深夜編

 スライムは睡眠を必要としない。

 夜は彼らにとって狩猟の時間だった。徒党を組み、キャンプで一日の疲れを癒やしている冒険者を狙うのだ。


 それもこんな深い闇の夜は。


 『――――』


 黒い影が月に照らされた森を駆ける。

 ――スライム。

 その姿は一つだった。辺りに仲間は見当たらない。

 熟練のエロスライムは一人で行動するのだ。


 『何故そんな危険を?』


 不思議がるゴブリンに彼は、


 『不思議なもので、複数で襲撃した時よりも単独の方が相手の反撃が遅れるんです』


 意外な答えだった。

 油断なのだろうか。しかしオークに襲われるケースでは冒険者は油断などしない。

 人間達はスライムを特別舐めているのかも知れない。


 『だから、思い知らせてやるんですよ。スライムだってヤル時はヤルんだって』


 そう言って、熟練のエロスライムははにかんだ笑みを見せるのだった。

 ゴブリンにはスライムの表情などはわからなかったが。


□ □ □

 

 ――見つけた。


 焚火の灯り。その傍に人影が座り込んでいた。

 男。

 得物である長槍を抱え、ウトウトと船を漕いでいる。うっすらと意識はあるようだ。


 しかしそんな寝ぼけ眼で自分を見つけられる訳が無い。

 『体色変化』。その能力で月夜に目立たない藍色に変化していた。


 闇夜に紛れる時に黒が目立たないというのは半分外れだった。真っ黒だと月明りが反射してしまい動いた時に目立ってしまう。

 姿を隠すならば藍色や山吹色の方が目立たないのだ。

 意外と冒険者達もその常識を知らず、シーフやレンジャーに属する者だけが、ひっそりとその知識を隠していた。


 焚火の灯りで影ができないよう、細心の注意を払ってテントに近付く。


 「――――」


 焚火に照らされた黄土色の三角形。三人程度の人間が寝転ぶ事は可能な大きさだった。

 テントの外、見張りの周りに大きな荷物や大型の武器が転がっている事から、貴重品や護身用武器はテントの中にあると推測。

 つまり中に居るのは二人だ。


 スンスンと鼻を利かすと、濃ゆいメスの匂いがした。

 一人だけか。

 男二人と女二人の三人パーティ。


 オーソドックスかつ連携の取りやすい構成だが、男女間の関係性がネックとなりやすい。

 熟練のエロスライムは匂いでそれがわかるのだ。

 今テントの中に居る男女は恋仲一歩手前の関係。そして女は今「期待」している。


 ――チャンスだ。


 迷いなくテントの隙間に身体――柔らかい粘液――を滑り込ませ、テントの状況を見定める。

 入り口側から見て右側に男、左手側に女。二人の間に鞄や荷袋が置かれていた。


 ――これで進展すると思うな!!


 感じたのは怒りだった。

 この状況でメスが「期待」しているという愚かさ。それは王国の年末富くじを一枚買って一等が当たると妄想する程の楽観だ。


 荷物の置き方を見るに男の方が設置したのだろう。紳士。


 ――紳士滅ぶべし。


 エロスライムにとって紳士という存在は許せなかった。それが高潔という風潮が憎かった。

 そもそも、しゅは栄えるべきという本質がある。それなのにその本質を見失った者がどうして高潔と言えよう。

 本当に高潔たるものはスケベと呼ばれる性質であるべきなのだ。


 ――いや、熱くなってしまった。


 メスの発情にあてられたのか、自分も修行がたりない。


 気を取り直し、目を閉じているだけのメスに近づいて行く。

 身長が高く細身で透き通るような白い肌。尖った耳を持っている。髪の色は金髪。

エルフ。

 閉じられた瞳の色はエメラルド色の筈だ。

 薄いレオタード一枚に身を包み、腕と脚はむき出しである。


 ――誘いすぎだろ!!

 

 再びキレてしまった。

 一緒に寝る関係性であるにも関わらず、荷物を間に置くような男の性格。それに対してエロアピールはマイナスになりがちな事をこのメスは知らないのだ。

 こういう堅物の男には、絶えず控えめに接する。そして酔っぱらった瞬間に肌を未着させるべきだった。


 三人の詳しいジョブは不明だが、エルフと槍兵となると、残った男はタンク役だろう。

 通常であればタンク役の男から襲うべきだが――、


 スライムの眼球――存在しないが――がエルフを見定める。

 薄いレオタードの下で美しい肢体が上下していた。

 これではエルフではなくエロフだ。


 ――じゅるり。


 思わず舌なめずり――存在しないが――をしてしまう。


 ――うむ、やはりメスを襲おう。


 エロスライムの習性に従う事に決めると、ゆっくりとエルフに近付く。

 そして、腰を摩る様に触れた。


□ □ □


 「あ――」


 小さく声をあげるメスエロフ。もといエルフ。その色は既に出来上がっている状態だった。


 ――もう準備万端!?


