第2話 おかえり

 耳を突き抜けるような大きなに、食堂にいた子供たち全員が恐怖に染まり、パニックになる。

 机の下に隠れる子、思考が停止して近くの友達どうしてくっついたまま動かない子もいる。

だが幸い、サブリナさんの言葉を破り、逃げようとする子は一人もいなかった。




「なに……今の……」




 私の向かい側にいたリナも目に涙を浮かべている。

 私は窓を見るが、そこには何もいなかった。

 叫び声を聞いて目をそらしたから、その隙に見逃してしまったのだろう。

 でも、呼び子の叫びよびこのさけびが聞こえる直前、リナは何かに恐怖する表情を見せた。

 きっとその時に”何か”を見たのだろう。




 それより、出て行ったサブリナさん達が心配だ。

 呼び子の叫びこんなに大きく聞こえたということは、本当にすぐ近くに”化け物”がいたということだ。

 出会ってないといいんだけど……

それに、もし扉を開けて入ってきたらどうしようという不安にも襲われる。

 でも今はサブリナさんの、洋館に居れば大丈夫という言葉を信じてここで待つしかない。




「ガアアアアア! ギャアアア!」




 再び外から、不気味な叫び声が聞こえる。

 恐る恐る窓に近づいて下を見る。

 そこには、手足が異様に長く、身長が高い、人とはかけ離れた姿の化け物が見えた。

 体はガリガリで、骨格が浮き出ている。

 かろうじて骨に引っ付いているような皮は、人の肌とは異なり灰色だ。

 その不気味さのあまり、私は後ろにしりぞく。

 濃い霧でよく見えないが、何かに威嚇するように、その長い手足を振り回し、叫んでいる。




 手足を振り回し攻撃している先には、何人かの人影が見えた。

 きっとサブリナさん達だ! 

 あんな化け物相手に、本当に大丈夫かな?

 何人かで相手をしているとはいえ、あんなに長い手足に当たったら、一撃でやられてしまいそうだ。




「アアアアアアアアアア!」




 奇声を発しながら、化け物が両こぶしを思いっきり振り下ろす。

 その真下にはサブリナさんがいる!

 危ない! と思ったが、彼女は拳が降ろされる前に、化け物の足元へもぐりこむ。   

 そして持っていたナイフで、足首を思いっきり掻き切った!




「ガアアア!ガアアア!」




 化け物の足首から真っ赤な血が流れる。

 そして足を抑えながらしゃがみ込む。

 化け物と対等以上に戦うサブリナさん達の姿に、先ほどまでパニックになっていた子供たちは皆、黙って窓からそれを見つめていた。




「頑張れ!」


「負けないで!」




 皆は大声で応援する。

 それが聞こえてしまったのか、怪物がこちらを見上げて叫ぶ。




「ギャア! ギャア!」


「うわああああ!」




 それに恐怖したみんなは、慌てて窓から離れる。

 それを見た化け物は、何かを諦めたかのように黙り、うつむいて動きを止めた。

 その時の表情は、なぜか悲しそうに見えた。

 それの隙を見てサブリナさん達が背後から一斉に攻撃を仕掛ける。

 背中を切り裂かれ、刺された化け物は、悲鳴を上げることなく静かにその場に倒れた。

 倒れる直前、何かを言っていたように見えたが、ここからでは聞こえなかった。

 ただただ叫んだだけだろうか?

 真っ赤な血を大量に流して動かなくなった化け物は、その場で絶命したようだ。










ーーーーーーーサブリナーーーーーーー


「……間に合わなかった!」


「サブリン……せめて、連れ戻そう」




 外へ出て、キュニティ君を探そうとしてすぐ、呼び子の叫びよびこのさけびが聞こえてしまった。

 間に合わなかった……でも絶望に沈んでいる暇はない、次するべきことを急いでしないと。

 森の中を突き進み、キュニティ君を探す。

 深い霧のせいで、いつ出会うかわからない。

 先頭を走っている私がしくじれば、後ろのみんなにも被害が及んでしまう。

 霧の中では、視覚よりも聴覚の方が圧倒的に多くの情報を得られる。

 キュニティ君が出す音を絶対に聞き逃してはいけない。

 叫び声が聞こえたあたりにもうすぐ着く。

 こんなに館の近くにいたのは、まだ飲み込まれてすぐだったからだろう。

 運が良かった。




 叫び声が聞こえた場所についてすぐ、霧の奥にキュニティ君の影を見つけた。

 まだこちらには気づいていない。


 後ろの仲間に、ジェスチャーで状況を伝える。

 キュニティ君の後ろに回り込むように、そっと展開する。

 彼が私たちを視認した瞬間、もしくはこちらの陣形が完成した瞬間に仕留めにかかる。




「そんな姿になっちゃって……ごめんね、止めてあげられなくて……」




 近づくと彼の姿がはっきりと視認できた。

 やせ細り骨が見浮き出ている灰色の体。

 異様に長い手足。

 身長は私たちの二倍……三メートル程だろう。




「ガアアアアア……ガアアアアア……」




 と鳴いている。

 今、連れ戻してあげるからね!


