第18話
「適当野郎さん、神社はそっちではなくこっちです」
「改めて聞くと呼び名ひどいっすね。つい動揺して道を間違えましたよ」
「私のせいだと言いたいんですか?」
「そう聞こえました?」
彼女の方を見ると、少しムッとした表情をしていた。俺よりアンタがひどいことを言っているという自覚はないのだろうか。出会って間もない人を『適当野郎』って、体育会系の人間でも呼ぶのをためらうはずだ。
「確かに『野郎』というのは品がないですね。では、適当さんにしましょう」
「俺の人格より品性が大事なんですね。ひどいお人だ」
ここまで言われても、俺は別にどうでも良かった。どうせこの先、どこかで関係が切れるものだと、心の奥底では分かっていたから。好きに言えば良いし、俺もそれに見合ったことしか言わない。必要以上に干渉しない。それがお互いにとっても好都合だと思った。
「私が聖人だなんて、誰かが言いましたか」
「いいえ、聞いてないですね。そんなこと言う人いるんですか?」
「適当さんも悪口を言い慣れているみたいですね」
少なくとも新年早々繰り広げる会話ではない。だけど向こうがケンカを売ってくるから、言われっぱなしも性に合わない。彼女も同様らしく、このままだと埒があかないのも確かだった。
ただそれは彼女も感じていたようで、俺が適当に笑って誤魔化すと、それ以上何も言ってこなかった。こういうところは無駄に波長が合うというか、もっと優しい人だったらコロリと惚れていたかもしれないな。フラれたばっかりだけど。
微妙に沈黙が苦しくなってきたころ、目的の『富賀岡八幡宮』が視界に入った。ちょうど良かったと安堵したが、思いのほか人でにぎわっていて驚いた。
「考えることは一緒ですね」
一瞬、心の中を読まれたと思ってドキッとした。心臓に悪い。彼女はきっと、そういう意味で言ったわけではない。俺の方を向いているわけでもないし、ただ神社に行き来する人々に向けた言葉だ。ここで変な返答をすると、また揚げ足取りみたいに突っ込んでくる。
「本当ですね」
人が多いところを避けようとする思考は誰しもが持つ。別に俺が特別な人間ではないと証明しているようだった。まあそんな風に思ったことはないけど、ここ数日の自分の身に降りかかる出来事を見れば、不思議と世界が自分中心で周っているようにも感じられた。
「人の波をかき分けるわけでもないので、行きましょうか」
「分かりました」
俺が提案すると、彼女は一歩後ろに下がって俺に追従した。隣を歩くのは気が引けたのだろうか。
境内に入ると、言っちゃ悪いがこぢんまりとした印象を受けた。それでも地元に根付くカミサマとしてこのエリアを見守ってきたのは間違いない。逆にこぢんまりとした感じが神聖な雰囲気を醸し出している気もして、不思議と気が引き締まる。
人の出入りは想像より多かったが、参列者がずらりと並んでいるとかそういうわではない。境内の中に人はまばらで、俺らのような参列者を見ていたり、この空気感に浸っていたり三者三様だった。
「初詣をしたからと言って、何か変わるんですかね」
まさに賽銭箱を目の前にしたとき、彼女がそんな言葉をこぼした。
「罰当たりなこと言わないでくださいよ。カミサマに俺も同類だと思われるじゃないですか」
「どうせバレてますよ」
「人間性が薄っぺらいからって? さすがに悪口が過ぎませんか?」
「誰もそんなこと言ってません」
てっきりそういう意味だと思ったが、彼女は結構しっかり否定した。少し意外だった。
「カミサマなんて――」
きっとカミサマ側もビビってるんじゃないか。賽銭箱の前に立って金も入れず、参りもせず、挙げ句の果てには自身の悪口を漏らしている人間をどのような目で見ているのか。
「目に見えないから、人は願うんじゃないですか?」
彼女がまたひどいことを言うと思ったから、咄嗟に言葉をかぶせる。どうして俺がカミサマまでに気を遣わないといけないのかは分からないが、さすがに罰当たりな気がしたからつい保守的になってしまった。
目に見えないから人は願う、どのツラが言ってるのかって笑いたくもなるが、思いのほか的を射てる気もする。
