3 村の鍛冶屋と小さなお願い
市場の日から数日が経ち、花咲き村での穏やかな日々に、少しずつ小さな日課ができ始めた。朝は村の広場で軽い運動をし、昼間は周囲を散策したり、村人とお喋りを楽しんだり。今日は村の鍛冶屋を訪ねることにした。以前から気になっていたけれど、なんとなく勇気が出ず足を運んでいなかった場所だ。
鍛冶屋は、村の中心から少し外れたところにあり、煙突からゆらゆらと煙が立ち上っている。近づくと、重たいハンマーで鉄を打つ音が規則正しく響き、鍛冶屋独特の熱気が感じられた。
「おっと、珍しい顔が来たな」
鍛冶場の奥から出てきたのは、筋骨隆々の男、バルドさんだ。無骨な見た目に反して穏やかな眼差しが印象的で、彼もまた村の人々と同じく親しげに挨拶してくれた。
「どうも、ちょっと興味があって覗きにきました。すごいですね、こんなに立派な鍛冶場があるなんて」
「まぁ、ここでは大したものは作らないが、村人の道具の手入れや、小さな修理をしているくらいさ。でも、興味があるなら見ていくか?」
そう言ってバルドさんは、作業の一端を見せてくれることにした。真っ赤に熱せられた鉄を手際よく打ち、形を整えていく様子は、どこか芸術的ですらあった。
「ふむ、なかなか面白いだろう?」
「ええ、想像していた以上に魅力的です。そうだ、実は小さな包丁みたいなものを作っていただけませんか?野菜や果物を切るための、ちょっとしたものなんですが…」
「なるほどな。確かに、包丁くらいならお安い御用だ。少し時間をくれればすぐに仕上げられるだろう」
その言葉に甘えて、包丁をお願いすることにした。鍛冶場の片隅で、バルドさんが手際よく小さな包丁を作り始める。彼が鉄を打ち、形を整え、仕上げていく姿は、先ほどよりもさらに興味深く見入ってしまった。
完成した包丁は、シンプルで小ぶりながら、しっかりとした作りだった。試しに手に取ってみると、ずっしりとした手ごたえがあり、村での調理にも役立ちそうだ。
「これなら、野菜を切るのも楽しみになりますね。ありがとうございます、バルドさん」
「いいってことよ。この村で生活するなら、道具が役に立つといいさ」
村で作られたものを手に入れると、自分も少しずつこの生活の一部になっているようで、どこか嬉しかった。その日の夜、さっそくもらった包丁を使って、野菜を切り揃え、ささやかな夕食を楽しんだ。
異世界での何気ない一日が、少しずつ心を満たしていくような気がした。
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