マッチんぐ‼/猛烈
追手門学院大学文芸部
第1話
本文
「ノエル、やっぱりお前は私の娘なだけあるよ、そんなお前のことを誇りに思う」と父のブーシュが言った。ノエルはフォークとナイフでソーセージを切り、上品に食べていた。
「こんなにリッチなママの可愛い娘なら、男もコロッと惚れちゃうわね」母のキャンディは上機嫌にそういいながら、ノエルのおでこにキスをした。
「フフフ、お母さまったら。そんなにおだてなくてもいいのですわよ。」そう言いながら、ノエルは立ち上がりポニーテールを揺らしながら、コツコツと去っていった。
「ハハハ、これはノエルの結婚ももう少しだな。」とブーシュが言うと、キャンディは後ろから抱きついた。そしてこう言う。
「ねえあなた。そろそろ六人目。できそうだわ。」
ノエルはタッタッとかけていき自分の自室に入った。そこにはきらびやかなベッド……なんてものはなく、質素なただの布団と、床に座るタイプのテーブルしかなかった。ノエルは、ポニーテールを振りほどき、ドレスを雑に脱ぐと、何の変哲もないカバンを開き、CⅮを取り出す。
「やっと私が妙子に戻れる時だね」と言ってそのCⅮを再生した。それは、ノエル……いや、妙子の好きなアイドルグループの一つである、『For elements』の新楽曲であった。For elementsはヒート、ウォーター、ランド、ウィンドと各々が独立しているが、それがとてもいい化学反応になっているのだ。……おっとすまない。まずは彼女を紹介しないとね。
彼女はノエル・シュレート。本名:鷲見妙子。彼女の家は貧乏だった。なぜなら、子供が五人もいるからだ。そして次女であり三番目である彼女が中学生になってから、両親がおかしくなってしまった。なぜか妙子をノエル呼びしたり、貧乏なはずなのに、借金してまで高級な衣装にしたり、なぜか外国人っぽいことをするようになった。両親曰く、
「あんた見た目だけはいいんだから、外国人っぽくすれば、男も惚れこむでしょ」とのことだ。もちろん、妙子は反対したが、そのたびに親から「大丈夫」「期待している」など、さんざん甘い言葉を言われ、いつしか、妙子の心が消え、身も心も『ノエル』になりかけていた。そんなある日、無料でやっていたFor elementsのライブを見たとき、衝撃を受けた。四人ともステレオのようなそろった踊りではなく、全員がバラバラの踊りをしているが、なぜか気持ちよいのだ。特に、妙子はウォーターを気に入った。ウォーターの踊りは、他のメンバーより、特に個性的でお世辞にもいいとは言えなかった。しかし、彼女は必死に他のメンバーに食らいついている。妙子はそんなウォーターの泥臭さを見て、彼女のような、アイドルになりたいと思い始めた。だから正確にはFor elementsが好きなのではなくウォーターが特別に好きで、あとは特に興味がないのである。
「ハー。今日の曲も最高だった……。でもやっぱり、踊りが見たいなぁ。そうだ、ライブを見に行くために、お嬢さま語変換練習をしよう。」そう言いながら彼女は昔母にもらったお嬢さま言い換え辞典を読み始めた。読み進めているとき、ノックの音が聞こえた。
「ノエル、ママよ」キャンディの声だ。妙子は慌てて『ノエル』の準備をした。きれいなパジャマを重ね着して、CⅮを隠し、今読んでいる本に、海外っぽいカバーをかぶせた。そして落ち着いて母を招き入れた。
「どうしたの?なんかバタバタしていたけど……」
「フフ、お母さまったら…私がそんなはしたないことしませんわ。私ではなく、タカシくんではなくて」とノエルはきれいに言い訳した。ちなみにタカシとは、彼女の弟である。
「そうよね。ノエルちゃんがそんなことしないわよね。全く、タカシクンったら…後で怒っとくわ。」とキャンディは部屋から出て行った。
(隆司ごめん)とノエルは心の中で謝った時、携帯から通知が来た。妙子が開くと、「マッチんぐから、あなたに指名が入りました」といった文が送られてきた。
「明日か」と妙子は呟く。
