もう一度属性検査

入るとすぐ、巨大な水晶玉が目に飛び込んできた。

塔の真ん中に位置するその水晶玉は、両側にらせん状に上へ伸びる階段に囲まれ、輝きを失いかけた状態で半ば埋もれている。そしてその両側には光を放つ大きな魔石が並び、水晶玉の方向に向かって魔法を放っているのか、黄色い魔法陣が形成されている。


「わあ…」

「驚いたかね?」


後ろから声が聞こえてくる。

振り返ると、後ろからヒューズテラ氏がこちらに歩いてきていた。


「はい、想像していたよりずっと大きいですね。」

「この水晶玉は、我々黄金の夜明け研究会の結晶だよ。研究に研究を重ね、どんな人物や魔導具でも微細な魔力の流れを感知し、情報を得られるようにしたのだ。」


『すごいな…。』


前世の科学が機械技術を発展させたのに対し、この世界の科学は魔法を補助する方向へ進化しているようだ。


「ヒューズテラ様、それでは私はこれで失礼します。」

「ん?」


ヒューズテラ氏の視線が、隣にいたジェラードに向けられる。


「君は誰だ?」

「ああ、この姿では分からないですよね。」


ジェラードが笑みを浮かべる。


「ジェラードです。」

「ジェラード?どうしてそんな姿になったのかね?」

「数日前に研究していた試薬を飲んでしまい、そのまま戻らなくなってしまったんです…」

「それは厄介だな。」

「恐らく近いうちに戻ると思いますが、戻らなかったら解毒薬を研究します。」

「そのままでもいいんじゃないか?若返るなんて悪くないだろう。」


ジェラードが真剣な顔で首を横に振る。


「私が研究していたのは、顔や体を10代の肌に戻す美容薬で、年齢そのものを若返らせる薬ではありません!」

「ははは!冗談だよ、冗談だ。」

「冗談ですか…。」


ジェラードがぎこちなく笑い、頭を下げて挨拶する。


「それでは、私はこれで失礼します。」

「研究を頑張りたまえ。」

「はい!」


ジェラードが背を向けて歩き去っていく。

残されたのは、私とヒューズテラ氏だけ。


『なんか、ちょっと怖い…。』


目つきが鋭いせいか、話しかけるのがためらわれる。


「話したいことも多いし…まずはあちらに行って話そう。」


ヒューズテラ氏が指さした先を見る。

巨大な水晶玉の近くに椅子がいくつか置いてある。


ゆっくりと歩いて座ると、ヒューズテラ氏は着ていた研究用の白衣の内ポケットからパイプを取り出し、口にくわえた。


「これは妻や娘には秘密だ。頼むよ。」

「お任せください!」


言ったらどんな目に遭うか分かったもんじゃない。


二回、三回と煙を吸い込んで吐き出すと、ヒューズテラ氏が私に問いかけた。


「娘から聞いたよ。アルセルで娘が誘拐されたそうだな?」

「あ…。」


予想はしていた。

馬車に乗って来たのはいいとして、一緒に行った護衛兵が棺に入った状態で、我が家の兵士たちの護衛を受けて戻ってきたのだから、不審に思われるのも当然だ。


「申し訳ありません。面目ありません。」


とりあえず、謝るのが先だ。

私が頭を下げると、ヒューズテラ氏は首を横に振った。


「君を責めるつもりはないよ。公爵家の子供はどこへ行こうとも常に危険にさらされているものだ。シャルロットも幼い頃に何度か誘拐されたことがある。」

「幼い頃に…ですか?」


「ああ、その時、娘を誘拐した奴らを見つけ出すのにかかった時間がどれくらいか分かるか?」


私は首を横に振った。


「一日?二日?いや、実に一ヶ月もかかったんだ。」


『一ヶ月…』


とても長い時間だ。

