呼び子の叫び
@zinbeityan
第1話 ただいま
自由、それは誰にも縛られず、何の障害もなく自分の思うように生きられることだと誰かが言っていた。
外ではみんなが自分の生きたい道を、自分で選べる。
そんな世界が、外には広がっているのだと。
誰から聞いたのか、どこで聞いたのかも分からない。
元々頭に刻まれていたみたいに記憶に残っている。
そんな世界を夢見て暮らすことだけが、ここでの毎日だ。
どこかもわからない森のずっと奥。
霧に閉ざされた地に建つ大きな洋館で、私を含めた百人近くの子供が暮らしている。全員同じくらいの年で、自分の親が分からない。
全員が口をそろえて、気づけばここで暮らしていたと言う。
物心つく前から、ずっとここで暮らしているのだろう。
「サラ、また何か考えてたの?」
図書室の窓から外絵を眺めていると、声をかけられた。
振り向くとそこには黒い長髪の女の子が立っていた。
彼女はリナ。
ここで暮らす子供の一人で、私の唯一の友達。
普段から本ばかり読んでいた私は、気が付けば独りだった。
周りは仲のいい友達を作り、共に過ごしていた。
その中でもずっと独りだった私を心配してくれたのか、彼女は私に声をかけてくた。
それから私たちは一緒に過ごすことが増えた。
明るくて、私とは正反対の性格の子だけど、なぜか彼女と話すのはとても楽しい。
彼女には他の友達もいるから、ずっと私と一緒に居るわけではないが、たまに私の元に来ては話し相手になってくれる。
「うん、外の世界ってどんなのなんだろうって。いつか行ってみたいなあ」
小さいころから、ここだけが世界で、外は人の生きれる環境じゃないって教えられてきた。
事実、この建物の外は深い森が広がっており、濃い霧がいつも辺りを覆っている。
実際に見たことはないが、森には人外の化け物もいるらしい。
たまにこの建物にも近づいてくるらしく、ギャアアアアア!と不気味な叫び声が聞こえる。
その時はみんな怖くて奥の部屋に震えながらこもる。
でも、叫び声が聞こえるたびに、この洋館には新しい子が増えるから、私たちの間では”呼び子の叫び”と名前がついている。
こんな話を聞くと、外に行くなんて馬鹿だと、自分でも思えてくるような私の夢に、リナは首を縦に振って賛同してくれる。
「見てみたいよね。ここから見える景色なんて、緑と白だけだもん」
彼女はそういって窓を見つめる。
窓から見えるのは永遠と続く霧と森だけだ。
霧のせいで奥の方は真っ白に染まっている。霧のせいで日の光もあまり差さず、外はずっと薄暗い。
「いつかこの森を超えて、外の世界を見に行きたいよ」
物語で見るような、人がたくさんいて、色々なものが売ってある「お店」と言うもの。
大地が膨れ上がり、大きな壁となった「山」。
水が絶えず流れ続ける「川」。
それをいつかこの目で見てみたい。
「この森の向こうにいる人たちから、ここはどう見えてるのかな。真っ白な霧にいつも覆われた森って感じかな」
「きっとそうだろうね。人がいるなんて考えてないかもよ。きっと私たちがいるって知ったらびっくりするよ」
私たちはいつか見ると決めた外の世界からの視点に思いをはせる。
ゴーン、ゴーン
「あ、もう時間か。サラ、早くいこ!」
壁に掛けられた時計が鳴る。
お昼の時間だ。
リナが私の手を引っ張り、食堂へと走っていく。
洋館は広く、私たちの居た図書室から食堂までは少し距離がある。
食堂に着くと、もうほとんどの子供が椅子に座り、並べられた食事を食べていた。
「あ、サラちゃん、リナちゃん。もうご飯できてますよ。温かいうちに召し上がれ」
そういって笑顔で声をかけてくれたのは、この洋館のリーダー的な存在であるサブナさんだ。
彼女は私たちの世話をしてくれていて、とても優しいので、沢山の子に好かれている。
今日の料理を作ってくれたのも彼女たちだ。
もちろん百人近くの子供たちの世話を一人で準備することは難しいので、彼女の他にも何人か私たちの世話をしてくれる人がいる。
私たちも椅子に座っていただきますの挨拶をする。
「いただきます!」
今日もご飯は美味しい。
サブナさん達は本当に何でもできる。
美味しい料理も作れ、私たちの世話もほとんどしてくれ、困った時に頼れば何でも解決してくれる。
美味しそうにご飯を食べる私たちを笑顔で見ていたサブリナさんの表情が、突然少し重いものになって私たちに近づいてきた。
「そういえば二人とも、キュニティ君を知らない? 朝から姿が見えなくて、探してるんだけど見つからないの」
キュニティ君は私と同い年の子供で、彼も外の世界に強いあこがれを抱いていた。
話をしたことはないが、皆に外の世界の話をするときの彼の瞳は、私と同じ目をしていた。
「いえ、見てませんね。いつも一緒に居る子たちも知らないんですか?」
「聞いたんだけど、朝起きたころにはもういなかったって言ったの。みんな大慌てで探してたんだけど、まだ見つからないみたい」