『マッチんぐ』。有料制アイドルマッチングアプリ。アイドルになりたい人が登録して、希望の条件を選択し、その条件と近い人間と一緒に一日地下アイドルを行う。また、登録すると、ライブをオンラインで見る事も出来るため、活動はしないが、登録する人もいる。ここまでだと、世にも奇妙な物語のようだが、実際には世間にも公表されており、どちらかと言うと、知る人ぞ知るマイナーアプリである。今回のアップデートで指名制が入った。妙子はこのマッチんぐでは名の知れた人間であり、通称『マッチ売りの妙子』。だが彼女は恐ろしいほどのライブクラッシャーであり、歌詞や振りを全力で似ていることをするのは可愛い方で、MC時に相方を罵る、マイクを捨てる、酷い時には相方に歌わせないなんてことがあるなど、アイドルのiの字もないほど、真剣に適当にやる。当然同業者の中には、嫌っている人が多い上、マッチ相手が推しの人は、そのアイドル以上に嫌っている。誰が言ったか『エゴイストアイドル』。だが、それは相方を思ってのことであり、逆に彼女によって助けられたアイドルもいたりする。一度組んだことのある人気No1アイドルである、花寺美幸に気に入られており、そのせいで他のアイドルが興味本位で妙子を指名している…という感じである。
翌日、妙子が指定された会場に行くと、そこには花寺がいた。
「あれ、もしかして花寺さんが指名相手なの?」
「いやいや、違うわよ。でも、今日の指名相手は私が妙ちゃんを紹介したからね」そう言って花寺が「出ていいわよ」と言うと、花寺の近くにある電柱からひょっこりと中学生ぐらいの女の子が現れた。
「この子は?」
「倉田めぐみ。最近登録したばっかりなんだけど、この子の批評がちょっと多いんだよね」
(いつも思うんだが、通常アイドルのライブって三万円で、このアプリのライブは500円なのに、なんで批判なんてできるんだろう)と妙子は花寺の話を聞きながら観客に毒づいた。
「…ってことなんだよ。妙ちゃん、やってくれるかい。」と花寺は唐突に確認してきた。妙子は一瞬フリーズしていたので途中花寺の確認しか聞いていなかったが、とりあいず承諾した。
そして、来たるライブの時間。妙子は一切緊張していなかったが、隣にいる倉田は怖いのか震えていた。
(…この子とマッチしてムッとなる理由わかった気がするなぁ)と妙子は内心思っていた。
ザワザワ……
「っと、もう少しで開演ね。大丈夫?」
「……あぁ。大丈夫だぜ」「よし……うん?」と妙子は一瞬疑問に思いつつも、ステージに出た
「みん…「お前ら—!待ったかーー!!」と先ほどの暗さはどこに行ったのか、倉田は唐突にオラついた。
(え?え?)ついていけなくなっている鷲見とは対照的に、めぐみはMCを始める。
「MCするつもりだったけど、そんなのよりとっとと一曲目行くぜ!ホワイトで『私だけ』」
(確か、私一曲目倉田に合わせて、かなり暗い曲にしていたはずだったけどどうするの)
あなたのこと 全然わかっていなかった
私の思いを 一方的に押し付けて
だから必然 それなのに
あなたはあの子と 一緒に
ずっと見せない あの笑顔
あの子には 無料なのね
どうして私だけ このままなの
めぐみは明るく陽気に歌う。当然観客はブーイングの嵐。
(わかった。恐らくこれが、彼女の本心だ。もっと明るく陽気に歌いたい。でも、本人は口に出せない。それで、彼女のマッチ相手が気をつかって暗い曲を選んで逆効果になっているのね…クソが)
それを後方から見ていた、サングラスに帽子、マスク姿の花寺は、
(ちょっと妙ちゃん!?さっき言ったじゃない。彼女にはあまり暗い曲が好きじゃないって)と思っていた。しかし、鷲見はそんなめぐみを見て、少し口角を上げていた。花寺はそれを見てニヤリと笑う
一曲目が終わり完全にめぐみ以外暗いムードの中、スタッフが何か言う。
「次の曲を明るい曲…例えば、夏さんの『RISE』とか…「いや、結構です」と妙子は断った。
(多分毎回こうやって変えているんだな。でも、そうなると相方が用意できてないんだな。それでまたブーイングだろう。だが、私の前で私の優位に立たせない。私がここでは一番なのだ!)