「なら、どうして願いを叶えてくれないのか教えて欲しいぐらいです」
「制限があるとか?」
「どんな基準で選んでいるのですか」
「それは分からないですけど」
「さすが適当さんですね」
そんなことを聞くなよ、と言えば終わる話。でもそうしなかったのは、彼女の過去に触れることができる気がしたから。
「……何かあったんですか?」
メッセージのやり取りを思い出す。彼女はカミサマを信じていないと断言していた。今までの会話を掛け合わせて見ると、なんとなく昔の出来事が影響しているような印象を受ける。
カミサマなんて信じても仕方がないと、思ってしまう何かが。その正体を教えてくれるような間柄ではないけど、一応『友達』なんだから聞く権利はあるだろう。
「早くお参りしましょう。少し気が滅入ってきました」
でも、彼女は何も言わなかった。華麗なスルー。俺の言葉なんて最初から存在しなかったと思うぐらいに。
さっきまでなら追及していたかもしれない。でも今は、この空気感もあって何も言えなかった。だけど、そろそろ参らないと後ろの人にも迷惑がかかる。そう思って振り返ると、誰も並んでいなかった。なんだそれ。
ズボンのポケットに入れた財布を取り出して、小銭を
俺の左側に立っている彼女を見る。カミサマを信じていない彼女がいくら投下するのか気になったからだ。ただ俺は、黒い財布から取り出した金額に驚くことになる。
「い、イチマンエン!?」
その細い指のスキマから、どこか誇らしげな渋沢栄一がこちらを見ている。小銭ですらなくて、俺の選択がとてつもなく情けなく見えてきた。
というかそれ以前に、さっきまでの会話で1万円札を投下する意味が分からない。
「何か?」
純粋な疑問の視線が飛んでくる。どうしてそんなピュアな目線が出来るんだよ。
「いやおかしくないですか!? さっきまでの会話思い出してくださいよ。カミサマのこと散々言ってましたよね!?」
「信じてはいませんが、だからと言ってお金を使わないとは言っていませんよ」
彼女は続ける。
「居ないものだとしても、どうせなら願いを叶えてほしいじゃないですか。だから買収です。私はここに居るというアピールです」
「カミサマを金で釣るなよ……」
これで願いが叶うのであれば、誰も苦労はしない。
というか、1万円札を見て少し引っかかることがあった。よみがえるクリスマス前の記憶。鮮明に頭の中に浮かんでくる。
「その1万円って、俺が渡したヤツじゃないですよね?」
彼女を助けたとき、確か俺は1万円札を手渡したと思う。それで家に帰るように言って。酔っていたのもあって、今思うと非常にいい加減な対応だったと思う。
その証拠に、彼女は露骨に顔を背けた。
「………何の話ですか?」
「ちょっと! あれは帰宅手段として渡したんですよ。そんな捨て銭みたいな使い方しないでくださいよ!」
「適当さんのご厚意かと思って、使わずにとっておいたんです。いただいたお金ですから、普段使わない時に使おうと」
「ちょ、それなら返してくださいよ!」
「嫌です。これは私がいただいたお金なので」
人の厚意を踏みにじりやがって……。もう頭にきた。なにがなんでも返してもらう。俺が彼女の1万円札に手を伸ばすと、佐富士初夏は咄嗟に避ける。
「こんにゃろ……! お賽銭は金額じゃ無くて気持ちですよ! 返してください!」
「何するんですか! 私のお金を取らないでください!」
「もとは俺の金でしょ! こんな使い方のために渡したんじゃないです!」
賽銭箱の前で二人、醜い争いを繰り広げている。そんなことは分かっているが、ここまで来たら引き下がれないのもまた事実である。賽銭箱に1万円を投下するヤツなんて見たことがない。渋沢栄一だってビビってるに違いないぞ。
「あっ」
「ちょっ!」
手と手がぶつかる。やがて、まるでダンスでも踊っているように、彼女の手から1万円札がヒラヒラと空中を舞う。俺が手を伸ばしても、ソレはかいくぐって地面を目指す。やがて――賽銭箱の中へ姿を消した。
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