修学旅行

学校の職員室の一角に設けられた大きな会議室。

そこには校長先生、副校長先生を含む全ての先生が集まり、一つの議題について議論していた。


「絶対に反対です!」

「なぜ反対なんですか?」

「こんな時期に生徒を外に出すなんて!」


アレイラが立ち上がりながら声を張り上げた。

彼がここまで強く反対する理由は、学校の修学旅行のことだった。

もともと学校では修学旅行は夏が終わり、秋の涼しい時期に行われていた。

それが、このような状況で急に修学旅行を行うなんて。

しかも真夏にだ。


「もしも生徒が他の地域に行って熱中症にでもなったら、学校にとって大問題になります!」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、アレイラ先生。」


年老いた女性の声が響き、アレイラは振り返った。

魔法使いがよくかぶる三角帽、顔にはカラスの仮面、体には紫色のローブをまとった女性が彼を見つめながら話した。


「副校長先生…!」

「生徒たちと一緒にナガイア先生も派遣するつもりですし、問題が発生した時のためにカメル先生やトゥスタン先生も同行させる予定です。」


アレイラは拳をぎゅっと握りしめた。


「以前も申し上げた通り、全員を行かせようという話ではありません。」

「副校長先生。正直に申し上げます。」


アレイラは再び椅子に腰を下ろし、周囲の先生たちを見回した。


「以前、学校を襲撃したあの団体についてまだ何も解明されていません。もしも今この時期に生徒を外に出して、彼らが生徒を誘拐でもしたら、学校の存続が危うくなる可能性があります。」


