騎士団

 自分が健康であると形で示され、うきうきとしている優斗が王城に戻ると、少し広い場所で繰り広げられている行いが目についた。


「彼らは我が王国が誇る騎士団の一員です。今は軽い運動中のようですね」


 アイリスが柔らかな声で説明する。


 そこには筋骨隆々で逞しい男達が軽く走ったり、木剣を振って体の感覚を確かめていた。


 彼ら、アイリスの説明では騎士団もまたスタッフで構成されているものの、通常の者達とは若干違う。


 普段は王都で自らを鍛えながら、お客さんが運動をしたい時や戦闘訓練がしてみたいという要望に応えるために生み出されている。しかし、別次元から邪な者がやって来た場合、本当の実戦に投入され敵を制圧、もしくは優斗が避難をするまでの時間を稼ぐ警備員としての役割を持っているのだ。


 なお女性だけの騎士団も存在しているが、いきなり優斗がそんな中に放り込まれても戸惑うだけだろうと判断され、今回は多くの人間が想像する男らしい騎士団に役目が回っていた。


「少し見ていきますか?」


「い、いいんでしょうか?」


「見たところ本格的な訓練という訳でもありませんから大丈夫でしょう」


「それなら……見たいです」


「はい」


 このアイリスの提案は強力すぎた。


 いつもの優斗なら、邪魔をしてはいけないと思って遠慮しただろう。だが今の彼は運動への欲求が高まっており、彼女の誘導に従うことになる。


 その時、アイリスと騎士団の間でアイコンタクトが成立した。


「これはこれはアイリス様。それにお客人の優斗様ですな? 私は騎士団の団長を務めているロナルドです」


「は、はい! よろしくお願いします!」

(大きい……!)


 すぐさまやって来たのは、四十代中頃で大柄な赤毛の男、名をロナルドだ。


 一目で分かる鍛え抜かれたと分かる逞しい体を持ち、顔は厳つい頑固親父の様だが、今は不器用そうな笑みを浮かべて優斗を歓迎する。


「部屋にいてばかりでは体も鈍るでしょう。よろしければ軽い運動をしたい時にでも、この場を使ってください」


「ありがとうございます!」


 ロナルドが提案すると、優斗は即座に釣り餌に引っかかった。その反応速度はアイリスとネヴァが驚くほどであり、なんなら優斗も我に返って恥ずかしそうにしていた。


「ああそうだ。中々面白いおもちゃがありましてね」


 更にロナルドはそう言って、部下が持ってきた不思議な剣を持つ。


「魔道具の一種で剣と剣は反発するのですが、このように人体には無害なものです」


 それは刀身が濁ったガラスの様に半透明で、ロナルドが両手にそれぞれ持った剣を重ねると擦り合わさったが、腕に対しては実体がないかのようにすり抜け血も出ていなかった。


「少し振ってみてください」


「は、はい」


 普通ならあり得ない状況だが、優斗はロナルドから手渡された剣を持つと、周囲にいる人間から離れて言われるがままに振り下ろそうとした。


(あ、ヤバいかも)


 ロナルドは背筋を凍らせる悪寒を感じて思わず身構えた。


(確かこうやって……)


 優斗は騎士団の人間がしていた素振りを思い出しながら再現する。


 足を一歩前に出してしっかり大地を踏みしめる。そして発生した力を膝、腰、胴、頭と腕に伝え、詰め込んで捻じった物を開放するように、爆発的な勢いで振り下ろした。


(て、天才だったか……)


 武の雰囲気を感じさせない青年が、剣を振るとき時だけ途轍もない威圧感を発したことで、ロナルドは僅かに震えてしまう。


「……ぐす」


 一方、優斗は感動で震えて少し涙ぐんでいた。


 思いのままに動く体とは、どこも痛まない頑強さとはこうも素晴らしいものなのか……と。


 病院と施設を往復するような男が、天賦の才を持っているなど気が付かれる筈がない。どれだけ才能があっても、そもそも肉体が追従できないのだ。


 だが自分が頑強だと自覚したことで、思考と肉体がようやく、初めて合致した。


「お、お見事です」


 そのためロナルドができたのは、心からの賛辞を贈ることだけだった。


「やだ、うちのお客様って天才?」


「間違いない」


「やーばいでしょ」


「本当に争いのない世界から来たのか?」


「きちんと訓練すれば、普通にトップ層の仲間入りじゃね?」


 優斗が去るとすぐさま鎧姿のむさくるしい男達が集まり、興奮したように話を始めた。


 親の贔屓目ではなくスタッフの贔屓目。と言いたいところだが、優斗に確かな才能があるのは間違いないことだ。


「これ、歯応え組は大変じゃね?」


「確かに」


 ここで騎士達は、スタッフの一部を思い出した。


 歯応え組みとは、お客さんにそこそこ攻略のしがいがある。少し本気を出せるなと思わせるような、ほんの少しだけ強力な敵役のことだ。


 つまり……逆を言えばお客さんがどんなに強くても歯応えを提供する必要があり、簡単に倒されるわけにはいかないのである。


「ひょっとして特訓か?」


「その可能性はあるな……蹴散らされる役のフィードバック次第じゃ、本当に地獄の特訓かもしれん」


 どうやら敵役も頑張っているようだ。


 尤もこれはここだけの話ではなく、全テーマパークの共通事項であり、スタッフに支えられて運営されていた。

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