第13話『ななお病み体験の会』

2時間後。そう、あれから2時間もかけて完成品がテーブルに並べられた。3人で煮込みハンバーグと饂飩のように太く縮れたパスタにミートソースをかけたものと市販のカットサラダを囲んで缶チューハイを持つ。


「腹減ったー。お疲れー」


「食べよ食べよ!かんぱーい!」


「お疲れ様・・・いただきます」


早速、中までしっかり火が通された煮込みハンバーグを口に運ぶ。


「ハンバーグうめぇ・・・」


「それな」


「ソースと合うね。流石ななちゃん」


焼く手前まで作ったのは私なので、美味しくなかったらどうしようとひやひやしていたが、普通に食べれる。


正直、ケチャップとオイスターソースで作ったななちゃん特製ソースが全てを覆いつくしてくれてるから、ハンバーグ本来の風味とかはよくわかんないけど。でも、ななちゃんと沖谷君が美味しそうに食べているから無問題だ。


――ハンバーグの方は。


何で2人ともパスタに手をつけないんだ。丹精込めて作ってたじゃないか。


「・・・」


黙々とハンバーグを食べるななちゃん。


「・・・」


沖谷君はたまたま放送しているお笑い番組を真面目な表情で観ている。


――これは私が動かないと醜い争いが起こってしまうに違いない。


「・・・じゃあ、パスタいただきます」


沈黙を箸で破るようにパスタを自分の皿に盛る。


ななちゃんも自分が持ってきた手前多少の罪悪感があるのか、私に続いて箸をつける。沖谷君はというと――「ついにいくんか」と言わんばかりの目で私達の様子を見ていた。これだから沖谷君はモテないんだ。本人にはよう言わないけど。


――これは、この触感は・・・?


「普通に美味しいけど・・・ミートソースパスタ?うどん?」


私は咀嚼を終え、感想を伝える。


私の反応から食べられるものだと判断したのか、沖谷君もパスタを口に入れる。


「ソースはうめぇな」


「そりゃレトルトだからね。パスタは?」


「パスタではない」


はっきり言ったな。これで同罪だ。


「でもうどんでもないんよ」


「それあたしも思った!ちょっと違うんよな」


2人はあーでもないこーでもないと暫く言い合って、ようやく1つの結論に至った。


「給食のソフトうどん」


ななちゃんがソースのかかっていない麺を食べて呟く。


「あーー!」


沖谷君も合点がいったようだ。


確かに、パスタ?だけだとこの何とも言えないもちゃもちゃした食感と粉の味は小中学校の給食に出てくるソフト麺の中の、特にうどんに近いような気がする。太さとかまさにそれ。というかもう目の前の麺がうどん麺にしか見えない。ななちゃんもパスタじゃないって認めちゃったし。


「ミートソースがマジでいい仕事しとるわ」


「ホンマそれ」


「これもうパスタじゃねぇわ。うどん!This is ソフトうどん!」


「折角2人はパスタの調理手順見て作ってたのにね。まぁ美味しいけど」


この料理は果たして失敗か成功か・・・私の中では『失敗』寄りだ。でも、皆で一緒に作るのは存外楽しめた。ように思うが――


「だから俺はもっと細かく切れって言ったが!」


「はー!?タニ君が伸ばしに妥協入れたからじゃろ!」


――安定の夫婦漫才が始まる。何だかんだななちゃんと沖谷君は相性がいい。18歳で成人してから色んな人とお酒を飲んで会話するようになったけど、『病み会』メンバーでの飲み会はシーバーの次に楽しい。2人ともよく食べるしよく飲むので、コース料理にしないと飲み代がまあまあかかってしまうのが難点だが。


「オメー箸置いてんじゃねぇよ!麺まだ残ってんぞ」


「チッ。ちゃんと食べたって・・・」


「さっちゃん聞いたか!?コイツ今舌打ちしやがった!」


「おなかいっぱいいいいい・・・」


皿を見ると、まだ3割ほど残っている。おかしい・・・。質素な食生活続けてた所為で胃が縮んでしまったのか。


この後も時に協力して胃につめこみ、時に貶し合い、時に責任を押し付けあった結果――ようやく完食することができた。


皿を片付けて、それぞれが飲み物片手にまったり胃を休めていると、ななちゃんがとんでもないことを言い出した。


「実は友達から貰ったのもいっこあるんよね」


「ええっ」


「次はナン作らん?フライパンで焼くらしいんよ」


「勘弁してくれ!!」


沖谷君の叫びが8畳の部屋に響き渡った。


(=^・・^=)

