銀河の果てで見つけた君は、異星のプリンスでした

arina

宇宙人との交信と拉致

――ビープ、ビープ。


「…ん?動いてる?」


 レンは自作の装置に目をやった。ガレージの奥にあるその小さな機械から、かすかな音が断続的に響いている。周囲には様々な部品や工具が散らばり、まるで秘密基地のような空間だ。


「なんだ、これ。信号?」


 レンは興奮を隠せなかった。機械好きな高校生のレンは色々なモノを作っていた。趣味で作ったこの装置は、宇宙からの信号をキャッチできるかもしれないと半ば冗談で試作したものだった。動くとは思っていなかったが…。


「まさか、本当に…?」


 レンは目を輝かせて装置に耳を近づけ、耳障りなノイズを細かく調整した。


「こんにちは、こちら地球の、レン。応答できますか?」


 冗談半分で話しかけてみたが、当然何も返っては来ない。気のせいかと思い、もう一度微調整を始めたとき、突然ガレージ内が明るく照らされた。


「うわっ、眩しいっ!」


 白い光がレンを包み込み、目を開けたままの彼は強烈な光に耐えきれず、瞼を閉じた。そして、意識がふっと遠のくのを感じた。


 目を覚ますと、レンの視界に映ったのは見知らぬ天井だった。薄暗く、何かの金属で覆われたような質感がある。


「…ここ、どこだ?」


 体を起こそうとしたが、両手両足が拘束されていて動けない。


「目が覚めたか?」


 低く冷たい声が耳元で響いた。レンがそちらを向くと、見たこともない姿の生物が立っていた。皮膚は青紫色で、細長い四肢と鋭い目が特徴的だ。


「あなた…誰だ?」


「質問は我々がする。地球の少年、レン。お前はなぜ我々に応答した?」


「えっ…いや、待ってくれ。こっちはただ…興味本位で機械を作っただけで…」


 レンは状況を飲み込めず、動揺しながらも口を開いた。


「興味本位、か。それで我々の通信を受信するとは、なかなかの偶然だな。」


 異星人の目が細まった。まるでレンの言葉を信用していないようだった。


「とにかく、ここはどこなんだ?それに、俺をどうするつもりなんだ?」


 レンは質問をぶつけるが、相手は口を閉ざし、再び無言のままレンを見つめていた。


「お前のような存在が、我々の情報に触れることは許されない。地球に戻すわけにはいかない」


 その言葉にレンは背筋が凍るのを感じた。


「まさか…俺を、地球に返さないってことか?」


「理解が早くて助かる」


 異星人が冷たく頷く。レンは心臓が激しく鼓動するのを感じた。


「どうしても?」


「そうだ。我々の存在を知る者は、厳重に監視する必要がある。お前が我々と交信したことは、既に重大な問題だ」


「そんな…俺はただ、機械をいじってただけなんだ!」


 レンは必死に訴えたが、異星人は微動だにしなかった。


 すると突然、部屋が激しい揺れに見舞われた。レンは身動きが取れないまま、天井から降り注ぐ金属片を避けようともがく。


「何が…?」


 異星人も驚いたように周囲を見回していた。


「攻撃か…!」


 異星人が言葉を吐き捨てると、扉の外から激しい爆発音が響き渡った。彼は手早くレンの拘束を解き放ち、腕を引っ張った。


「来い、急ぐぞ」


「え?急にどうしたんだよ…」


「ここに留まれば命はない。我々の母星に戻るまで、ついてくるんだ」


 レンは言われるがままに立ち上がり、異星人に引っ張られるまま走り出した。まだ状況が把握できないままだが、今はとにかく生き延びるしかなかった。


 二人が廊下を進むと、あちこちから煙が立ち込め、異星人たちが慌ただしく走り回っていた。レンは異星人の後ろを懸命に追いかけながら尋ねた。


「攻撃って…誰が攻撃してるんだ?」


「他の惑星国家だ。我々の技術を狙って定期的に仕掛けてくる」


「そんなことがあるのか…」


「お前の星の戦争とは違う。ここでは惑星間の覇権争いが日常だ」


 異星人は険しい表情を浮かべてそう答えた。レンは宇宙に広がる未知の世界に興奮しつつも、目の前の事態に不安を覚えた。


「地球とは違うな…」


「当然だ。お前は異星に連れて行かれる。その事実を受け入れるんだ」


 レンは反論しようとしたが、次の瞬間、激しい揺れが再び襲った。足元が不安定になり、レンはバランスを崩して倒れそうになる。


「しっかりしろ!もうすぐだ」


 異星人がレンの腕を引き起こし、再び走り出す。廊下には、通信装置を確認している者や、船の修復に奔走する異星人たちの姿が見えた。全員が焦りの色を隠しきれず、無言のまま必死に持ち場についている。