そういってサブリナさんは奥の席を見る。
そちらに目をやると、いつもキュニティ君と一緒に居る子たちが、大急ぎでご飯を口に運んでいる。
きっと早く食べて彼を探しに行く気なのだろう。
「焦らないで落ち着いて食べなさい。大丈夫だから」
大急ぎで食べる彼らに、心配そうな表情でサブリナさんが声をかける。
それでも彼らは急いで食べる。
友達がいなくなって焦る気持ちがよくわかる。
「サブリン……ちょっと来てくれる?」
そういって彼女を呼んだのは、サブリナさんと一緒に私たちのお世話をしてくれているサーテさんだ。
重い表情で近寄ってきた彼女は、そのままサブリナさんを連れて食堂から出て行った。
気になったので、私は席を立ち、こっそりと彼女たちについていく。
廊下で話しているのを見つけ、私は物陰に隠れて聞き耳を立てた。
「さっき、皆に彼のことを聞いて回ったんだけどね。彼の情報はなかったけど、一人の女の子が気になることがあるって言って教えてくれたの。朝早くに、トイレに行こうと廊下を歩いていたら、玄関が少し空いているのに気が付いたって。特に気にすることなく閉めたと言ってたんだけど、昨日私たちが鍵かけたよね?」
「じゃあ……もしかしてキュニティ君は……」
「かもしれない……」
サブリナさんは絶望した表情で膝から崩れ落ち、サーテさんは悲しい顔をしながら黙っている。
「今日、咆哮を一度でも聞いた?」
「聞いてない……ならまだ間に合うかも!?」
「なるべく急いで準備をしよう! サブリンは子供たちを集めておいて! 私は他のみんなに伝えて準備してくるから!」
やば! 私は急いで食堂に戻る。
席に座って廊下を見ると、サーテさんが走っていくのが見えた。
そしてサブリナさんはこちらに来ると、大きな声で叫ぶ。
「みんな! ご飯を食べて終わっても、しばらくここにいて!」
その指示に、周りの子たちに動揺が広がる。
先ほどまで焦っていたキュニティ君の友達も、何かあったのではないかと余計に不安になった様子だ。
「何かあったのかな」
リナも不思議そうにサブリナさんを見ている。
サブリナさんは今ここにいる子供たちの数を確認し、キュニティ君以外の子供がそろっていることを確認する。
「みんなこっちを向いて、私の話を聞いて~」
焦っている様子を隠し、笑顔で皆に話しかける。
みんなも手を止めて静かに彼女の方を見る。
「私たち、ちょっと用事で外に出ないといけないの。でも洋館の中に居れば安全だから心配しないで。みんなお利口にここで待っていられるかな?」
それを聞いた子供たちは、口々に
「大丈夫です!」
「安心してください!」
と言う。
その様子から、サブリナさんがみんなにどれほど信頼されているかが分かる。
でも、その中にも何人かが、とある疑問を持っていた。
「外に出て大丈夫ですか? その、化け物がいるし、外は暗くて怖いし……」
それはサブリナさん達を疑う言葉ではなく、心から心配している声だった。
それに対して彼女は笑顔で微笑み
「大丈夫。心配してくれてありがとう」
と返す。
その言葉に、多少なりともみんな安心したようだ。
「サブリン、用意できたよ!」
サーテさんが、他の人たちを連れて食堂に入ってくる。
全員腰に包丁を付けていて、全身真っ白の服を着ている。
今まで見たことのない光景に、再びその場の全員が唖然とする。
「分かった、私もすぐに準備してくる!」
そういってサブリナさんは、飛び出すように食堂から出て行った。
「みんなサブリンから聞いたね? 絶対に外に出ちゃだめだよ」
「はーい」
サーテさんは、かなり焦っている様子で、近くの時計を何度も見ている。
「もう七時間くらい経過してる……もういつ時が来てもおかしくない……」
小さな声でつぶやいたみたいだったが、近くに座っていた私にはその言葉が聞こえた。
七時間……多分キュニティ君が消えてから現在までの経過時間だろう。
「お待たせ!」
息を荒げながら、サブリナさんが食堂へ駆け込んでくる。
「じゃあ、行こうか」
「みんな、待っててね!」
そういって、彼女たちは玄関へと走っていった。
少し経つと、ギギギと玄関の戸が開く音が聞こえ、彼女たちが外へ出たのが分かった。
食堂にいる子供たちは、全員彼女たちの無事を願って手を合わせている。
中には怖くて友達に引っ付いている子もいる。
私の向かい側で食事をしていたリナも、不安そうに窓を眺めている。
私はしばらくその様子のリナを見つめていたが、ふと急に、窓を見ていた彼女の目が見開かれる。
そして手で口を押え、恐怖に染まった表情で窓の外を凝視している。
何事かと思い、私も窓の外を見る。それと同時……
ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!
という耳を突き抜けるような大きな叫び声が、洋館中に響いた。
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