第10話


 約束の家電量販店に向かう道中。ずっと無言なのも違う気がしたから俺の方から何点か質問を投げかけることにした。


「電話したのはお姉さんですか?」

「あ、いや妹なんです。恥ずかしながら、姉の私よりしっかりしてて」


 ってことは、この感じで姉なのか……。完全に逆だと思っていたから、思わずチラ見する。うん、やっぱり姉には見えない。その妹となると、マジで中学生とかじゃないのか? にしては電話も落ち着いていたけれど。いずれにしても遅くなると心配をかけてしまう。早く行ってあげないと。


「へえ、そうなんですね。電話越しでもしっかりした方な感じはしましたけど」

「真面目なのは良いんですけど、頭が固くて……」


 俺みたいな適当な人間よりも数段良いと思うけどな。仕事だって考えすぎない程度に抑えながらやってるのが本音だし、自分の全てを投げ打つまでの価値はないと思っている。きっとみんな分かっているけど、そうできない人もいるわけで。


「まあ良いじゃないですか。真面目なのは素晴らしいことですよ」

「そうですかねぇ。私は……もう少し砕けてほしいんですけど」

「どうしてそう思われるんです?」


 相づちのように問いかけると、彼女は少し考えて口を開いた。


「少し前にちょっと……色々あって」


 もっと掘り下げることもできたが、初対面だしそれは野暮か。桜野だったら『この先会わないから聞かなきゃ損だよ』なんて言ってきそうだが。


「人の心って分からないですよね。どんなに信じてても、相手は全く違う方向を向いてたりして……。それを『裏切られた』って解釈するのは、想像以上に虚しかったりするんです」


 頭の中には聖夏の顔が浮かんでいた。プロポーズをする日までは、本当に上手くいくと思っていた。それぐらい仲が良い自覚はあった。

 でもそれは、全然主観でしかなかった。けれど、完全に聖夏のことを責めきる気分にはなれなかったのだ。浮かんでくる後悔といえば、もっと話し合えば良かったとか、もっと寄り添えば良かったとか、俺一人ではどうにもならないことばかり。つまり、相手のことをもっともっと知る努力が足りなかった。

 それに気づいたのは、ヤケ酒をした次の日。夢か現実か分からない天井を見上げながら、なぜか二日酔いの頭痛が思考を加速させた。


「――ってああ、す、すみません。何か偉そうなこと言って」


 つい自分の世界に浸ってしまった。隣から視線を感じたから見てみると、彼女が優しい目で俺を見上げていた。


「いいえ。すごく素敵だと思います。あの子にも聞かせてあげたいな」

「そ、そんな大層なことじゃないですから」


 謙遜けんそんすると、彼女は「そんなことない」と優しく否定する。そう言われると、やっぱり照れくさくて仕方がない。彼女から視線を外して前を見ると、少しずつにぎわいを示すように道が明るくなっている。


「私を助けてくれるぐらい親切な方じゃないですか」

「普通は声かけますけどね」

「ううん。みんな私のこと無視した。お兄さんは優しい人だと思います」


 あぁそっか。長崎から来たって言ってたもんな。方言女子が人気な理由が分かった気がするよ。


「あそこが待ち合わせ場所ですよ。もうすぐです」


 煌びやかに光る家電量販店を指さすと、彼女は安心した様子を見せた。もう5分もせず合流できるだろう。


「あの、お名前をお聞きしても良いですか?」

「あぁ、えっと。春日俊太っていいます。そんな名乗るほどの人間じゃないっす」


 俺が名前を告げると、彼女は「いえいえそんな!」と立ち止まって俺の前に立つ。


佐富士冬子さふじとうこといいます。佐世保の佐に富士山の富士、フユコと書いてトウコと読みます。今日は本当にありがとうございました。春日さんが居なかったら私、本当にさまようしかなかったので」


 彼女――佐富士冬子は律儀に頭を下げて、感謝を述べる。こうやって分かりやすく人から感謝されたのは久々だったから、思わずドキッとしてしまった。ここまで若いと犯罪になるぞ、落ち着け俺……。

 にしても、佐富士という苗字はかなり珍しいのではないか。まるで力士の四股名しこなみたいでインパクトがある。


「佐富士さんって珍しい苗字ですね」

「あはは。よく言われます。でもすぐ覚えてもらえるんですよ。春日さんも比較的珍しいんじゃないですか?」

「まあ、ピンクベストを着させられることが多いですね」

「あはは」


 佐富士さんは明るく笑う。さっきまでの不安げな感情はすっかり消え失せているようだった。まあ良かった。

 次第に人通りも増えている。帰宅するサラリーマンや学生たちを見て、彼女は「人がたくさんですね」と漏らす。すっかりこの光景に慣れていたから、地方民から見ればそのように映るのだろうと、少しハッとした。


「春日さんは東京の人なんですか?」

「いや、出身は熊本です。同じ九州ですよ」

「え、そうなんですか!? でも方言出ないですね」

「大学からこっちなんで、もう10年近く都民なもので」

「そういうものなんですねぇ。私、ずっと地元だから」


 妹は進学だろうか。佐富士冬子のこの感じを見ても、甘く見積もっても大学生ぐらいだろう。上京するということは、進学か就職か。いずれにしても、都内で暮らす妹に会いに来たのは事実だろう。一人っ子の俺としては、少し憧れもある。遊びに行ける場所があるって良いよな。


「妹さんはずっとこっちなんですか?」

「そうなんです。ちゃんとやってるか心配なので定期的に来てるんです」

「なるほど。良い関係ですね」


 俺がそう言うと、待ち合わせ場所の家電量販店が視界に大きく映る。佐富士さんは何か言いたげだったが、言葉を飲み込んだように見えた。

 電話では入り口前で落ち合う約束だった。あの角を曲がればすぐ入り口のはず。二人並んで角から覗き込むと、分かりやすくスーツ姿の女性が一人立っていた。直感的に彼女だろうと察した瞬間、佐富士冬子が飛び出した。


「ウイカー!」


 その後ろ姿は、はぐれた親を見つけた子どもである。やはり大学生でもなく中学生ぐらいではないか。まあとりあえずは良かったよ。

 一応、妹さんにもあいさつぐらいはしておくか。名乗らずいきなり消えてしまうのはかえって不気味だろう。


 そう思うのは必然で、常識的な判断だった。けれど、俺は咄嗟に身を潜めることになる。彼女に続いて角から姿を見せようとした瞬間である。


「もーうお姉ちゃん! 駅で待っててって言ったよね!?」

「あはは……ごめんごめん。好奇心が勝っちゃって」

「本当にやめて。それで人に迷惑掛けてるんだから」

「わ、分かってるてば……」


 佐富士冬子の妹――それは俺が助けた彼女、であった。いや、こんなことある?



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