話し終えたアレイラに向けて、カラスの仮面の空虚な目が注がれる。

アレイラの背筋に寒気が走った。


「アレイラ先生。」

「はい、副校長先生。」

「最初にその団体が学校を襲撃したのはいつでしたか?」

「4月頃だったと思います。」

「今は何月ですか?」

「8月です。」

「およそ4ヶ月間、手がかりは見つかりましたか?」

「それは…」


その言葉を聞いた瞬間、アレイラは何も言えなくなった。

何一つ見つけられなかったのだ。

ましてや、黒いローブをまとった人物の正体さえも。


副校長先生が会議テーブルを叩いた。


「4ヶ月間、何一つ成果がありませんでした。その団体の情報がいつ明らかになるかも分からないのに、生徒たちを永遠に外部と隔離したまま時間を過ごさせるつもりですか?」

「副校長先生、それは…少なくとも暑い夏ではなく、涼しい秋に行くべきだと…」

「その時にその団体が現れないと断言できますか?むしろ涼しい時期になれば、彼らが活動しやすくなるのではないですか?」

「やめなさい!」


校長先生がテーブルを強く叩いた。

すると、副校長先生もアレイラも口を閉じた。


「まず、夏に修学旅行を行く理由を聞きましょう。副校長先生。」


副校長先生は咳払いをしてから、校長先生に軽く頭を下げた。


「私が提案した旅行先、アルハウンドの同盟国であるザルパラのバトレイブンでは、年に一度だけ、夏の中頃にコロシアムが開催されます。」

「そうですね。」

「少し前にザルパラにいる知人から聞いた話では、あと2週間ほどで開催されるそうです。」


先生たちはお互いの顔を見合わせながらうなずいた。


「コロシアムには多くの冒険者や、魔法に優れた貴族など、数々の強者たちが参加します。」


副校長先生は帽子を脱いでテーブルに置き、先生たちを見渡しながら話を続けた。


「生徒たちがコロシアムで強者たちの戦いを見ることで、モチベーションが上がり、より一層学業に励むと考えています。」


副校長先生の言葉に、校長先生はあごひげを撫でながら頷いた。


「確かに、一理ある意見ですね。」

「さらに、コロシアムに参加する多くの強者たちがザルパラに滞在している間は、たとえ過激な者たちでも、この時期にザルパラ内で生徒たちを襲うことはしないでしょう。」


話し終えた副校長先生が席に着くと、校長先生の視線がアレイラに向けられた。


「次はアレイラ先生の番です。行くべきでない理由をお聞かせください。」

「先ほども申し上げた通り…」

「それは副校長先生が既に反論されました。今度はアレイラ先生の新しい意見を伺います。」


アレイラは歯を食いしばりながら頭を垂れた。


「ありません…」


校長先生は目を閉じ、椅子に背を預けた後、立ち上がった。


「分かりました。他の先生方は異論はありますか?」

「ありません。」

「承知しました。では行くことにしましょう。この件についてはこれ以上の反論は受け付けません。」

「はい。」


校長先生は手を後ろに組み、出口へと向かった。


「ミュゼル先生。」

「はい、校長先生!」

「副校長先生と共に同行者を選び、名簿を作成して私のところへ持ってきてください。」

「かしこまりました。」


ミュゼルが頭を下げると、校長先生は部屋を出て行った。

その後、副校長先生も出口に向かう途中で一度アレイラを見つめてから出て行った。


静けさが訪れた会議室内。


『何を考えているんだ…?』


校長先生も、この状況下で外に出るのが危険であることは理解しているはずだ。

それなのに、なぜこの意見を受け入れたのか。


『せめて理由だけでも教えてくれれば…』


アレイラは深いため息をついた。


&&&


「え、なになに?」


学校の掲示板に生徒たちが集まっている。


「まさか今回も舞踏会なの?」

「そんなわけないでしょ…もう二回もやったんだから。」

「そうだよね?」


舞踏会を二回もやったぐらいで何だっていうんだ。

掲示板に人が集まっていると、また舞踏会をするんじゃないかと心配になる。

俺はニールと一緒に掲示板の方へ歩いていった。


『人が多すぎて見えないな…』


後ろでつま先立ちして覗こうとした瞬間、誰かが近づいてくる。


「おい、男爵。」


声を聞くだけで頭が血で詰まったように痛くなる。


「なんだよ、伯爵?」


振り向くと、そこには腕を組んで立ちながら俺を見て笑っているアリアがいた。


「掲示板に書いてあることを見に来たの?」

「だからここにいるんだろ、他に何の用があるんだよ?」


俺の言葉にアリアが鼻で笑う。


「どうせお前が見ても意味ないんだから、見る必要ないって~」

「は?」


俺が眉をひそめて睨むと、アリアは笑いながら顔を背けた。


「アリア、お前は掲示板に何が書いてあるのか見たのか?」


ニールが尋ねると、アリアは胸を張ってうなずいた。


「もちろん見たよ!」

「何て書いてあったんだ?」

「来週行われる修学旅行についての内容。」

「修学…旅行?」

「まあ、正確に言えば、選ばれた人だけが行ける超特別な修学旅行ってところかな。」


修学旅行なら修学旅行だろ。

選ばれた人だけが行ける修学旅行って何だよ。


「修学旅行ってみんなで行くものじゃないのか?」

「今回の修学旅行はそうじゃないみたい。」


人ごみをかき分けながら誰かが歩いてくる。


「マーガレット?」

「こんにちは、ニール。こんにちは、エドワード。」

「ああ、うん…」


以前ダンスを踊って断られたせいか、どこかぎこちない空気が漂う。


「あなた、誰?」

「おはよう~。君がセリマ家のアリア・ド・セリマだよね?」

「よく知ってるわね。」

「もちろん!火炎系魔法で有名な伯爵家だし、知らない方がおかしいよ!」


