暗闇の世界
ラべ
第1話 暗闇の世界
暗闇の世界の中に一筋の光が差し込む。
人々はその光に希望を見出し、走り出した。
手を伸ばし、苦痛や疲労など構いもせず、一心不乱に駆けていく。
あの光を手に入れる、あの光に救われたい、その為なら周りを蹴り落としてでも…。
そんな思いが跳梁跋扈していた中、一人の男の手に光が届いた。
しかし、光は男が掴む前に消えてしまった。
希望を無くした人々は、行き場のない喪失感を光を消した男への憎悪に変えて口々に罵倒を始める。
「お前のせいだ」
「お前が消した」
「お前さえいなければよかったんだ」
男は精一杯叫んだ。
「俺じゃない、俺は消してない、光が勝手に消えたんだ」
けれど、そんなことは戯言にすぎない、嘘に違いない、と誰も聞く耳を持たなかった。
男は自分が何も出来ないことを悟った。
いくら真実を叫ぼうと、一度悪人のレッテルを貼られてしまった後、人々が叫ぶ罵声に全てを押し潰されてしまう。
男の脳裏には過去に行った自身の行動が鮮明に浮かび上がっていた。
今までにもこの暗闇の世界に光が差し込むことがあった。
同時に現れることはなく、必ず一点にしか差し込まない。
その時の男も光に希望を見出だし、皆と同じく一心不乱に駆けていた。
この時の光に届いたのは女だった。
けれど、光は女の手の中で消えてしまった。
女が消したに違いないと、周りの人々は女に対して罵声を浴びせ始め、男も光を消した女への憎悪から、罵倒を始めた。
女は、「私は消してない、光が独りでに消えた」と叫んでいたが、男たちは嘘だと決めつけ、真実を罵声で潰した。
男はその場で膝から崩れた。
これはあの時の自分の行動そのものなんだ、と男は思い起こす。
憎悪が続く限り終わらない、いくら真実を叫ぼうと届かない、自分のこの気持ちこそが正しいと思い込む。
今さら気づいた過ちに対して涙を流し、男はただただ自責の念を感じていた。
ふとしたときに周りを見渡すと、人は一人もいなくなっていた。
立ち上がり、遠くを見ると新たな光とそこへ駆けていく人々が見える。
もう罵倒されないと安心した男は、同時に光の下へ行こうと動き出そうとした。
しかし、誰かに足を掴まれ、男は倒れた。
男は掴まれた足の方を見ると、影から伸びる手があった。
この暗闇の世界でもはっきりと分かる影だ。
足を掴んでいる手は、男をその影へと引きずり込もうとしている。
それに気づいた男は必死に抵抗した。
地面に爪を突き立て、影とは逆の方向へと手を伸ばしてゆく。
だが、一本、また一本と男を影へと引きずり込む手が増えていった。
そして、抵抗虚しく、男は影の中へと堕ちていった。
「ユルサナイ、ユルサナイ」
堕ちていく中、男の耳に聞こえてきたのは、あの時の女の声だった。
影から伝わってくる、絶望、恐怖、憎しみといった負の感情が男の心を蝕んでいく。
男は、やめてくれと懇願するも、それを影が受け入れることはなかった。
どのくらいの時間が経ったか、男は理解することができなかった。
心を蝕まれて、永遠と感しる時が流れる中、『光』は突然現れた。
暗闇の世界よりも暗いこの影の中で、その光はこれまでに感じたこともない希望だと確信した。
どうせ消えてしまう、救われることはないと思いながらも、感じた希望を胸に手を伸ばした。
すると、光は消えることなく男の手の中へと収まった。
そして、光は徐々に大きくなり、男を覆っていった。
気がつくと男は暗闇の世界にいた。
しかし、後ろには影があった。
影から離れたい一心で男は駆け出した。
あんな恐怖はもう感じたくないと、苦痛や疲労など構いもせず、一心不乱に駆けていく。
そんな時、遠くに光が見えた。
あの光に救われたんだ、もう一度この世界から解放されたい、あの影から逃れたいんだ、という思いが男の中で跋扈している。
もうすぐで届く距離に来た時、男とは違う方向から来た別の女に光は獲られてしまった。
しかし、女は光を手にしていなかった。
なぜなら、光は女の手の中で消えてしまったからだ。
だが、たとえそうだと分かっていても、この女じゃなければ消えていなかったかもしれない、もし俺だったら光を手にできたのかもしれない、この女さえいなければと男は考え始める。
男は気づかなかったが、他からやって来た人々が周りを埋め尽くし、皆、男と同じ考えで支配されていた。
光を消した女を周りの人々が見ている沈黙の中、男の一言がその沈黙を破り、空気を一変させた。
「お前のせいだ、お前さえいなければ」
暗闇の世界 ラべ @rabe2872
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