第7話・美味い飯と匂いに釣られた人の縁

 二十時半に幻想のカーディナルへ再ログイン。

 始まりの街は夜になっており、空を見上げると星がキラキラと輝いていた。

 フレンド登録をした紅トマトはログインしているが、カエラの方は名前がログアウト状態灰色へなっている。


「ん? カルラはNPCじゃないのか?」


 彼女の名前欄が灰色になっている理由がイマイチわからないが、今は気にせずに宿屋から出ていく。

 始まりの街内を歩いていると課金ガチャで手に入れた重ね着を来ているプレイヤーもおり、チームを組んだり屋台で買い食いしているやつも多い。

 

「試しに何か作ってみても良さそうだな」


 茶ゴブリンの素材を売却したから手元にお金GCはあるし、料理スキルもとってあるから調理自体はできそうだな。

 始まりの街・東区の商店街を歩いていると、調理器具を売っているお店があったので一式を購入。

 

 調理器具を一式揃えるのに五千GCは安いのか高いのがわからないな。

 初期の手持ちが三千GCで、茶ゴブリンを一匹倒せば二十GC+ドロップ素材分稼げる。

 絶妙な値段設定に戸惑いながら、市場で食材や調味料もドンドン購入していく。

 

「さてさてさーて、さっそく作ってみますか」


 商店街の裏路地。

 人通りが少ないココなら目立たないはず。

 テーブルに三口の魔力コンロと、MPを使うと水が出る魔法の水筒。

 他にも始まりの街近くで取れるスローラビットの兎肉や、トマトやキャベツ。調味料に塩、醤油、味噌などを用意。


 最終的にそこそこのGCが飛んで行ったけど、ローズブレードをオークションにかけるつもりだから問題はない。

 そんな感じで色々と言い訳をしながら、魔力コンロに火をつけて上にフライパンを置く。


「油の感じがめっちゃリアルだな……」


 バターをしいたフライパンの上に、塩胡椒で下味をつけた兎肉をのせる。

 ジュウジュウと肉汁が流れ始め、美味そうなお肉が焼ける感じ。

 さっきリアルで夜ご飯を食べたのにヨダレが垂れそうになってしまう。

 

「やべぇ、めっちゃ食いたい」


 キャラクターの空腹度的に、まだ余裕があるはずなのに食べたくなるな。

 トドメに特製の味噌だれをかけると、じゅわーとタレが広がりいい匂いが周りに広がる。

 最後にキャベツの千切り&トマトが乗ったお皿に、兎肉の味噌だれステーキを乗せていく。


「いただきます!」


 付け合わせに店売りのかた焼きパンを隣に置いて実食。

 まずは味噌だれがかかったキャベツとトマト……。


 めっちゃうまい!

 ご飯が欲しくなるタイプのタレなので、少し後悔しながら野菜を食べる。

 次にメインの兎肉のステーキをナイフで切り、薄くスライスしたかた焼きパンの上に乗せてガブリ。


「豚肉と鶏肉の間みたいな兎肉に濃いめの味噌ダレ。そこにかた焼きパンの硬さがちょうどいい」


 フランスパン並に硬いかた焼きパン。

 ただ薄くスライスして、お肉を乗せて食べると別格のおいしさになる。

 お皿に乗ったステーキとサラダを食べつつ、かた焼きパンスライスへ齧り付く。

 

 身近な幸せに感謝だな。

 気づくと皿の上は空になっており、満足しながら膨れたお腹をさする。


「ご馳走様でした」


 幻想のカーディナル恐るべし。

 ゲームの世界でも、リアルに負けない美味しい料理が作れた。

 満足しながらテーブルや道具を片付けようとした時、たまたま裏路地を通りかかった筋骨隆々の大男が興味深そうにコチラへ視線を向けてきた。

 

「なあ、銀髪の兄ちゃん。なんかココで美味そうな匂いがしたんだが知らないか?」

「ん? ああ、兎肉のステーキを作ってたんだよ」

「おお! なあ、金を出すからオレにも作ってくれ!」

「わかったから厳つい顔を近づけてくるな!?」

「す、すまん!」


 声優みたいなイケメンボイスの男性プレイヤー。

 身長が二メートル弱ありそうなガタイに、濃い赤髪の男性は見た目に似合わずキラキラとした目でコチラを見る。

 俺は相手の迫力に驚きながら、さっきと同じ手順で兎肉のステーキを作っていく。


「銀髪の兄ちゃんは料理スキルでもとっているのか?」

「まあな。っと、ソースは味噌だれになるけど問題ないか?」

「もちろん! てか、サービス初日なのにめっちゃ美味そうだな!」

「ははっ、これでも自炊してるんでな!」


 これくらい自炊しているやつなら作れるだろ。

 ヤケにオーバーリアクションをしている赤髪の男性がニヤリと笑い、目をキラキラとさせながらコッチを見た。

 彼に味噌タレをかけた兎肉のステーキが乗ったお皿を渡すと、相手はフォークを使いながら食べ始めた。


「う、うめぇ! 兎肉と聞いて不安だったが豚肉と鶏肉の間みたいな味がするし、この味噌だれの少し濃いめな感じがめっちゃいいぜ!」

「お、おう、めっちゃ早口だな……」


 空の星や街灯が光る夜の街。

 赤髪の男性は課金しているのか、本人のゴツイ金属鎧重ね着装備が周りの光をキラキラと反射させている。

 てか微妙に本人の笑みが怖いので、俺は一歩引きながら受け答えをしていく。


「ふう、ご馳走様」

「ど、どうも。ん? なんで百GCもくれるんだ?」

「もしかして足りなかったか?」

「別に問題はないけど……」


 予想の倍の報酬に驚いただけ。

 ニコニコと笑う男性プレイヤーは満足げにしながら、今度はフレンド登録を飛ばしてきた。


「急に悪いがフレ登録をお願いしてもいいか?」

「お、おう。ん? 赤羽の鳥さん?」

「赤羽の鳥と書いてレッド・バードと読むんだよ」

「ほうほう。これからよろしく頼むレッドさん」

「おうよ! って、銀髪の兄ちゃんは名前がシルバーってシンプルだな」

「あんまりややこしい名前は色々と面倒だろ」

「確かに!」


 ネーム・シルバーはシンプルイズベスト。

 苦笑いを浮かべる赤髪の男性・レッドさんへ微笑みつつ、調理器具一式をイベントリへ片付ける。


「さてと、俺は行くけどレッドさんはどうするんだ?」

「適当に街中を楽しむつもりだ」

「ほうほう。では、また機会がアレばよろしくお願いする」

「おうよ。またうまい料理を食わせてくれ」

「了解」


 やっぱり他人と話させるのはありがたい。

 嬉しそうに手を振るレッドさんを尻目に、俺は満足しながら裏路地から離れていく。


 --

 

 始まりの街・東区にあるオークション会場。

 ルールは出品する物の値段と期間を決め、最終的に最高額を払った人が落札できる。

 やり方はシンプルイズベストだが、ゲーム通貨のGCはもちろん、課金通貨のリアルクレジットLCも使える。


「さて、いくらでかけようかな」


 少し高めでも問題ないか。

 GCでもいいけど、ここはLCにした方が儲けられそう。

 一LCが日本円の一円なので、ローズブレードの最低落札額は五百LCにして期間は二十四時間に設定。

 明日の二十一時半までに決まるので、俺はドキドキしながらウインドウのOKボタンを押す。


「出来れば千LCに行って欲しいな」


 幻想のカーディナルの月額は、二千五百円で他のゲームよりも少し高めの金額。

 サブスクの足しになればありがたいので、明日を楽しみにしながらローズブレードをオークションにかけるのだった。

 


 

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