新しい作物と不安

村の広場を後にした僕とミナは、長老の話を頭に浮かべながら、静かな道を歩いていた。広場での騒ぎが一段落した後、村の人々はそれぞれの家に戻り、再び日常が戻ったかのように見えた。しかし、僕たちの心には不安の色が残っていた。村に異変が起きていることは明らかだ。僕たちが触れた石板や、あの不思議な文字が関係しているのではないかという思いが、頭を離れなかった。


「でも、どうしてそんな力がこの村に影響を与えているんだろう?」とミナが呟いた。彼女の声には、やはり不安が滲んでいる。


「僕にもわからない。ただ、あの神殿と石板の力が何かしら関係していることだけは確かだ」と僕は答える。心の中で、石板に隠された謎を解くことで、村を守れるのではないかと考えていた。


歩きながらふと、僕たちは畑の端に立っている農夫の姿を見つけた。彼は草を刈る手を止め、僕たちに気づいて軽く手を振った。


「こんにちは、カナメさん」とミナが挨拶をする。


「お、こんにちは、ミナちゃん、そして君も。今日はどうしたんだ?」とカナメさんがにっこりと笑った。


「実は、少し気になることがあって、話を聞かせてもらえますか?」と僕が尋ねた。


カナメさんは、少し考え込むような表情をした後、頷いた。「ああ、いいよ。最近、何か変わったことがあったからね」


僕たちはカナメさんと共に畑の隅にある小屋に入り、腰を下ろす。カナメさんは少し疲れた様子だったが、それでも穏やかな笑顔を浮かべていた。


「実は、最近、この村の畑で新しい作物が育ち始めたんだ。でも、それがちょっと不安でね」とカナメさんが言った。


「新しい作物?」とミナが驚いた顔をした。「それは初めて聞いたわ」


「うん。これまで見たこともない植物が、急に畑の隅に生えてきたんだ。最初は雑草かなと思って放っておいたんだけど、どうにも異常な成長をしていてね。実もなってきて、味見したら…」


「味見?」と僕は首をかしげた。


「いや、まずいことに、その実が食べられると思って、ちょっと口にしたんだ。すると、少し気分が悪くなった。でも、すぐに回復したから、まあ大丈夫だろうと思ってたんだ。けれど、最近その作物がどんどん広がってきている。何か不吉な感じがするんだよ」とカナメさんは苦笑しながら言った。


「それ、ちょっと怖いですね」とミナが言う。「でも、どうしてそんな作物が突然生えてきたんでしょう?」


カナメさんはうつむき、しばらく黙って考え込む。「それがわからないんだ。何か変な力が働いているんじゃないかと思う」


僕はその言葉に、急に胸がざわつくのを感じた。もしかしたら、石板の力がこの新しい作物にも影響を与えているのかもしれない。僕たちがまだ解明していない何かが、村の中に広がっているのだ。


「その作物、どこに生えているんですか?」と僕が尋ねた。


「畑の端っこに、あの古い井戸の近くさ。あそこ、誰も近づかないから、放置してたんだが、最近そのあたりにどんどん広がってきているんだ」とカナメさんが答えた。


「井戸の近く…」と僕はつぶやく。「行ってみよう」


ミナも頷く。「私たちも見に行きましょう」


カナメさんは少し心配そうに見守っていたが、結局僕たちが行くことを許してくれた。「気をつけてな。何かあったら、すぐに戻ってきてくれよ」


僕たちはカナメさんに礼を言って、畑の端に向かった。道を歩く間、僕の頭の中には、あの神殿で触れた石板と、村に広がる異変のことがぐるぐると回っていた。


井戸の近くにたどり着くと、辺りの土が何か不自然に盛り上がっているのが見えた。そして、その上に不思議な形をした植物が生えていた。花のような実が、黄色く輝きながら枝にぶら下がっている。


「これが、あの作物…」とミナが驚きの声を上げた。


僕は慎重に近づき、手を伸ばしてその実を触れてみた。触れると、ほんのりと温かい感触が伝わってきた。しかし、何か不安を感じるこの異常な温かさが、僕の直感に警鐘を鳴らしていた。


「何か…変だ」と僕はつぶやく。


その瞬間、背後でかすかな音が聞こえた。振り向くと、暗くなった空から一筋の光が差し込み、その光が僕たちを照らしていた。それは何かを予感させるような、奇妙な光だった。


「これ、ただの作物じゃない」と僕は呟いた。


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