど「古民家カフェ」としてやっている。広間はそこそこ広く、予約をすれば団体で座ることもできる。おかげで地元のおばさまの井戸端会議的なやつや、高校生の勉強会などにも使ってもらっている。


 裏にある門から敷地に入ると、離れの縁側から手招きをする女性の姿が見えた。とてもとても嫌な予感がして、気づかなかったことにしようかと一瞬考える。しかし、無視しても問題の後伸ばしな気がして、結局離れの方に向かうことに決めた。


 手招きをした張本人は、にこにこと笑いながら煙管の片づけをしている。さながら文豪のようだ。

真純ますみくん、おかえり。ちょうどいいところに」

 そう声を掛けた女性は、びろびろに伸びた上下のスウェットに、牡丹があしらわれた黒の羽織を着ている。大人びた雰囲気はあるのに、中年を感じさせないような若さも感じる。彼女から室内に上がるように示されて、おとなしくそれに従う。


 この女性は、小説家「神尾かみお 露甘ろかん」先生だ。二十年前、大学生だった時に小説家デビュー。現在まで賞などを取る、ことはなく、ささやかなファンに支えられて活動をしている。現在は文芸誌で連載を持っており、それが意外と人気らしい。


 ぱっと見だらしなく見える彼女だが、締切はきっちり守るし、報・連・相もちゃんとしている。居候のためか、僕たち家族の迷惑になることはしない。むしろ、たまに連載で店のことを宣伝してくれて、売り上げにも貢献している。家賃も払っているらしいし。


 そのくせ、僕に対しては迷惑なほどにわがままである。僕がお菓子作りを趣味にしていることを知っているから、「あれを作ってくれ」とか「これが食べたい」だとかを言ってくる。しかもそれを「連載の題材にしたい」という名目で作るよう指示してくる。もちろん、家の設備で作れないものは素直に「作れない」と言えば納得してくれる。でも、ちょっと都会に行けば買えそうな代物くらいなら、作るように言ってくる。


 学生の身としては少々面倒であるが、これを機会に僕はお菓子作りの腕を磨いている。両親ではない第三者の意見が聞ける場として、勝手に使っているからまぁいいんだけれど。

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