十四時過ぎのフクロウ②
五時間目 言語文化
教師が「巡りあひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半の月かな」などと板書する。この歌は久しぶりに逢えた人とすぐ離れなければならない寂しさを雲に隠れる月に例えたもの、だそうだ。千年前の人は和歌を詠んで、自分の恋心を伝えたのだという。現在、このインターネット社会においてわざわざ手書きの恋文を出そうという高校生はかつてほど多くはないと思うけど、実は案外根強いこの文化は、少なくとも我が隼田高校では生き延びている。
先ほどの和歌で隠れてしまったのは月だったが、今日隠れてしまったのは晴風の貰うはずだったラブレターだ。神隠しならぬ紙隠しである。などと徒然なるままに考えながら、私は現時点の状況をノートの端に整理してみた。
・鵜澤さんは今朝、晴風の下駄箱にラブレターを目撃した。
・「誰からだった?」と言ったので、鵜澤さんはラブレターの送り主を知らない。
・晴風はラブレターを受け取っていない。
私はここまで書いて、一度教師にトイレに行くと断って昇降口まで行ってみた。晴風の下駄箱を含め、どこにも青い封筒は見つからない。やはり誰かが持ち去ったと考えるのが妥当だろう。他に得られる情報はなさそうなので、私は早々に教室に戻ることにした。
階段を上がりながら、どうすべきかを考える。もちろん、ラブレターを無事に貰ったところで、必ずしも晴風にとってプラスになるとは限らない。全く好みではなくて、振るためのフレーズを考えるために、優しいこの子はいろいろと悩むことになるのかもしれない。もしかしたら、ストーカーみたいなヤバい男かもしれない。
でも、だとしてもそれは文面を見て、話してみて晴風自身が決めれば良いことだ。そのラブレターがきっかけで、一生の伴侶を得る可能性だって、ストーカールートの可能性と同じくらいはあると私は思う。思いたい、一人の女子高生としては。
誰からのかもわからないラブレターを読む前に奪われるというのは、うん、恋愛にあんまり縁のない私でも、たぶん嫌な気がする。さっきまでに挙げたような、様々な可能性を全て奪われることになるからだ。ここまで考え、私は一つの決心をした。
晴風からラブレターを奪った犯人を探して、返して貰おう。
大切な親友の、あるかもしれない素敵な未来のために。
しかし、使える時間はそう多くはない。ラブレターを奪った犯人は、今日中にラブレターを始末するだろう。なにしろ紙だ。簡単に処分することができる。しかも私は、今日も遅刻したので朝のクラスメイトの登校状況をほとんど知らない。授業中にある程度状況を整理して、少ない休み時間を有効活用しなければならない。先ほどのメモの下に、早速考えを付け足していく。
・ラブレターが無くなったのは鵜澤さんが登校してから晴風が登校するまでの間。
・鵜澤さんはバドミントン部なので、早めに登校する(具体的に何時かは要確認)。
・晴風は帰宅部なので、登校時間を確認する必要がある。
・うちのクラス一年A組の下駄箱は昇降口の一番右側の通路の左側にある。そして右側の下駄箱は今年度どのクラスにも使われていない。つまり、あの通路を通るのは理論上うちのクラスのみ。
・その中でも、晴風の下駄箱は真ん中あたりにあり、校庭側、廊下側のどちらからも見えづらい。
・教師が下駄箱を見回ることもあるらしいが、うちの高校は恋愛禁止などという校則はないし、ラブレターを教師が没収する理由がない。見つけて回収したとしたら、うちの担任の話のわかる
これらの環境的条件によって、晴風の下駄箱のラブレターを奪う可能性があるのは一年A組の生徒三十人、およびラブレターを置いた本人、本人にラブレターの置き場を聞いた他クラスの生徒に限られる。現時点では置いた本人がわからないので、一旦うちのクラスの生徒から検討しようと思う。昇降口を通る時刻は、部活動に所属しているかでかなり異なる。私はさらにノートへの箇条書きを続ける。
・鵜澤さんのように早く昇降口に来る、室内で朝活動する部活動にいるのは鵜澤さん含め十一人(バスケットボール部三人、バレーボール部二人、バドミントン部一人、卓球部二人、剣道部一人、吹奏楽部一人)。
・ただし吹奏楽部は今日、野球応援のため公欠している。吹奏楽部以外の文化部だと美術部が二人いるが、朝活動はないと聞くので一旦は除外する。
・残りの十九人のクラスメイトのうち、屋外の運動部にいるのは十一人(野球部二人、サッカー部三人、陸上部三人、ソフトテニス部三人)。屋外の部活は部室棟があり、朝は部活が終わるまで昇降口には来ない(以前、珍しく朝登校できた日に汗を流しながら靴を履き替える運動部の大群を見たことがある)。
・野球部二人は大会のため公欠している。
・残り七人のうち、美術部が二人いるが一人は今日欠席。帰宅部の五人のうち私と晴風を除くと一人が今日欠席していて、美術部一人と帰宅部二人が残る。
鵜澤さんと晴風の登校時間によっては、これらの情報で容疑者を絞ることができるかもしれない。ここまで書き終えて、私はふぅっと息を吐く。
ノートの端をちぎって、「今日何時に来た?」と書き、前の席の晴風にこっそり渡す。晴風はメモの裏に「7:30 ありがとう」と書いてこちらへ返した。朝早く来て、自習していると前に言っていたのを思い出した。しかし、ありがとうと来たところを見ると、晴風は私が何をしているのか気付いていたみたいだ。さすが、私の親友。つい口角があがる。教師は授業の終了を告げる。
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