他人から自分のことを知ってもらえて嬉しいのか、彼女の鼻は天井に届きそうなくらい高くなっている。


「その“そうじゃない”ってどういう意味なんだ?」

「最近いろいろ事件が多かったでしょ?それで、今回の修学旅行は一部の生徒だけを選んで行くことになったみたい。」


修学旅行を生徒を選んで行くなんて。


「じゃあ、行けない生徒はどうなるんだ?」

「当然、今年は行けないってことになるわよ。」


俺の質問にアリアが答える。


「それってあんまり公平じゃないだろ。」

「仕方ないじゃない。最近、大きな事件がいくつも起きたんだから。」

「行けるだけでもありがたいと思うべきなのかな…」


一部だけが行ける修学旅行か。

もしかして学校が金を巻き上げるために何か企んでるんじゃ…いや、貴族が支援してるんだから金は余るほどあるはずだけどな。


「まあ、それはいいとして。それで修学旅行はどこに行くんだ?」

「聞いて驚かないでね!それはなんと~、バートレイヴン!」

「バートレイヴン?」


瞬間、以前リアナに聞いた話が頭に浮かぶ。


「バートレイヴンで間違いないのか?」


アリアが頷いてみせる。


「バートレイヴンのホテルに泊まって、コロッセオが終わるまで観光を楽しむって書いてあったわけね。」

「コロッセオ?」


ニールが興味深そうにアリアを見つめると、マーガレットが答える。


「ザルファラの姫様が主催して、毎年バートレイヴンでコロッセオが開かれるみたいよ。」

「それ、姫様が主催してるんだったの?!」

「姫様って変わった趣味してるのね~。コロッセオなんて主催しちゃうなんて。」

「かなり戦い好きな方なんじゃない?聞いた話じゃ、剣術がすごくお好きらしいわよ。」

「そうなの?」


アリアが腕を組んで考え込む。


「まさか、会いに行って剣術で勝負しようなんて変なこと考えてないだろうな。」

「え、なんで?!想像くらいいいじゃない!」

「本当に想像してたのか?剣もまともに扱えないくせに。」

「はっ!剣をまともに扱えない?それはお前のことだろうが。」


またアリアが俺を見下してきやがった。

俺の経歴を少しは語ってやらないとダメなようだな。


「アリア、俺はな、子供の頃から身体を鍛えて、剣術だけじゃなくて槍術や棒術、格闘技だって先生から学んできて…」

「そんな人がシャルロット生徒会長にあんなにやられるの?」

「それは…」

「何?あんなにやられておいて、まだ言うことがあるっての?」


正直に言いたくて仕方がない。


「おしっこ。」


俺がそう言った瞬間、アリアの体がビクッとする。


「それ以上一言でも言ってみなさいよ。」

「じゃあ、黙ってくれないか?全部ばらす前に。」

「こ、この野郎!」

「二人とも、やめろ!」


俺とアリアがまた喧嘩しそうになると、ニールが間に入ってきた。


「本当に仲がいいよな、お前ら。」

「仲良いわけないだろ!」


アリアと俺が同時に言うと、マーガレットがまた笑い出した。


「それよりも、まだ申し込んでないなら早く行った方がいいんじゃない?今、みんな申し込むのに大騒ぎしてるよ。」

「申し込みが必要なのか?」

「ふふん!私はもうとっくに申し込んだわよ!」


アリアは得意げな表情で俺を見下ろしている。


「おい、だったら教えてくれればよかっただろうが。」

「どうして私が?あなたに得になることを教えなきゃいけないの?」

「はあ…」


本当に拳が泣いてるぞ、拳が泣いてる。


「いいさ。ニール、俺たちも申し込みに…」

「エドワード。」


俺が職員室に向かおうと振り返った瞬間、シャルロット先輩がこちらに近づいてきた。


「じゃあ、私はこれで!」


隣にいたマーガレットが慌ててシャルロットの反対側に走っていく。


「何か用事でもあるの?」


ニールがマーガレットを気にしている間、シャルロット先輩が俺に歩み寄ってきた。


「おはよう ございます、生徒会長!」


アリアが顔を赤らめて挨拶する。


「うん、おはよう。」

「どんなご用事ですか?」


俺の問いにシャルロット先輩が答える。


「君も見たでしょ?今回の修学旅行の件。」

「まだ見てはいないんですが、話は聞きました…。」

「修学旅行に行くことになるから、準備しておいてね。」

「えっ…?」

「ちょ、ちょっと待ってください、生徒会長!」


アリアが慌ててシャルロットを見つめる。


「どうした?」

「それが…エドワードはまだ申し込んでいないんです!なのにどうして…」

「ああ、先生が生徒会メンバーの中で追加で連れて行きたい人がいないかって聞いたから、私がエドワードを推薦したの。」

「私をですか?」

「こいつをですか?」


シャルロットが頷く。


「行きたくない?」

「いや、それはないですけど…」


むしろ助けてくれて嬉しいけど…。


「うう…」


後ろからアリアの鋭い視線が突き刺さる。


「とにかく準備しておいてね。」

「は、はい、先輩!」


シャルロットが遠ざかっていき、アリアは歯ぎしりしながら俺に叫ぶ。


「お前、シャルロット生徒会長に一体何をしたのよ?」

「何をしたって?俺は何も…」

「嘘つかないでよ!お前が何もしていないなら、どうしてシャルロット生徒会長がこんな奴に気を遣うわけ!?」

「それはもう生徒会長に聞きに行けよ。じゃあ、俺は寮に戻って準備でもするか?」 「エドワード…まだ授業終わってないよ。」

「ああ、そうだったか?ははは!」

「くぅぅ…!」


アリアが怒っている姿が本当に爽快だ。


「お前、罰が当たったんだよ。」

「エドワード!」

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