マナイアレストの手記

螺子巻ぐるり

1.崩御


 魔王アルヴァルルの崩御は、魔族に驚きと混乱を招いた。

 意味が分からなかったからだ。なにしろ予兆らしい予兆がない。

 アルヴァルルは壮健であり、彼が率いる六魔将の軍勢は、魔気力の劣る人族の軍に終始苦戦を強いていた。魔気の濃い北方から出たがらない魔族が多いとはいえ、アルヴァルルが大陸を支配するのは最早、時間の問題と思われていたのだ。


 唯一気にかかる点といえば……人族の伝承に伝わる、勇者と呼ばれる英傑のことか。

 百余年の周期で生まれるそれは、人族にしては異質な程に高い魔力への適性を持ち、強健にして勇猛。歴代の魔王が人域に攻め入り、されど大陸統一を果たせなかった要因であると言われる。


 アルヴァルルも、これには最大限警戒していた。

 故に人域に間諜を放ち、勇者の足取りを見逃すまいと動いていたのだ。

 勇者は既に生まれていた。それを知ったアルヴァルルは、六魔将が一角ガライロイを討伐へ向かわせ、勇者が旅立つ前に彼が生まれ育った村を焼き払った。


 そこで勇者は消息を絶つ。

 仕留めたわけではない。ガライロイはしくじった。だが村に馬の類は無く、人族の足で魔族の領域を目指すならば、早くても一年はかかる。それまでに再び足取りを掴む機は、いくらでもある……筈だったのだが。


 翌日には、勇者は魔王アルヴァルルの前に立っていた。

 どんな絡繰りがあるかは分からない。どうあれ、勇者はただ一日で人域から北方を踏破し、光輝放つ剣を手に、王座にて戦術を思案していたアルヴァルルを討ち果たしたのだ。


 その尋常ならざる人族が。

 今、私の目の前に立っている。


「――綻んでいる」


 少年の声だった。

 勇者は虚空を生気のない瞳で見つめ、独り言のように呟く。


「うん。そうだね」


 私が頷くと、勇者の目だけが此方を向いた。

 驚いたのは、彼が私と同じモノを視ていたという事実だ。


 世界は蒼く、じくじくと綻んでいた。

 この光の糸くずは、きっと世界を崩壊させ得る。

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