第23話 清算

 小川三次は、数日間悩んでいた。

やっとたどり着いた自分の考えた早瀬先輩殺害の犯人と手口をどうやって証明するか? そして白湯に話しても良いものか?

ベッドにごろんとしてカーテンを開け空を見上げる。所々に綿あめのような雲が浮いている。

そして思う。 ――白湯が笑い飛ばしてくれたら良いんだけどなぁ……

でも、そうはならないと確信できるほどその考えには自信があった。

どのくらいそうしていたのか……。

「しゃーない、ダメになったらなっただ、隠し事をしたまま付き合うくらいなら、振られた方が……」

三次は揺らぐ心に喝を入れるつもりで声に出して言い意志を固めた。

白湯がひき逃げされそうになってからひと月が過ぎ、直に早瀬先輩の一周忌がやってくる。


「誰にも聞かれたくない大事な話だ」と言って三次は休みの日に白湯を自宅に招いた。

白湯は三次の顔色を見てすべてを悟ったのかもしれない。素直に「良いわよ」


 コーヒーを淹れて座卓テーブルに対座した。

三次はコーヒーを一口啜ってから、一晩中色んなことを考え、思い、言葉を選んだストーリーを語りだす。

「……俺、俺自身信じられないんだが、早瀬先輩を殺した犯人とか手口とか、全部わかってしまって……」

心臓が爆発するくらい緊張したが、「決めたことだ」と自分に言い聞かせ続ける。

「先に、結論から言う」三次はそう前置きをして白湯の顔色を窺う。

「実行犯は、先輩の不倫相手の村雨みどりだ」

白湯が一瞬三次を直視してすぐ目を落とした。

「共犯者は、先輩の妻、早瀬陽子だ」

白湯は今度はぴくりともしない。

「そして、殺害方法を提案した人物がいる。主犯ということかもしれない。それが、白湯小百合、君だ」

「……どうして、私が主犯だと……」白湯が俯いたままぼそっと言った。三次にはその姿がすべてを暴かれたと察知した白湯の覚悟に見えた。

「最初に現場へ行って奥さんとみなみちゃんに会った時だ、君はすごく驚いた顔をした。そして異様なくらい泣いてた。……それを見て、なんか妙に引っ掛かりがあったんだ。でもそれで終わって、忘れていた」

「そんなに早くに、……」白湯が呟く。

「それから容疑者が全部消えてしまったあと、俺が生命保険の話を始めた頃から君はなんとなく俺から遠ざかろうとしているような気がしたんだ。村雨と奥さんが談笑しているのを見たと言ってからは特にそうだった。それで、君が原杉に恨みを持っていることも知っていたし、あの二人はミステリーとかトリックなんて無縁な感じだが、君は詳しい、密室だって君が解いた。もっとも、君が考えたものだから知っていて当然なんだけど」

「そう、でも証拠は無いのよね」と、言う白湯の声は弱々しい。

「いや、あるよ。鑑識が郵便ポスト内の天井に半分引きちぎられたテープを発見し、それに村雨の指紋があった。そこを鍵の受け渡し場所にしてたってことさ」

白湯は「あるよ」と聞いてびくっと身体を震わせたがそのあとは俯いてじっと聞いている。

「インターホンは近所に聞こえてしまうから使えないんだ。電話は履歴が残っちゃうしね。それで鍵なんだが、村雨は愛人だから部屋に入ってしまえば、上手い事言って睡眠薬を飲ませ、それから首を吊って、自殺を偽装したんだろう。白湯が言った氷を使ってね。……それと、これは一ノ瀬から聞いて君には言ってない事なんだが、村雨の部屋から差出人不明の封書が見つかっていて、そこに部屋の見取り図入りでトリックが書かれていた。警察は誰の文字か調べている最中だが、その文字は僕のよく知っているひとのものだったのさ」

白湯は顔を上げてじっと三次を見詰め、「そうなの、……わかってしまったか……」

「両親の復讐のためか? 早瀬先輩は関係ないだろう?」

三次にはそこがどうしてもわからなかった。

白湯は覚悟を決めたのか三次を直視し、

「病院で事件を起すのが目的だったの、あんなもの書いても本当に人殺しをするなんて思わなかった。ただ、病院の医師とか職員間に何かトラブルを起したかった。それが狙いだった。だから、現場に行って驚いたし、大変なことをさせてしまったと後悔したわ」

「それで、あの時の表情が生まれたんだ」

「うん、小川さんに見抜かれてるとは思わないでね」

「じゃ、SNSへの投稿も君か?」

「えぇ、そう。もう少ししたら最後の投稿があるはずよ」

「もう、止めようよ。警察が院長を取調べしてるし奥さんだって……」

「ダメ! あんな病院がある限り、悪事は止まらない。後から知ったことだけど、麻薬を暴力団に横流しするなんて、それで何人の人が廃人になってると思う? 許せないよ」白湯の思いは力の篭った言い方でわかった。

「ところで、村雨と奥さんの関係をいつから知ってたの?」それも三次には謎だった。

「ああ、先輩が亡くなる半年前くらいの独身会で小川さん相当酔って公園で寝てたでしょう」

「え、どうして知ってる?」

「やっぱりねぇ、覚えてないはずだわかなり酔ってたもんね。実はね、その公園まで私も一緒だったのよ」

「えーっ! そうなの。まったく覚えてない」

「近くで、女の人が二人で話してるのは、気が付いてた?」

「ああ、夢見心地で所々だけどな」

「そう、それが村雨と奥さんだった。私はすぐに気付いてそばで確り訊いてたの」

「へー、どんな話を?」

「始めは、喧嘩よ。『泥棒猫!』と奥さんが言えば『私のお腹に明さんの子供がいるんだからあんた別れな!』とか返し、『小学校の娘がいるのよ。あんた下ろせ』って、仕舞には飲みかけのお茶のかけあいに髪の毛の引っ張り合い、子供の喧嘩みたいだった」