「ちょっと待て!私に合わせてもらえないのか?「駄目に決まっているでしょ」観客がザワザワする。
「え?何?」「多分いつものだろ」「ていうかどっちも暴走する奴やん。これ、ただのマウントの取り合いじゃね」
「あと、私が指示を出すまで歌っては駄目よ。」「え!なんでだい!私は明るいから邪魔ってことか。全く…「いいから従え」「……ハイ」と倉田は妙子の剣幕におされてしまった。
「ということで次の曲はパロニアの『下の人』」
君と私が一緒にいると 私は下の人
きっと届かない あなたには
貴方と私は きっと親子で 逆なんだろう
妙子は落ち着いた歌声で歌っていた。普段のトンチンカンな歌しか聞いていなかった人は「この子、普通に歌えるんだ」という風に思っていた。しかし、その安心はすぐに消し飛んだ。
だからもっともっと あなたに届きたいの
貴方のステージに
唐突に『RIZE』の歌詞に飛んだ。倉田はあたふたしていた。が、そんな倉田を見て妙子はウインクをする。そしてめぐみはこれが合図ということを理解した。
必死に駆けあがって たどり着く
たとえ何かに下がったって 必ず駆け上がるから
二位でもいいから あなたの隣に立ちたいの
めぐみがはいって、妙子は裏にまわる。めぐみはこの曲を歌いながら自分のことを思い出していた。元々元気っ子で、歌が大好きだった自分。でも、暗いもの知らずで人を知らぬ間に傷つけていた自分。それから暗い風に装っていた自分。そんな自分を変えるために登録したのに、自分の『やりたい』が先行して、相手の気遣いを無視していたこと。色々思い出しながら歌い切った。始めてもらった拍手喝采。彼女はその場で崩れ落ちて泣いてしまった。
「ここで一旦、めぐみんは交代したいみたい。では、言いたいことをどうぞ」「…みんな。今日の公演、私が駄目なやつなのに、ここまで見てくれてありがとうな」それは、まさに『女泣き』だった。めぐみは泣きながらも満足そうにはけていった。
「さて、その代わりのスペシャルゲスト。花寺美幸さんです」妙子は客の方に指す。客が妙子の指を追うと、顔を隠していた花寺がいた。客は大興奮。
「全く妙ちゃんったら…仕方ないあなたの給料半分もらうわよ」と花寺は、美幸としての準備をした。
その後、残り三曲二人で歌い切り、今日の営業は終了した。
「お疲れ様です…あれ?鷲見さんは?」と帰ってきた倉田がキョロキョロ見回す。
「あー、妙ちゃんはもう帰っちゃったわ『私のファンなんてどうせいませんから』って言って」
「一言お礼を言いたかったのに…」と倉田はシュンとした。
「まあまた指名すればいいじゃない」
「そうですね。今度会ったときにはしっかりと明るい曲を歌いたいって主張したいです!そして、私が一番明るいマッチ相手って言われるようになります!」と倉田は決意を固めた。
妙子…いやノエルは帰路に就いた。もう夜の11時だった。でも両親は怒る気配もない。ノエルが玄関から入らず、シンクの窓から入り、自分の部屋に向かう。気になって父の部屋をのぞくと、父の隣に母ではない若い女の子がいた。次に母の部屋をのぞく。こちらも知らない男の人だった。しかし、服や荷物をみるにおそらく郵便配達員だろう。
(なんで無駄に家族を増やそうとするのかな!)とノエルは憤慨した
鷲見家は五兄妹と言ったが、一番下の子である鷲見隆司は、ブーシュとこの若い女の子どもだった。それに憤慨したキャンディはよく来てくれている男性配達員を誘惑し、六人目を授かった。お互いにただマウントを取りたいだけであり、生まれた子供はノエル、妙子ではなくノエルを除いて最低限しか育てない。そんなエゴみたいな両親だった。そんな子供の面倒を見るのは、当然妙子しかいなかった。
妙子は今日の稼ぎで買ったご飯などを子供たちの寝室に置き、自室に戻った。そしてウォーターのソロシングルを聞く。
私がうまれたこと 後悔しないで
だって私は私だけ それ以外に何がある
もっと必死に生きるだけ たとえ家族に否定しても
無茶苦茶で歌詞は間違っているけど、妙子にとってはこの上ない良さだった。
「さて、明日も『ノエル』頑張るぞ」そう言って彼女は布団に入った。
あとがき
皆さんこんにちは作者です。今回は『エゴ』をテーマにしたアイドルの話でした。エゴを表現するにつれて、本作では名前変更すると言った手法を取りました。たとえば本作の主人公である妙子は家で、『妙子』と『ノエル』で分けているのに対し両親は変わっておりません。また、ステージでは一番エゴのある人間が下の名前で呼び、バランスがいい時だけ二人とも下の名前で呼ばれます。妙子がプライベートでも『妙子』だけになれる日はいつでしょうね。
マッチんぐ‼/猛烈 追手門学院大学文芸部 @Bungei0000
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