この世界には電話も監視カメラもないどころか、指紋鑑定や血痕検査といった科学捜査もできないため、人が誘拐された場合、見つけ出すのは難しい。

魔法があるとはいえ、それも痕跡があってこそのもの。痕跡すら残さなければ魔法を使うことも難しかっただろう。


「見つけ出せたのは奇跡ですね。」

「本当に奇跡だよ…。」


ヒューズテラ氏が深く煙を吸い込む。


「誘拐されていたシャルロットが私を見たとき、どれだけ泣いたか分かるか?あの小さな手でボロボロのボロ布を身にまといながら私に向かって走ってきたんだ…。」


他の人が見ても胸が張り裂けそうな出来事だっただろうに、その光景を父親が直に目にしたのなら。


『まるで心を切り刻まれるような思いだろう…。』


ヒューズテラ氏の拳がかすかに震えている。


「私がこんな話をする理由は、君に感謝を伝えたかったからだ。」

「え?」


ヒューズテラ氏が頭を下げる。


「娘を助けてくれて、本当にありがとう。」


何だか様子がおかしいと思ったら、本当にバレたのか?


「わ、私のことですか?」

「ああ、娘の話によれば、君が雇った傭兵が助けてくれたそうじゃないか。」

「あ、ああ…!」


あの時、黒いローブと仮面を身に着けていたせいで、私を傭兵と勘違いしたようだ。


『それならまだ安心だな。』


平穏な生活を送りたい私にとって、すでに平穏とは程遠いあの姿がバレでもしたら、私の平穏計画が台無しになりかねない。


「その傭兵を後で紹介してくれないか?直接礼を言いたいのだ。」

「それが…その傭兵、人と会うのを嫌がる性格でして…。」

「それでも何とかならないか?礼をしたいと伝えてくれ。君に雇われた身なら金には興味があるだろう。」

「話はしてみます。」


報酬があるなら話は別だ。

二人きりで会って金だけ受け取って帰ればいいのだから。


「頼むよ。」


ヒューズテラさんは地面にタバコを捨て、それを踏みつぶしてから私に言った。


「さて、では。君の属性検査を始めようか。」

「はい!」


ヒューズテラさんは属性検知球の横にある石板へと歩いていった。

彼が手を触れると、彼の周囲にホログラムのように魔法文字が浮かび上がり、手を動かして文字を組み合わせると、光を失っていた水晶球がプリズムの光を放ち、四方へ光を放ち始めた。


「私はどうすればいいですか?」

「属性検知球の前にある石板が見えるかね?」

「はい。」

「そこへ行き、私が合図をしたら手を置きなさい。」


私は頷きながら、彼が言った石板へと歩いていった。

ヒューズテラさんは引き続き手を動かしながら文字を組み合わせ始める。

数分後。

プリズムの光を放っていた水晶球が目も開けられないほど強烈な光を放ち始めた。


私は目を閉じ、その光が収まるのを待った。

5分も経たないうちに光が和らぎ、私は目を開けた。


「おお···」


属性検知球の周囲には文字で構成された無数の帯が回転していた。

属性検知球の内部には多くの文字が現れては消え、周囲の魔石からは絶え間なく電気が発生している。


「準備は整った。さあ、手を置きたまえ。」


私はごくりと唾を飲み込んだ。

学校に入学したとき、属性検知球では何も出なかったが、今回こそは違うだろう。


慎重に手を置くと、瞬間、属性検知球を囲んでいた文字たちが四方へ弾け飛び、しばらくして目の前に文字が形成された。


【属性:無 マナ:無】


「ば···馬鹿な···」


属性がない上に、マナすらないだと···?

それじゃあ今まで使ってきた魔法は一体何なんだ?!


