100万円を置いた猫
椋木美都
プロローグ『不幸少女の夢』
真っ暗な空間の中で私は覚醒した。目の前には白い椅子に座った1匹の黒猫がいる。スポットライトに当てられた黒猫はしっぽをくねらせ、じっと私の目を見つめていた。
夢の中に黒猫が出てきたことは今回が初めてだ。折角だから触ってみようと思い1歩近づく。猫は逃げも威嚇もせず、ただ静かに私の挙動を観察していた。驚かせないようすり足でゆっくりと距離を詰めていく。
ついに手を延ばせば触れられる距離にまでなった時、黒猫の頭上からブウンと大きな音を立てて『光る何か』が現れた。
「わっ」
声も出るのか。思わず口を手で覆う。
『光る何か』はどうやら漫画の吹き出しで、何か文字が書いてある。どうい仕組みなんだコレ。ってかまぶ・・・眩しっ。
距離を取って文字を読むと、吹き出しには『
「私が想像してた猫語とは少し違うな」
願い・・・かぁ。私は腕を組み、黒猫に背を向ける。ライトと吹き出しが眩しすぎて目がチカチカしてきた。どこまでも続く漆黒を見つめて目を鳴らす。次第に心が落ち着いてきた。やっぱり私は、黒が好きだ。
「さーてっと」
この夢が覚めるまでに、私が叶えたいことを考えるとしよう。
パッと思い浮かんだのは『ミネストローネ食べたい』だった・・・今日の朝ごはんそれにしよ・・・いやいや流石に頭空っぽ過ぎるだろ
私にとって足りないもの、持っていないもの・・・例えば、そうだな。
お金・・・は、無駄な浪費をしなければいつかは貯まる
恋人・・・今は必要ない。自分を幸せに出来るのは自分だけだ。
超能力・・・うーん。あったら楽しいし、便利だけど、なくても別に問題ない。逆に隠して生きなければならないのは面倒だ。
ダイエットは・・・貯金よりムズい!楽して痩せたい!これは女性の永遠の悩みであり、欲だと思う。ビバ減量欲。とりあえず一気にガッと減らせば、後に多少太っても大丈夫だろう。
よし!決めた!私の願いは『私の体重を10㎏減らしてくれ』にしよう!
私は振り向き、未だに私の目から焦点を外さない黒猫に向かって願いを伝えようとしたが――途端に恥ずかしくなってしまった。あまりにも私の願いがしょうもなさすぎて。
夢の中で何本気になって考えてるんだ私は。10キロ減て。「何でも叶う」のに選んだのは体重・・・ショボすぎる。夢の中までも現実主義者な自分に辟易する。
以前、私の家で飲み会をした時、高校時代からの友人であるシーバーこと
衣食住の保証、人生をやり直したい、不老不死、世界征服、未来予知、異性からモテたい――。などなど。他愛のない酔っぱらいの雑談だったけれど、あの時は結構盛り上がったな。
どの願いも魅力的だけど、私らしくないし、そそられない。
「ありきたり」が嫌いな私は、ひねくれセンサーに引っかからないような願いを思いつく限り考えたが、どれもピンとこない。どうせなら目の前でふんぞり返っている黒猫の瞳孔を開けてやりたい。
タイムリミットを意味しているのか、スポットライトと吹き出しの輝きがどんどん増してきた。闇が光に侵食されていく。目が眩んで、前後不覚になってしまう。黒猫と吹き出しの文字が完全に見えなくなったところで、私は夢の終わりを悟った。
あぁ・・・きっともう二度とこの夢を見ることは出来ないだろうな。『願いごとなし』が一番白けるのに。結局猫を待たせただけになってしまった。優柔不断でごめんなさい。最後までまともに目を合わせられなくてごめんなさい。だって君黒目めっちゃ大きいんだもん。ごめんなさい、ごめんなさい――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます