君がいた春を辿る

永良 サチ

14歳  Q自分ってなに?

モノクロの道(冬樹) 1

 果てしない宇宙の謎を解明するように、自分のことがわからなくなった。


 なにをしたいのか、どうしたいのか。考えることを放棄したいと思っても、学校という場所はそれを許してくれない。


  黒板に貼られたマグネット式のプロジェクタースクリーン。そこに写し出された映像を養護の先生が指示棒で指し示していた。


「皆さん、第二次性徴期を知っていますか? 小学校の時に男女の体についての保健学習をやりましたよね。今日はその延長線上にある〈思春期病ししゅんきびょう〉についての授業をします」


 中学二年生になって、ちょうど二か月。クラス替えをした教室にもそれなりに慣れてきた。


 数学、社会、理科。どの授業も大抵眠くなるが、週の中日なかびである水曜の五時間目だけは、襲ってくる睡魔に抗うことができない。


「思春期病は重大な心の問題に繋がります。思春期とは子供から大人に変化する大切な時期のことですが、具体的にどのようなことが起きるのか説明できる人はいますか?」


「はい! エロいことしか考えられなくなる!」


 お調子者のクラスメイトが挙手をして発言すると、教室が笑いの渦に包まれた。


「たしかに異性への関心は強くなるわね。でもそれ以外にも思春期を迎えると独立心が強くなって、自分の考えを持つようになると同時に、漠然とした不安になりやすくなると言われています。これは心と身体の成長速度の違いが原因です」


 俺は机に頬杖をついて、うつらうつらしてきた眠気とひたすら戦っていた。


 窓際から三番目の席は、差し込んでくる陽射しが反則的に暖かい。瞼だけじゃなく、首もカクンと落ちる。教壇に立つ先生の話は、まだ続いていた。


「大人への反発や反抗。刺激を求めて衝動的な行動を起こしたり、あるいは自信が持てないために依存的になったりする人もいます。思春期病の発症例は人それぞれですが、心のバランスが崩れ、悩みや不安を周囲に相談できないことが大きな要因と考えられています。まずは、ひとりで抱え込まないこと。思春期というのは誰でも通る道です。上手くいかなったり、置いてけぼりにされていると感じることがあったとしても、それは自分のせいではなく――」

 

 退屈な話を聞き流しながら、青く薄曇った空を眺めた。


 近年、厚生労働省から発表された思春期病。発症年齢は十歳前後から十八歳。自然に治ってしまう人もいれば、学生時代に発症してそのまま大人になるまで続く人もいるらしい。

 

 思春期病にかかったからといって、見た目の変化はなく、自分から口に出さない限りバレることはない病だ。

 

 思春期病の一番の特徴は、普通の人には見えないが見えてしまうというところにある。


 俺はその病に一か月前からかかっているが、もちろん誰にも言っていない。

            

         *****


「あ~、ユリちゃん先生の話長かったね!」

 

 休み時間になると、女子たちは教壇を陣取り始めた。ちなみにユリちゃんとは養護の先生のあだ名だ。


 わずかな段差を椅子代わりにして集まっている理由は、黒板の横にコンセントがあるからで、ふたつあるプラグはスマホの充電器とストレートアイロンで大体占拠されている。


「小四くらいの時は男女別に分かれて授業しなかったっけ?」


「ああ、したした。男子は短いのに、女子はやたらと長いの。生理のこととか、妊娠するまでの仕組みとか聞かされたよね」


「うちの学校はビデオ見せられたよ。わりと生々しいやつ。それで終わったあとに男子からどういう授業してたんだよって聞かれてマジで気まずかった」


「男子って、声変わりとか筋肉がどうのみたいな話しかされなかったって私は聞いたけど。あと毛の話されたって」


「毛ってなに!」


 こういう授業のあとは大体色話になって、まともに思春期について考えようとする人はいない。だからきっと思春期病についても軽視されがちで、心の病気として片付けられてしまう。


 思春期は誰でも通る道だから、不安を感じることも悪いことではないと大人は俺たちに教える。だけど、それは教育上での話だ。


 たくさんの選択肢が用意されているようで、俺たちはいつまでも子供のままではいられないという大人行きのレールへと強制的に乗せられる。


 拒否権は用意されていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る