100万円を置いた猫

椋木美都

プロローグ『不幸少女の夢』


真っ暗な空間の中で私は覚醒した。目の前には白い椅子に座った1匹の黒猫がいる。スポットライトに当てられた黒猫はしっぽをくねらせ、じっと私の目を見つめていた。


夢の中に黒猫が出てきたことは今回が初めてだ。折角だから触ってみようと思い1歩近づく。猫は逃げも威嚇もせず、ただ静かに私の挙動を観察していた。驚かせないようすり足でゆっくりと距離を詰めていく。


ついに手を延ばせば触れられる距離にまでなった時、黒猫の頭上からブウンと大きな音を立てて『光る何か』が現れた。


「わっ」


声も出るのか。思わず口を手で覆う。


『光る何か』はどうやら漫画の吹き出しで、何か文字が書いてある。どうい仕組みなんだコレ。ってかまぶ・・・眩しっ。


距離を取って文字を読むと、吹き出しには『にゃんんでも一つ、願いをかにゃえるにゃー』と書いてあった。何でだろうあざとくてイラっとくる。吹き出しの位置的に、黒猫がこう言ってるってことでいいのかな。


「私が想像してた猫語とは少し違うな」


願い・・・かぁ。私は腕を組み、黒猫に背を向ける。ライトと吹き出しが眩しすぎて目がチカチカしてきた。どこまでも続く漆黒を見つめて目を鳴らす。次第に心が落ち着いてきた。やっぱり私は、黒が好きだ。


「さーてっと」


この夢が覚めるまでに、私が叶えたいことを考えるとしよう。


パッと思い浮かんだのは『ミネストローネ食べたい』だった・・・今日の朝ごはんそれにしよ・・・いやいや流石に頭空っぽ過ぎるだろ沖谷幸生おきたにさちな。花盛り成人済の19歳なんだから、もっと我儘になっていいはずだ。欲出してこ。


私にとって足りないもの、持っていないもの・・・例えば、そうだな。


 お金・・・は、無駄な浪費をしなければいつかは貯まる


 恋人・・・今は必要ない。自分を幸せに出来るのは自分だけだ。


 超能力・・・うーん。あったら楽しいし、便利だけど、なくても別に問題ない。逆に隠して生きなければならないのは面倒だ。


 ダイエットは・・・貯金よりムズい!楽して痩せたい!これは女性の永遠の悩みであり、欲だと思う。ビバ減量欲。とりあえず一気にガッと減らせば、後に多少太っても大丈夫だろう。


よし!決めた!私の願いは『私の体重を10㎏減らしてくれ』にしよう!


私は振り向き、未だに私の目から焦点を外さない黒猫に向かって願いを伝えようとしたが――途端に恥ずかしくなってしまった。あまりにも私の願いがしょうもなさすぎて。


夢の中で何本気になって考えてるんだ私は。10キロ減て。「何でも叶う」のに選んだのは体重・・・ショボすぎる。夢の中までも現実主義者な自分に辟易する。


以前、私の家で飲み会をした時、高校時代からの友人であるシーバーこと羽柴彩果はしばあやかと同じ話をしたのを思い出した。


衣食住の保証、人生をやり直したい、不老不死、世界征服、未来予知、異性からモテたい――。などなど。他愛のない酔っぱらいの雑談だったけれど、あの時は結構盛り上がったな。


どの願いも魅力的だけど、私らしくないし、そそられない。


「ありきたり」が嫌いな私は、ひねくれセンサーに引っかからないような願いを思いつく限り考えたが、どれもピンとこない。どうせなら目の前でふんぞり返っている黒猫の瞳孔を開けてやりたい。


タイムリミットを意味しているのか、スポットライトと吹き出しの輝きがどんどん増してきた。闇が光に侵食されていく。目が眩んで、前後不覚になってしまう。黒猫と吹き出しの文字が完全に見えなくなったところで、私は夢の終わりを悟った。


あぁ・・・きっともう二度とこの夢を見ることは出来ないだろうな。『願いごとなし』が一番白けるのに。結局猫を待たせただけになってしまった。優柔不断でごめんなさい。最後までまともに目を合わせられなくてごめんなさい。だって君黒目めっちゃ大きいんだもん。ごめんなさい、ごめんなさい――。

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