「くそ、ワープ準備はまだか!?」


「緊急ワープ準備中だが、数分を要する!耐えてくれ!」


 異星人たちは叫び合い、レンと案内役の異星人、アルノもその中を進んでいく。やがて、彼らが駆け込んだ部屋の中心にある装置が青く光り始めた。


「ワープ準備完了!全員、衝撃に備えろ!」


 船内に響き渡る合図に、レンは咄嗟に近くの柱にしがみついた。隣にいる異星人も同様に何かにしがみつき、他の者たちも慌ただしく固定される位置に移動した。


「…本当に、ワープするの?」


「我々は地球を監視していたが、理解が追いつかないか。お前たちの科学では想像もできないかもしれんが、すぐにわかる」


 アルノは余裕のない表情のまま、冷静に言い放つ。そして――。


 船全体が青白い光に包まれた次の瞬間、全身が急速に引き込まれる感覚がレンを襲った。視界がぶれる中、彼は身体が瞬時に異なる空間に引きずり込まれていくのを感じた。


 数秒後、船内の揺れが収まり、周囲が静かになった。


 「無事にワープ完了。敵の領域を脱した」


 艦内に響くその報告に、異星人たちはほっと一息ついたようだった。レンも、自分が想像を超えた体験をしたことに言葉を失っていた。宇宙船が一瞬で別の空間に移動したのだ。地球では映画やアニメでしか見たことのない技術が、目の前で現実になった。


「今の…本当にワープしたってこと?」


 レンは半ば興奮と混乱が入り混じった表情で、隣に立つアルノに問いかけた。だが、アルノは答えず、冷静なまま周囲の異星人たちと何やら目配せを交わしている。


「アルノ、敵の追尾の可能性は?」


 別の異星人が険しい顔つきでアルノに話しかけた。彼はアルノと似た青紫色の皮膚を持ち、鋭い目つきでレンを一瞬見やった後、再びアルノに視線を戻した。


「現時点では追尾の痕跡はない。しかし、油断はできない。母星まで全速で戻る」


「了解。全員、持ち場につけ。地球人の少年を含め、全乗員の状況を把握せよ」


 異星人たちは慌ただしく通信装置や操作パネルに向かい、冷静を装いながらも、どこか緊張感の漂う態度で指示に従っていた。レンは彼らの様子を見て、少しずつこの宇宙船内の異星人たちが抱えている問題の大きさを感じ始めていた。


「おい、レン」


 アルノが急に呼びかけてきた。彼の表情は依然として硬いが、先ほどよりも若干和らいでいるようにも見える。


「お前はここで静かにしていろ。船内はまだ安全とは言い難い。母星に戻るまで、お前を安全に移動させるのが我々の責務だ」


「それはありがたいけど…どうしてそこまで?」


 レンが問いかけると、アルノは一瞬だけ言葉を詰まらせ、周囲を見回した後、低い声で続けた。


「お前は、我々にとって非常に興味深い存在だ。地球人が偶然にもこちらの信号に応答し、ここまで接触してきたことは、前代未聞だからな」


「でも、地球からここまで来るなんて、普通はありえないだろ?」


「だからこそだ。地球という星は、我々の歴史の中でも特別な位置を占めている。監視と記録はしていたが、干渉するのは極めて稀だ」


 アルノの話に、レンは思わず身を乗り出した。彼らが地球を監視していることは、今までの対話で徐々に理解していたが、それがどのような意図や経緯で行われているのかが気になった。


「それじゃあ、俺みたいに地球人がこっちと接触したのも、初めてってこと?」


「そうだ。お前が初めてだ」


 アルノが冷静に頷いた。その言葉に、レンは不思議な感覚に襲われた。彼が地球とこの異星人たちを繋ぐ最初の存在だという事実は、レンにとっても、何か特別な意味を持つように思えた。


 やがて、艦内の揺れや緊迫感も少しずつ収まり、異星人たちもそれぞれの持ち場で業務に戻り始めた。レンは艦内の片隅でアルノと共に待機し、徐々に緊張から解放されつつあったが、再び問いかけた。


「アルノ、さっきも言ってたけど、地球のことをどうしてそこまで監視してるんだ?俺たちはそんなに異星人にとって重要な存在なのか?」


「それをお前にすべて話す必要はない。だが、ひとつだけ言えるのは、地球という星は我々の古い記録の中に特別な星として存在している」


 アルノは、何かを言いかけて口をつぐんだが、再び続けた。


「地球には、我々の過去とつながる秘密がある。そのため、監視を続けているのだ」


「俺たちの過去…?」


 レンは、何か大きな謎が背後に潜んでいることを感じた。しかし、アルノの口からこれ以上の情報が出てくることはなかった。


 ふと、船の広間に戻ってきた他の異星人がアルノに何かを耳打ちした。アルノは険しい顔つきで頷き、レンに目をやった。


「レン、母星に到着するまで、我々にはまだやるべきことが山積している。お前はこの場所でしばらく静かに待機していろ」


「わかったよ」


 レンは素直に頷き、指定された待機席に腰掛けた。これまでとはまるで異なる世界での出来事に、心が落ち着くことはなかったが、船の外に広がる宇宙を眺めながら、少しずつ新たな決意が芽生えてきた。


「俺が、初めての地球人か…」


 宇宙の闇の中に煌めく星々を見つめながら、レンは地球に残してきた生活を思い出しつつ、ここからどこへ向かうのか、その道を自分の目で見届ける決意を新たにするのだった。

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