第17話『羽柴彩果』
自然界エリアにあるレストラン『イザナキバーガー』にて。今日泊めさせてもらうからと彼女の分のハンバーガーを奢ったら偽物扱いされた。失敬な。
「シーバーは最近夢見るの?」
彼女はんーと考えてから「そんな大したものは見てないな」と言った。見てはいるんだ。
「例えば?」
「カモメの群れを眺める夢とか」
「良い夢みてるじゃん」
「朝から焼き鳥が食べたくなって困った」
コイツをバードウォッチングや水族館には誘わないでおこう。絶対魚介類も捕食物として鑑賞する気だ。
「相変わらず眠りが浅いんだ。私も最近猫が出てくる夢見るんだけど、シーバーって猫飼ってたんだっけ」
「実家でね。もういないけど」
よしよし。このままニャルラのことについてシーバーから意見をもらおう。私がこの先、あの黒猫とどう接したらいいのか。まだはっきり決めていなかったから。
「私猫どころかペットすら飼ったことないからさ。飼いたいとも思ったことないんだけど。だっていなくなっちゃうものを傍においても悲しくなるだけじゃん。だから何で最近同じ夢ばかり見るのか・・・って何その顔」
シーバーは憐憫のまなざしをこちらに向けていた。
「かわいそ。あ、いや可哀想。その考えだとさー推しとかKULとか、私に対してもいつか消えちゃうのか。それは嫌だからいらない行かない関わらないってなるくね」
「そうだよね。分かってるんだけど・・・あとさっき言い直した意味ないよね」
大切なものを作るのはやめようと決めた時から、もうずいぶんと経った。今の私は自由だ。学生の頃と比べたらではあるけれど。それでも、好きなことを好きなだけしていいし、大切なものを満足のいくまで手元に置いても許されるようになった。
普通なら箍が外れるハズなのに、過去のトラウマがどうしても頭をよぎってしまう。だから今でも、趣味や交友関係はほどほどの熱量にとどめいる。いつ無くなってもいいように。奪われなくてもいいように。
――ニャルラのことだってそうだ。私は失って悲しい気持ちになるのが、怖い。
「また作ればいいんだよ。終わりが来るのは私だって嫌だけど、あんま深く考えずに良いことだけを見ればいんじゃね。それに無くなるわけじゃない。ちゃんと残ってるから・・・気にすんな」
「どーせ私は臆病者ですよ」
シーバーは私の家族事情をざっくりではあるが把握している。深く詮索してこないのは彼女の美点だ。まぁシーバーはの環境もかなりイレギュラーではあるが。
ごちそうさまでした。と手を合わせ、コップの水を呷る。
「シーバーにしてはポジティブで良いこと言うじゃん。実は捨て猫を見つけてさ。結局保健所に連絡したんだけど、このまま拾ってウチの子にするって選択をしていたらどうなったのかなって思って」
「どうりで。この前あった時よりテンションが高校の時のさっちゃん寄りだと思った。仕方なく真面目に答えてやったんだ。崇めよ」
バレてたのか。何でシーバーといいはるまといい、私の友人は洞察力が高いんだ。いや、私が分かりやすすぎるのか・・・?