「そんなはずがない···」

「ですよね?」


おそらくこれは何かの間違いだ。

そうでなければ属性がないのはともかく、マナがないなんて結果が出るのはあり得ない。


「ちょっと待っていてくれ。」

「分かりました。」


ヒューズテラさんは手早く文字を組み合わせていき、すぐに属性検知球が再び輝き始めた。


「もう一度やってみてくれ。」


『今度こそ、頼む···』


私は慎重に再び手を置いた。

すると、さっきと同じように文字が四方へ弾け飛び、目の前に文字が現れる。


【属性:無 マナ:無】


「···」


ヒューズテラさんは額を押さえた。


「壊れてる···んですよね?」

「どう説明すればいいのか···」


ヒューズテラさんは属性検知球に近づき、それに手を置いた。


「これは生命維持に必要なマナまで感知して判定する球だ。この結果が出るはずがない。」


彼は私を見つめながら尋ねた。


「君、一度も魔法を使ったことがないのかね?」


ある。

だからこそ、この結果が信じられないのだ。

ここに来る前にも《サイレンス・ヴィジランター》を使ったばかりだから。


「何度か使ったことがあります。」

「やはり···」


ヒューズテラさんは腕を組み、鼻の下の髭を撫でた。


「エドワード、君はこの世界の歴史を知っているかね?」

「知りません。」


幼い頃、この世界がどのように成り立っているか地理を調査したことはあったが、歴史については学んでいない。


「この世界はすべてが5つの属性で成り立っている。」

「火、水、風、土、電気。この5つがあることは学校で学びました。」

「そうだ。魔法学校に入学すると、最初に学ぶのがそれだ。」


ヒューズテラさんはしばらく考え込んだ後、話を続けた。


「だから、ある者は火に特化し、ある者は水、またある者は風···普通の人々はこの5つの属性に応じて生まれてくる。」


つまり、私は彼が言う『普通の』という範疇には属していないということだ。


「おっしゃりたいことは何ですか?」

「魔法が存在するこの世界で、これまでの歴史で一度だけ登場した属性がある。」


少しの静寂が流れ、ヒューズテラさんは低い声で言った。


「それは無属性だ。」

「無属性···というのは、属性がないということと同じではないのですか?」

「その『無』というのが、本当に属性がないからそう表示されるのか、あるいは属性があるけれど、この5つの属性に当てはまらないから表示できないのか、私にも分からない。ただ一つ確かなのは、君が魔法を使ったことがあるという事実から、君は前者ではなく後者であるということだ。」


突然大量の情報が押し寄せてきて頭が混乱している。

『無』というのは文字通り「存在しない」という意味だが、属性がないわけではない可能性がある?

さらに、確実な話でもないという。


私が今理解できる唯一の部分は、無属性であっても魔法を使えるという点だけだ。


「少し難しいと感じるかね?」


私の表情を読み取ったのか、ヒューズテラさんは微笑みながら尋ねた。


「少しだけ···」


これまでの属性がないという結果や、マナがないと表示されたことも···


「あ、そういえばマナはどうなんですか?」

「マナも同じだ。5つの属性のいずれかに感知できる属性がないため、そう表示されるだけだ。」


つまり、まとめてみると···私は現在のところ未発見の属性を持ち、そのために無属性と表示され、マナも同様に5つの属性に属していないため『無』と表示されるということか?

これ、完全にラッキーじゃないか!


「とりあえず今日は帰ってもらえないかね?」

「え?」


今日は、ということは···


「時間があるときに君を再び呼ぶつもりだ。」

「私···学生なんですが? もうすぐ新学期で忙しくなるんですが···」

「心配はいらない。『黄金の暁研究会』の会長である私の呼び出しだから。」


それは権力の乱用じゃないか?


「分かりました···」

「では。気をつけて帰りたまえ。」


ギィィィッ。


扉を閉めて外へ歩き出した。


「未だに解明されていない属性か···」


ヒューズテラさんから多くの話を聞いたが、まるで焼酎を5本飲み干したように頭が混乱して整理がつかない。

それでも一つ安心できるのは。


「俺に才能がないわけではないんだな?」


むしろ普通のワンドで魔法を使えず、高価なワンドでしか魔法を使えないところを見ると、自分には潜在的な魔法の才能がかなりあるのではないか。


「ちょっと待て···こうなると普通っぽさから遠ざかる気がするんだが···」


前世で死ぬときに切望した普通の人生から大きく外れている気もするが···気分はいいので、それで良しとしよう。

どうせ力があっても隠してしまえば普通に暮らすことは可能だろう。

とりあえず気分がいいので、そんなことは後で考えよう。

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