第18話 疑惑の方向
小川三次は一ノ瀬刑事から早瀬明殺害事件の容疑者候補がいなくなったと聞かされ少なからずショックだった。
ほかに考えられるのは暴力団の奴らだが、一ノ瀬が「奴らが密室トリックなんか使うはずない」と言ったことが妙に三次を納得させていた。
三次は考えた。 ――誰だ? あと誰がいるっていうんだ? ……
ふと白湯の言ってた言葉のひとつを思い出した。
「ミステリーの犯人を考えるんなら、誰が一番利益を得たかよ……」
そっか、それを考えると、……誰かいるか? ……
高木とか、伊勢とかの悪事を先輩が指摘して……という考えにはまり込んでしまう。
しかし、それらから浮かぶ容疑者は全員アリバイなどがあって警察が白と判断した。
――その判断が間違いという可能性は? いやいや、彼らはプロだ、そんな間違いはしないだろう……
部屋で寝転がりぼんやり考えていると、いつのまにか白湯の笑顔が浮かんでくる。
――可愛いよなぁ白湯。彼氏はいないみたいだよなぁ。兄弟姉妹はいたんだっけかな? ……
そんなことを考えている自分に気が付く。
「やば、俺、好きになっちゃったのかな……」ひとり苦笑いした。
「そうだ、あの時のオーラは何だったんだろ?」
三次は、白湯の母親が投薬ミスで死んだことを証明する<カルテ>と<薬事指示書>を見せた時に現れたオーラとその中に見えた恐ろしい眼差しを思い出した。 ――あの顔、どっかで見たことあるんだよなぁ……
気になって、パソコンに「血走った目」、「演劇」、「神話」など記憶にあるいくつかのキーワードを入力して検索をかけた。
検索結果の中に<エリーニュス>というギリシャ神話に出てくる復讐の女神の名前があった。
その<Wikipedia>によれば、「頭髪は蛇、頭は犬、身体は炭のように黒く、こうもりの翼を持って、血走った目をする老女」とある。
親殺しなどに対する復讐の女神だった。
それを見ているうちに思い出した。
大学時代に演劇部の奴らに頼まれてどっかの劇団のギリシャ神話を題材とした演劇を見に行ったとき、その<エリーニュス>役の表情と眼差しが大きくポスターに描かれていて、それが真に白湯を包んだオーラの中に浮かんだあの目だ。
――それ程、白湯が院長らを憎んでいるということなんだろうか? ……
オーラの中の<エリーニュス>は、野獣が獲物に襲いかかる時のように、大きく開いた口から歯を牙のようにむき出して、血走った眼をし、眉間から鼻先にかけて深い怒りの皺を作って髪の毛を逆立てていた、恐ろしい形相だった。
そして眼光鋭く一瞬三次を射すくめたのだった。
三次は思い出しただけで背筋がぞくっとした。と、同時に改めて白湯のことをもっと知りたいと思い、手始めに白湯が良く行くと言っていた白湯家の菩提寺へでも行ってみようと思い立った。
市内から三十分ほどの郊外にその菩提寺はある。
両親の墓石に手を合わせた後、住職に話を聞くことができた。
「えぇ、白湯さんの娘さんね。良くお参りに来てますよ」
六十は過ぎてるだろう住職は優しい笑みを浮かべながらゆっくり諭す様な口調で話してくれた。
「毎月、命日には一輪の白いゆりを供えてましたね」
本堂は相当古い感じで天井が高く住職の声が吸い込まれて行くようだ。
正面にはこの寺のご本尊様なんだろう見上げるほど大きな座禅姿に圧倒される。
そこに威厳を感じつつ、「白ゆりですか?」と聞き直した。
「えぇ、お父さんが好きな花だと言ってましたね。そうそう、二年前にお母さんが亡くなってからは薄紫色のすみれかなぁ、それも一輪供えてました。お母さんは薄紫色が好きだったらしい」
「そうですか、親思いなんですね。最近も来てますか?」
「えぇ、二日、三日前にも来ましたよ。いつも通りに花を二輪供えてましたね」
「何か変わった様子はありませんでした?」
「は、娘さんに何かあったんですか?」
「いえ、最近ちょっと元気がないみたいなんで、……」
「そうですか、気が付きませんでしたねぇ、お参りした後いつものように本堂へも来てご本尊様にも手を合わせておられました。声を掛けると、優しい笑顔で話してくれて良いお嬢さんになったなぁと感じてました」
「小さい時からご存じなんですか?」
「えぇ、ご両親に手を引かれて……幼い頃は結構なやんちゃ娘だったみたいで、ご両親は『手を焼かせて困る』と口では言ってましたが、それが嬉しそうに言うんで愛されてるんだなぁと感じました。……あんなに元気だったご両親が突然亡くなって、娘さんは相当ショックだったんでしょう。そういう場面に慣れてるはずの私らでも声をかけずらくなるほどでしたからねぇ」
誰に聞いても白湯と両親は仲の良い家族だったと言う。
父親が亡くなったのを切っ掛けに看護師を目指したようだったが、母子家庭になって学費と学力の両面で看護学校へは行けなかったようだった。
それで普通高校に入学したものの荒れた生活をしてたらしい。
それが、母親が何も言わずにパートを掛け持ちし、娘に引け目を感じさせないよう必死に頑張ってる姿を目の当たりにして、真面目に将来を考えるようになったようだと、当時の担任の先生は言う。
白湯の人事記録台帳にはそれを裏付けるように、十八歳で医療事務の資格を取得し<原杉総合病院>に採用されたあと、二十歳で医療事務の管理士、さらに二十二歳で診療報酬請求事務能力認定試験に合格と加えられていた。
今では会計係のベテラン窓口として活躍している。
三次が一番気になっている異性関係を訊いてみると、高校生時代には悪仲間の中に恋人がいたようだったが、改心したころに別れたようだ。それ以降、友人を越えるような相手は出ていないようだ。
やはり、独身会の中でも三次と同じように白湯の明るさの中に何か暗い影を感じて、引く奴は多い。
それが両親の死に関係したものなんだろうとようやく理解した。が、その先どうしたら良いのか? わからない。
ただ、何となく、SNSに<原杉総合病院>の事件を載せているのは白湯のような気がしてきた。そう考えると、辻褄が合うのだ。
だが、そうは考えたくないという気持が三次を混乱させる。
三次は頭の中で繰り返し思う。 ――白湯を信じろ! ……
夕方になり聞取りを終えようとハンドルを自宅へと切ったその道すがら、たまたま見つけたファミレスに何かに引き付けられるように入った。
もちろん初めての店だった。
注文をし店内を見回して、「えっ?」驚声をあげそうになり慌てて口を押さえた。
――何で、あの二人が一緒に? それも楽しそうに食事なんかして……
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