遅れてシーバーも完食し、彼女はすぐに黒マスクをつけた。
「とにかく、今はひたすら楽しむことにするよ」
「おー。次の『
「暇つぶしにするには重い内容かもだけどね」
私は人に悩みを話さない。そうしたとしても、それが解決の糸口になる訳じゃないから。ニャルラのことは勿論、親のことも彼女に真実を話そうとは思っていない。だからこれまでも、これからも私は虚言と秘匿を続けるんだ。
――まぁいいや。どうせ今日明日はシーバーといるからあまりニャルラに構えないし。
何となく、もう二度とニャルラは私の元に姿を現さない気がした。そう割り切った方が楽だからだ。淡い期待なんて持たない方がいい。
でも、もし家にニャルラがいたら。にーと鳴き声が聞こえたら。私はそれを嬉しく思うのだろうか。
――次、ニャルラに会えたら自分の気持ち、ちゃんと全部話そう。
私は気持ちを切り替え、シーバーと共に120分待ちの列に並んでいった。
「ヒッ!」
KULに入園してからスマホを見ていなかったことに気づいたのが運のツキだった。隣を見ると、シーバーはぬいぐるみ・・・略してぬいと内装を撮影するのに夢中で、私の声は聞こえていないようだった。
――不在着信19件・・・。誰からなんて、もう・・・。
今折り返すわけにはいかない。今日はこのままシーバーに悟られないよう極力スマホを開かないでおこう。そう決めた瞬間、まるでこちらの動きを読んでいるかのように画面が切り替わった。
「あ、あれ?」
「電話じゃん・・・『総長』って誰」
てっきりあの人からの電話だと思ったので拍子抜けしてしまう。まぁこの電話も出ないに越したことはないけど、シーバーにも見つかったし腹をくくるか。
「もしもし・・・」
「何でLICH見てねぇんだよ」
「え。ごめん今外でさ」
通話状態のままLICHを開くとチャットルームは総長もとい篠木からの『応答なし』の通知で埋まっていた。
「外ってどこだよ」
「ひえっ!この不在着信って全部篠木からだったの」
「早く答えろ。今1人か?」
「え?う、うん。今友達と神京に」「はぁ!?聞いてねーぞ!」
突然の大声に背筋が伸びる。電話越しなのに篠木が今どんな顔してるか想像できるな・・・。
「誰といんだよ」
「シーバーとだけど、篠木は何か用?」
羽柴彩果か・・・と何か低い声でブツブツと呟いているが、私は彼にシーバーのフルネームを教えたことがない。やっぱり以前どれだけ詰められたとしてもシーバーの名前を出すべきじゃなかった。後悔しても遅いけど。
「お詫びに私の楽しみをおすそ分けしてあげるから。また佐古で」
「チッ・・・俺もそっち行ってやろうか」
「ごめんなさいそれだけは勘弁してください本当に頼みますから」
明後日の夜に帰ると言い、半ば強制的に電話を切った。山場を乗り越えて安堵したのも束の間。
「いや誰?大丈夫?」
「・・・写真、撮ろうか」
シーバーに彼のことを話すハメになってしまった。絶対いじられるから嫌だったのに!
(=^・・^=)
今年できたばかりの新アトラクション『兎迷宮』は待ち時間でも分かる盛況ぶりだった。並び始めてまだ40分くらい・・・まだ先は長いな。
「もう好きじゃん!」
「やかましいよ・・・」
あと1時間ちょっと私はこの責め苦に耐えなければならないのか。遠い目をして壁に飾ってある絵画を見る。ここはKULのマスコットキャラクターである兎のイエッピーとノッピーが登場するアトラクションなので、いたるところに2匹の兎やモチーフとした調度品が飾られていた。
「写真見してや!」
「はい・・・」
「え!イケメンじゃね!?何で付き合ってねぇん」
「うるさい・・・男は顔じゃないんだよ。というかテンション上がりすぎ」
「そりゃさっちゃんに春が来てるって知ったら盛り上がるに決まってるだろ」
「盛り上がってほしくなかったから言わなかったのに」
駄目押しで篠木にシーバーとのツーショットを送る。これとお土産があれば彼の怒りも収まるだろう。
「自撮り送るとかカップルじゃん!」
「嘘ついてないって証拠画像だよ!」
「はーおもろ・・・そういえばさっちゃんに報告しなきゃいけないことがあったんだった」
「ま、まさか・・・」
なんだなんだ?転職?宝くじでも当たった?もしや気になる人が職場にいるとか・・・!?
「彼氏できた」
「うぇ!?シーバーも隠してたんかい!おめでとう!」
根掘り葉掘り聞きたいけど、しつこいって思われるのも嫌だし・・・あくまでさりげない感じで。って、さっき私が聞かれた後だったな。気使わなくていいか。
「これ写真」
「あ、あるんだ。名前は?」
見ると、ホストっぽいスーツに身を包んだピンク髪の青年――の、イラストがスマホに表示されていた。
「
「もしかしてさっき撮ってたぬいって」
「凌きゅん!」
ピンク色のぬいポーチを見せびらかされる。わぁ。何その縦長のポーチ。
「・・・そのショルダーバッグにつけてるラバーストラップって」
「全員彼氏。私服の凌きゅんと寝巻の凌きゅんとエプロン姿の凌きゅん」
「・・・」
私は天を仰ぎ、深呼吸した。
「ん二次元かーーーい!!」
――びっくりしたわ!私のおめでとうを返せ!
長い長い待ち時間は篠木と凌君の話で難なく潰せたのは言うまでもない。
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