第8話『大杉由衣には推しがいる』
学籍番号が離れているため、いくら授業が一緒でも高橋さんだけ教室が違う時がちょこちょこある。高橋さんと由衣ちゃんの毒舌トークは聞く分には最高に面白いので、今年は去年よりも4人揃って過ごす時間が増えたらいいな。
個性的なファッションを好み、7人組ダンス&ヴォーカルグループ『
金色に近い茶髪にインナーカラーはユニコーン。シャーペン一本でこのグラデーションを表現できないのが残念である。たまに緑色のシュシュでお団子にまとめてお花を表現しているからそれで誤魔化しておこう。ピアスも4つつけて・・・柄シャツを着せればそれっぽくなった。推しがかけていたというバタフライサングラスを足そうか否かを逡巡していたら、周囲の空気が変わったような気がした。
横を見ると2人は穴埋め作業に集中している。鷲木先生も閉めの言葉と次回の内容について軽く述べており、授業も終わりに差し掛かっているようだ。私はノートを閉じて、完璧に埋めた授業プリントを高橋さんに回した。
(=^・・^=)
「タニ!早く席取りに行くよ!」
授業が終わった瞬間、由衣ちゃんがヒールをカツカツ鳴らして2限目の教室へ向かう。何であんなほっそいヒールで小走り出来るんだ。
「そんなに急がなくても一番後ろ左端の席は逃げないよ」
「ヤダ絶対後ろの席がいい」
エスカレーターでも止まらず歩く。が、急に立ち止まられたので由衣ちゃんの背中に激突してしまった。
「うわっ!」
「・・・」
幸い由衣ちゃんがバランスを崩すことはなかった。ずれた眼鏡を直し、由衣ちゃんの服に化粧がついていないか確認する。口紅つけてなくて良かった・・・!
「大丈夫?」
「・・・」
「あれ?由衣ちゃん?」
「・・・」
「えぇ・・・」
2階に降りて教室に着くまで由衣ちゃんは無言のままだった。一体どうしたんだろう。
無事4人分の席を確保し、ペンケースを置く。
「由衣ちゃんどうし・・・わぁっ!」
椅子を引こうとする手を掴まれ、そのまま女子トイレに連れ込まれてしまった。
(=^・・^=)
「・・・見た?」
「見た?由衣ちゃんの顔が真っ赤になるほどの何かは生憎見れてないな」
「死ぬ・・・」
由衣ちゃんは顔を両手で覆いその場に崩れ落ちた。
「ど、どうしたってんだい!?」
「何でタニ見てないん!?さっきすれ違ったじゃろ!」
「すれ違った・・・?」
「エスカレーター!!」
「え、あー!確か2人組が上っていったような・・・」
「もうほんま・・・ヤバいって」
体育座りの姿勢に変えた由衣ちゃん曰く、上りのエスカレーターにいた3年生2人組は佐古大で1番顔が良いで有名な学生なんだそう。特に茶髪の先輩のビジュが最高!と隠し撮り写真を見せられたが、ぶっちゃけ隣にいた黒髪の人との違いがよく分かんなかった。
私からすれば茶髪先輩のビジュよりトイレの床に座ったまま隠し撮り写真見せびらかす由衣ちゃんの方がヤバいが、彼女にそんなことを言ってしまえば後が非常に面倒なことになるので黙っておく。
「由衣ちゃんはその先輩のこと好きなの?それとも推しとして好きなの?」
「まだ分からん・・・でも今は写真見てるだけで幸せ。会話したいとか、彼女になりたいとかは思っとらん」
「じゃあその先輩彼女いないんだ」
「多分。高校の時はめっちゃいたらしいんじゃけど」
「そうなんだ。先輩って何学」「私達と同じ」「へー」
・・・ん?
疑問を持ったまま教室に戻る。
「由衣ちゃんひょっとして――この大学来たのって」
「何?」
ドスの効いた声が返ってきた。こっわ!