 エルフは何度も襲った事がある。魔力量も多く上質なため、格好のターゲットなのだ。

 しかしこれ程発情したエルフに接触するのは初めてだった。


 「や、やっとその気になってくれたんだ――」


 目を向けず、少し恥ずかし気に言った。


 ――100点。


 その反応は完璧だ。自分が男だったらおっぱじまっていた事だろう。

 しかし、自分はスライムだった。


 優しく腹の方へ身体を滑らせる。

 『体温上昇』で人間の体温まで上昇させ、身体の形も人間に近くしている。

 更に『体硬調整』で人間の身体、それも成人男性の武骨な腕を再現していた。


 滑らかなレオタードの上から腹をさすり、するりと上に。


 「ひゃっ?ぼ、朴念仁だと思ってたのに、せ、積極的なん――だっ!?あっ、や、んん――」


 ――積極的なのは当たり前だ。お前の魔力を吸い取らなければいけないのだから。

腕にした部分とは別の部分で口を塞ぎ、全身にへばりつく。


 「んん!んんん?んんん――――」


 期待していた男ではない事に気付かれる。


 ――もう遅い。


 魔力を吸っていく。彼女が叫ぼうとすればするほど、魔力が放出されて自分は潤っていった。


 「む!む!むむぅ――――!」


 メスが全身を擦り付けるように暴れる。


 いや、そんな事をしては、


 「んんん~~~~~~!?」


 メスの身体が軽く弾けた。


 ――ほら見た事か。大人しく魔力を吸われるがいい。


 メスの身体を温めるように、じっくりと魔力を吸い上げる。


 「はぁ――はぁ――、う、うぅ――」


 息も絶え絶えとなり、ぐったりとした様子のエルフ。


 ――最後のひと吸いだ。


 そう思った瞬間、


 「ユニリアッ!?」


 傍で寝ていた男が目を見開いた。


□ □ □


 ――しまった。夢中になり過ぎたか。


 それでも熟練のエロスライムは油断はしない。

 今エルフはわが手の中にあるのだ。


 「ああっ!」


 再びエルフを締め上げる。

 スライムの体液でレオタードを溶かしながら、身体の陰影を目立たせるように反らせた。


 「――――」


 ごくり、と男の喉が鳴った。

 腰が引けている。エルフにソレを悟らせないためだろう。


 ――予想通りだ。


 真面目な朴念仁を装った男は、自分の欲望を晒す事を何よりも避ける。

 今するべきことは全力でスライムを攻撃する事だというのに。

 男には更に選択ミスがあった。

 外の男に助けを呼ばない事だ。


 熟練のエロスライムにはその考えが手に取る様にわかる。

 このオスは、メスの痴態を他の男に見せたくないのだ。

 瞬きもできず、エルフの身体に夢中になっているのがその証拠だ。


 エロ耐性の無さは戦場で命取りになる。

 最近の冒険者はそれを理解していない。

 昔の冒険者は冒険の前に娼館で経験を済ませていたため、こういった策が有効では無かったのだが。


 ――やはり、魔王軍はエロスライムをもっと育てるべきだ。


 確信した。

 自分の毎日が正しい事を。

 自分の行動が未来へ繋がっている事を。


 ――感謝しよう、冒険者よ。


 『服だけを溶かす酸』を男に向かって吹きかける。下半身に向けて。


 「うおっ!?」

 「ディ、ディーノッ!」


 酸を掛けられた男が尻もちを付き、エルフがそれを目で追った。

 その視線の先に現れたのは、


 「――あっ♡」


 エルフがそれに夢中になった隙に、その身体を突き飛ばす。男に向かって。


 その金髪が丁度男の股間を隠した事を確認し、スライムはテントの外へ逃げ出した。


 ――Good Luuk。


□ □ □


 闇夜の森を影が走る。


 『その――、エロスライムと呼ばれる事に抵抗はありませんか?』


 躊躇いがちにゴブリンが質問した。

 しかしスライムは誇らしげに胸を――存在しないが――張る。


 『いいえ、今この時代こそエロスライムが必要とされている。そんな確信があるんです』


 木々の間、自身の存在を隠すように進むスライムの身体は誰の目にも止まる事はない。

 それでもスライムは進み続ける。


 やがて森の先、地平線の先に強い灯りが現れた。

 朝だった。


 スライムの身体が光に照らされ、その粘質な身体を輝かせる。

 その姿は神々しささえ感じさせる。

 光りを浴びながらエロスライムは進み続ける。


 『エロスライムの矜持を胸に』

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