「今日安井君来れなくて残念だったね」


「また巻き込めばええじゃろ」


巻き込むってアンタ・・・。 


私はコップに皆の分の水を灌ぐ。私とななちゃんと沖谷君のLICHグループは『ななお病み体験の会』だ。その名の通り、ななちゃんが病んでいる時どういった方法でストレスを解消しているのかを体験するためのトークグループである。


このグループ名の由来も、ななちゃんの解消法も何だそれって感じだ。


――それでも、何だかんだでこのメンバーでの飲みは落ち着くから結構好きなんだよなー。


水と梅酒の水割りを交互に飲みながら相槌を打っていると、ななちゃんがお決まりの発言をする。


「あーおもろい話聞きてーわー」


――来た。


私と沖谷君は即座にななちゃんの視界から外れた。


「タニ君なんかないん」


「ねーよ!さっちゃんじゃねぇんやけーそんな毎日おもろいことが起こるワケねーじゃろ」


「身体丸めた状態でそんな主張されても・・・」


輪をかけてダサく見えるよなんてことを言えば沖谷君の頭に血が上って、酒の巡りが早まってしまいそうなのでとどめておく。


「はい!なんか話題!」


ななちゃんがお決まりの話題コールを始めた。


「私はスミックマを抱きしめるのに忙しいから・・・」


「抱いてる・・・?肘置きにしとるが」


「口は動かせるじゃろ!」


「チッ。バレたか・・・。えーと、えーーそうだ。2人はもし、手元に100万円あったら何に使う?」


100万円ログインボーナスは途切れることなく続き、まもなく3000万円を超えようとしていた。金のかからない生活をしている私にとって、ここまでの大金は宝の持ち腐れだ。今は手頃にお金を預けられるサービスを片っ端から利用して分散させているが、それも時間稼ぎにしかならない。当たり前のことだけど、お金は使わないと減らないのだ。TVセットよりも高額かつ魅力的な使い道を模索中である。


――宵越しの銭は持たない派の2人なら、きっといい案が出る。


「急にどしたん」


「ただの話題提供だよ。で、どうするの?」


私はぬいぐるみで口元を隠そうとして、すぐに離す。心理学の先生によれば、私がさっきとろうとした仕草はなだめ行動というものらしい。嘘や隠し事がある時、無意識にとる行動の一種だとか。


これはただの雑談。それ以上の何物でもない。沖谷君は質問自体に疑問を持つところから始めるタイプだから、悟られないようにしないと。


「100万円なんて一瞬やん」


「それな。少ねぇよ」


「な」んだって・・・。


「知り合いにも同じこと言われた・・・その時は投資の種銭にする。っていうつまんない答えだったけど、2人は何に使うの?」


「車」「車じゃな」


2人は口を揃えてそう答えた。そこから話題はななちゃんが最近気になっている車に移る。


――車かぁ・・・。駐車場は契約すれば置けるけど、そこまで不便じゃないんだよな。


普通運転免許証は取得済だが、私は車を所有していない。必要とする理由がないからだ。私は2人の会話に割り込んで質問する。


「――そのオプションってやつをつけたらいくらになるの?」


「えーどうじゃろ450?」


「500あればいけるじゃろ」


「ゴッ!!」


たっか!ななちゃん大学生の分際で・・・あくまで最近気になっているもの、か。


竹村たけむら先生の車も憧れるわ」


「あーグランドラインじゃろ?あれ来月モデルチェンジするで」


う・・・2人が何言ってるのか全然分かんない。いちいち質問するのも怠いから、黙って頷くしかない。


スマホでSIGの顧問教諭である竹村先生が乗っている車を調べる。


「さっちゃん何見とん」


「グランドライン・・・450万から950万・・・!?」


「やべーよな。さっちゃん車買わんの」


「ペーパードライバーだし・・・」買えないことはないけど。


「新車は止めとった方がええな」


ななちゃんはテーブルの上にあったポテチの残りを沖谷君の方に寄せ、空いたスペースに新しいスナック菓子を広げる。


「中古車をボコボコにする勢いで乗り続けてから、自分が欲しい車を買った方がええよ」


「それな」


沖谷君はカスに近いポテチを食べずにそのまま捨てた。


「欲しい車・・・今のところないな」


2人はどの車が私に似合うかについて話している中、TVの電源をつける。


――家と車は最終手段だけど、いきなりポンって買っちゃったら説明できないよな。


やはり大金を使うのは難しい。このままだとストレスで私も病みそうだ。誰にも話せないし、共感してくれないっていうのもまた辛いところである。私はクローゼットを睨んだ。眠りについているであろうニャルラに、恨みを込めて。


『病み会』の夜はまだまだ続く。

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