「あ、いや・・・」
「何?」
由衣ちゃんが私の肩に頭を乗っけてくる。
「り、理系の学部に行かなかったのって・・・」
「文句あるぅ!?」
「なんしょん」
「席ありがとー」
コンビニに寄っていた梅ちゃんと高橋さんが戻って来た。
「さっき片井先輩見たで」
「梅ちゃんもあの茶髪先輩のこと知ってるの?」
梅ちゃんは頷く。高橋さんを見ると、「由衣ちゃんの王子様候補でしょ?」
2人とも知っている・・・だと!?
「知らなかった・・・あいてててて由衣ちゃん肩もげる重い重い重い」
由衣ちゃんが私の肩に体重をかけてきたため肩に超負荷がかかる。
「去年からはしゃいでたくない?」
「鈍すぎるじゃろ」
思い返せば・・・高橋さんと盛り上がってたことがあるような。
「てっきりアイドルとかネット上の人かと思っていたたたたそろそろギブギブギブギブ!」
「タニ去年は午後の授業あんま取ってなかったけんな。グルービーの出現率って午後の方が高いらしいんよ」
「あだ名まで出来てる・・・」
嘘だろ。
「タニ知らなかったのぉ~?」
高橋さんに煽られてちょっと凹む。
「にー」
やっと由衣ちゃんから解放されたとホッとしたのも束の間、ニャルラが肩の上に乗って来た。ちゃんと重いんだけど!
「ほら、タニは人間の男に興味ないから」
「あるよ!?」
失礼な!
「タニの元カレがゴミだったから・・・」
「それはそうだったけど、それだけで3次元の男に見切りをつけたわけじゃ」
「ちゃうやろ。特定の彼氏を作らないだけ」
「とっかえひっかえしてるみたいに言わないでもらえませんか!」
「毎日別の男と一緒におるのに?」
「佐古の男率知ってるでしょ!」
私だって好きで関わってるんじゃないやい!グループワークとかサークル活動を円滑に進めるために必要なことなんだ!
「アタシ佐古駅でタニが派手なイケメンと歩いてるの見たけど」
「ええっ!?」
爆弾発言に肩が跳ねる。
「何その話!?」
由衣ちゃんが高橋さんの肩を揺さぶる。
「あーあーgroovyってめちゃ良き!って意味かぁー」
頑張って誤魔化そうとするが――
「詳しく聞こうか」
梅ちゃんがとても良い笑顔で私の肩に手を置く。どうしよう逃げられない。
「にーにー!」
ニャルラが私の心情を表すかの如く机の上でせわしなく動き始めたタイミングで――。
「続きはじゅ、授業の後で!」
2限目開始のチャイムが鳴った。
(=^・・^=)
2限目の授業が
3限は私だけ別の授業を履修しているので、2限が終わったら『昼はSIGがあるからー』とか言って逃げ出せばいいだろう。尋問を先延ばしにしても良いことなんてないけど、3人がこの話題を忘れてくれる可能性に賭けたい。
「にー」
ニャルラがレジュメを裏返そうと奮闘している。最初は構ってほしいのかと思って無視してたけど、裏に何かあるらしい。手を止めて裏を見てみると、キャットフードの絵がでかでかと描かれていた。このプリント後の試験で使うんだけど・・・。
矢印を書いて家の絵を描く。理解したのか、鞄の中に戻っていった。一応ご飯とお水はフードボウルの中に入れておいたけど、足りるかな。
授業が終わって鞄の中を覗くと、案の定ニャルラの姿は消えていた。
(=^・・^=)
放課後、私は第1研究室、通称『ラボ1』の扉を開けた。
「あ、さっちゃん!やっほー」
「お疲れー」
この部屋は授業で使用されない時と放課後に限り、SIGが使用してよいことになっている。
佐古イノベーショングループ通称『
『SIG』は経営学部生だけで構成された組織であり、オープンキャンパスや研修など、様々なイベントを企画、運営している。
私達が入学した年に創設されたため、実績は少ない。しかし『学生時代頑張ったこと』のエピソード作りには持ってこいのサークルだ。経営学部の先生方とのコネクションも出来て一石三鳥である。ちなみに今は今月末に行われる『1年生歓迎会』の企画が進行中だ。言葉通り、新しく所属した1年生をレクエーションでもてなすイベントである。
「さっちゃん何か面白い案ある?」
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