 こちらの陣形が完成した。

 全員が一気に彼に向かって駆け出す。

 腰の包丁を抜き、それぞれが手足、そして急所に向かう。




「ガアアアアア! ギャアアア!」




 こちらに気づいたキュニティ君が、大声で吠える。

 そして、長い手足を振り回し、私たちに攻撃をしてきた。


 バキバキバキ!!と、彼の手にあたった木々が折れる音が聞こえる。

 一撃でも食らえば即死だろう。

 全神経を集中させ、彼の懐に潜り込む。

 長い手足を持つ彼らは、一度攻撃をした直後に大きな隙が生まれる。

 動きをよく見て判断すれば、比較的安全に近づくことができる。




 彼の目の前に着た瞬間、急に周りが暗くなり、上を見る。

 するとキュニティ君が両こぶしを私めがけて振り上げていた




「アアアアアアアアアア!」




 すさまじい叫び声と同時に、彼は拳を振り下ろした……でも遅い!


 足を止めることなく加速し、一気に彼の足元に潜り込む。

 彼の拳は地面へめり込み、大地を大きく揺らす。


 彼の動きを止めるためには、足を止めなければならない。

 彼の足首を、包丁で一気に切り裂く!




「ガアアア!ガアアア!」




 叫び声と共に、赤い血が流れだす。


 傷口を抑えて、彼は倒れ込む。今がチャンスだ!

 全員が一気に彼へと接近し、武器を構える


 するとキュニティ君が館の方を見ていた。まさか、子供たちに目を付けた!? 


 しかし彼は、子供たちの方へ向かうことなくその場で




「ギャア! ギャア!」




 と叫んだだけだった。

 そして急におとなしくなり、動きを止めた。


 私たちは目で合図をし、一気に彼の背後から攻撃を仕掛けた。

 斬られた場所から、刺された場所から、血が流れ出る。

 それでも彼は断末魔すらあげなかった。その代わりに



 

「ギャギュ? ギャギュ?」




 小さな声で、そうつぶやいて絶命した。




「また、繰り返しちゃうか……何度繰り返せばいいんだろう……」


「サブリン……きっと、いつかはみんな乗り越えられるよ」


「うん……」




 キュニティ君の死体へと近づき、首の後ろに包丁の刃を突き刺す。

 すると死体から白い煙のようなものが発生し、辺りを包み込む。

 そして煙を発しながら、空気が抜けるようにしたいが小さくなっていく。

 それはだんだんと子供ほどのサイズとなり、収縮を止めた。

 そしてそこには、子供の姿のキュニティ君が気を失って倒れていた。




 近づくと彼は目を覚まし、不思議そうにこちらを見つめている。




「ここは……どこですか?」


「ここは君の家だよ、キュニティ君……さあ、帰ろっか……」




 まだ状況を把握できていない様子のキュニティ君の手を取り、館へと戻る。

 またみんなと仲良くね……












ーーーーーーーサラーーーーーーー




 サブリナさん達が怪物の死体に近づくと、白い煙が発生し、彼女たちを包んでしまった。

 どうなったのか気になって、全員が下を見つめていたが、煙が覚めると、小さな男の子が倒れているのが見えた。

 サブリナさん達が近づくと、彼は目を覚まし、何かを話しているようだった。


 サブリナさんは、不安そうな彼の手を引いて、向こうへ行ってしまった。

 きっと帰ってくるんだ!




 私たちは全員で玄関へ集まった。

 今か今かとサブリナさん達の帰りを待っている。

 扉の向こうから足音が聞こえ、ギギギと音を立てて扉が開いた。




「おかえりなさい!」


「無事でよかった!」




無事に帰ってきた姿を見て、皆が歓声を上げる。




「ただいまみんな。約束を守って偉いぞ!」


「約束だからね!」




 楽しそうに会話する私たちから隠れるように、先ほどの男の子がサブリナさんの後ろからこちらを見ている。




「その子は?」




 一人がその子に気づくと、全員の視線がその子に集まる。




「この子はキュニティ君、新しいみんなの家族だよ!」




 そういうとみんながキュニティ君の周りに集まる。




「よろしくねキュニティ君!」


「よ、よろしく……」




 まだキュニティ君は緊張しているみたい。

 私も、また今度話しかけてみようかな。

 もしかしたら仲良くなれるかもしれないし。




 ふとサブリナさん達の方を見ると、盛り上がる私たちを微笑みながら見つめていた。

 でも、少し悲しそうな表情をしながら……


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