「へー、酷かったんだな。寝てて知らなかった」

「それが、奥さんの『あんな役立たずの無神経男のどこが良いのよ!』という言葉に、しばらく返事が無くて、随分と考えてから村雨が、『あんたこそどこが良いのよっ!』って返したの。そうしたらしばらく沈黙が続いたと思ったら、二人一緒に笑い出しちゃって、『収入があるからっていうだけで意地になってたかな』と奥さん。『あーあ、なんかバカらしくなってきた。子供は嘘よ』村雨が白状すれば、『だってあの人子種無いんだもの。知ってたわ』だって、そうなの?」

三次はそう聞かれても、そんな話したことも無いから「知らん」としか答えられない。

「それから、退職金の話から、生命保険の話になって、『どうにか早く手に入らないかしらねぇ』なんてどちらからともなく言い出して、『いっそ、ひと思いに、ぶすっと……なんちゃって』そんな事言って笑い出したの。それで、仕掛けようかと思ったのよ」

「なるほど、あの時か……」

「それで、自殺じゃ病院内の事件にならないからトリックを暴いて殺人事件へと導いたの。

でも、……でもね、まだ足りないの。あと一歩追詰めないと、原杉一家は後悔もしてない」白湯は悔し涙を見せる。

「そこは、警察が、一ノ瀬が捜査してるから、君は自分のしたことを警察へ行って話して……」三次が言いかけるのを白湯が遮って、

「えぇ、いずれそうする。でも、まだダメなの。小川さんを散々利用しちゃった、ごめんなさい。小川さんともっと早く知合ってたら良かった……」と言って、さっと立ち上がり逃げるように帰ってしまった。

「あ、……」三次には声を掛ける暇もなかった。


 翌日、眠れぬまま出勤したが白湯の姿を見つけることはできなかった。

係の女性に訊いたら「今週はお休みです」

三次の中に不安が生まれ、瞬く間に全身が包み込まれてしまった。


 不安な気持ちを抱えたまま昼食を取っていると、一ノ瀬から鹿内頼子医師の自宅に強盗が入って、医師が刺殺されたと連絡がきた。

室内は物色された形跡は残っていたが、冷蔵庫や洗面所、トイレのタンクまで開けられ、何かを探したようで単なる強盗ではないというのが一ノ瀬の見解だった。

「心当たりないか?」と訊かれたが三次にはさっぱりだった。

三次は思った。 ――院長とレイプ被害者の後始末の事で揉めたのか? しかし、刺殺って暴力団か? ……

夕方、再び一ノ瀬から電話で、強盗目的で押入ったと<高井良龍商会>の組員が自首してきたと連絡してきた。

<高井良龍商会>と聞いて、三次は院長が殺害を依頼したと直感した。

一ノ瀬にもそう伝えた。

その日、帰宅するとすぐに宅配便が届けられた。白湯からだった。

封書が同封されていて、読んですぐ一ノ瀬を呼んだ。



 白湯は休んだまま一週間何の音沙汰もない。

病院には朝から制服警官やら刑事らがうろうろしていて、病院全体がざわついていた。

昼過ぎに一ノ瀬が三次を訪ねて来た。

「原杉菜七が二年前白湯久美の術後に投薬ミスをし死なせてしまったと自供したよ。病院に辞職願を出したそうだ」

「そうか、やっぱり鹿内医師が殺される前に白湯に託したあの証拠が効いたか」

「ああ、けどな、もう隠すのも苦痛で警察へ行くか迷っていたらしいよ。自供してから、これからも多くの患者を救えたのに、お前ら二人があれこれ調べ始めたせいでそれができなくなったと、悔し涙を見せてたよ」

一ノ瀬は呆れたと感想を付け加えた。

その通りだと三次も思った。

「父親のほうは?」

「ああ、五件の婦女暴行と医薬品や麻薬の横流し、十五年前の手術ミスによる過失致死ほか認めたよ。結構重たい罪になるな。あ、それに鹿内医師殺しもある」

「そっか、白湯の恨みは果たされたってことだな」三次は、鹿内殺しもと言われ、やはりと思ったが半ばどうでも良い事だった。

「ああ、で、行方は?」と、一ノ瀬が言った。

「いや、それがまったくわからない。警察で探してくれないか?」

「まぁ、良いけど。早瀬明殺害については、村雨と妻の陽子を問い詰めてるところだ。もう少し時間がかかるな」


 翌朝、SNSに<札幌のH総合病院の腐った医師達。そんなところで診察を受けて大丈夫?>と銘打って、十五年前と二年前の医療ミスから医薬品と麻薬の横流し、横領、院長のレイプ、暴力団との深い関り等々証拠の写真付きで細かく書かれた。

病院に多くの報道関係者が集まって診療にも影響を与える事態となった。


 三次は、白湯が「最後の投稿がある」って言ってたのはこの事だったんだと思った。

そして思った。 ――白湯はこのあとどうするんだろう? 警察へ出頭してくれるだろうか? ……

三次は白湯の性格を思い浮かべる。

――頑固だし、思ったことはどこまでも真っすぐに突き進む……

「両親の復讐を果たしたら、……死ぬ?」考えたくない思いだが、どうしてもその思いが頭から離れない。

三次の願いはひとつだった。 ――白湯小百合、死ぬな! ……

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