第8話 野良猫の描いたネコ②
だけど先生は「そうか、麗有は病弱だもんな……」と、なぜか話が通じていた。
は?
病弱?
誰が⁉
疑問しか湧かなくて首を傾げている私に、更なる疑問が襲ったのは、この直後。
「確か、麗有と夢見(私のこと)は親戚なんだよな? じゃあ麗有が出られなかった授業のプリント類は全て夢見に任せるから、お前は何も気にしなくていいぞ」
「先生、ありがとうございます……」
そうしてペコリと皆に一礼をして、教室を後にした皇羽さん。するとほぼ同時に私のスマホが鳴った。アイコンを見るに、どうやらメールらしい。
そう言えば、皇羽さんがネットでスマホを買ってくれてたんだっけ――と有難く思いながら、不慣れな手つきで中身を確認する。
すると、
『ということだから後はよろしく。ノート、綺麗にとっとけよ。分かりやすくな。あ、あと……授業中に寝るなよ』
「……は?」
パシリにされ、やっと「はめられた」と知った私。怒りを含んだ声を隠さずに、スマホの電源を落とす。
そして「今日の夜、覚えておいてくださいね皇羽さん……」と、復讐に闘志を燃やした。
◇
休み時間、放課後――
時間があれば皇羽さんとの関係や皇羽さん自身の事を聞いてくる女子達。それに逃げながら、私はやっと、マンションに到着することが出来た。
現在、午後六時。
辺りが薄暗くなったから逃げ隠れる事に成功したものの……季節が夏だったら、どうすればいいの。
明るい炎天下の中。女子達の追跡を免れながら、全力ダッシュしないといけないのかな……⁉
「考えただけで憂鬱すぎる! それに、せっかく登校したっていうのに、友達のクウちゃんとも話せなかったし。一体どういうこと……」
クウちゃんとは大親友で、互いに良き理解者。
クウちゃんは私の家庭事情を知っても引かなかったし、私もクウちゃんが生粋の Ign:s のレオのファンだと知っても引かなかった。
クウちゃんは、周りからいくらアイドルオタク(ドルオタ)と言われようが、そんなのは気にしない。「自分の好きな物を純粋に好きでいたい」と話してくれたクウちゃん。その時の彼女は、まるで天使のようだった。
けど…
私と皇羽さんが親戚だと先生が喋った直後から、まるで鬼のような顔でずっと私を見ていたクウちゃん。
そりゃ怒るよね⁉ レオ大ファンのクウちゃんに、レオ激似の皇羽さんという親戚がいた事を隠してた私を、そりゃ怒るよね!
「あ~、もう! それもこれも、全部皇羽さんのせいですよ~!」
怒りに任せて玄関扉を開ける。だけど、部屋の中は真っ暗だった。
え、あれ?
皇羽さん、今日早退したよね? なんでいないの?
「まさか……、本当にお腹が痛くて病院に行ったとか?」
不安になってスマホを確認すると、メールが一件。
皇羽さんからだ。
『九時には帰る。心配するな』
なんだ。じゃあお腹が痛くて、とかじゃないんだね。とりあえずは安心。21時までどこで何してるんだって話だけど……。
「はぁ。お腹が空いたし、晩御飯でも作ろう」
鞄を部屋に置いて、制服をかけて――と学校の片づけをしていた時。
ひらりと、鞄の隙間に挟まっていたらしい紙が宙を舞う。不思議に思って手に取ると、差出人はクウちゃんだった。
「”今夜七時から〇〇放送で Ign:s 出るから見られたし。萌々の親戚という人が、どれだけレオに似ているか…その目にしかと焼き付けたまえ”
いや、こわ!
これ脅迫状みたいなもんだよ! 怖すぎクウちゃん…!」
今日はバタバタしてて言えなかったけど、クウちゃん……。私、スマホを持たせてもらえたよ。今度からはメールでやり取りできるね……。
「って、メールでこの文章が来ても怖いけど……って、あれ?
テレビのコンセント抜けてるよ。なんで?」
さっきからリモコンを操作しても、画面がつかないわけだ。
もしかしてテレビが故障したから、皇羽さんがコンセントを抜いて出て行ったとか? それで電気屋にでも行ってるとか?
「あれ? コンセント差したら普通に付いた。故障は、皇羽さんの勘違いだったりして」
この時、私は知らなかった。
自分の安っぽい想像力で収まる世界であれば、どれほど楽だったろうかと。
親が失踪した以上の衝撃を、一時間後の、午後七時に知ることになる。
「あ、始まった。 Ign:s がまた歌うんだ~。どれだけ多忙なの。すごいなぁ」
クウちゃんが好きなレオなんて、私たちと同じ年齢だったっけ。それなのに、こうやって生中継に出たりして遅くまで仕事をしているのだから、素直にスゴイと思う。
Ign:s の事は嫌いだけど、尊敬してる所はるんだよねぇ。
「じゃあ晩御飯食べながら見るとしますか。ほんとは消したいけど……でも、クウちゃんのため! 我慢してみるぞ……!」
歌う前の、おなじみトークショー。主に話題を振られるのはレオで、今日もレオはテレビの中でキラキラした笑顔で受け答えをしていた。
今日は何を聞かれるんだろう――
呑気にそんな事を考えていた私。どんぶりの中で泳ぐ麺を箸で掴む。昨日は雑炊。今日はラーメン。
『ちなみにレオくん、昨日の御飯は何だったの?』
『昨日は~あ、雑炊! 久しぶりに食べると、めちゃくちゃ美味しかったです!』
「…………へ?」
え、今の……なに? 聞き間違い?
雑炊って……。私と皇羽さんが昨日食べたのも、雑炊よね?
「い、や……。でも、雑炊なんて……他の家でも作るし。マイナーな料理ではないから、うん。偶然……なんだよ、きっと」
箸から滑り落ちた麺を、再び拾う。そして「フーフー」と、息を吹きかけて湯気を飛ばした。私の体からジワジワと汗が出る。
そんな中、テレビの向こう側ではトークに花を咲かせていた。
『やっぱ一人で食べるご飯より、誰かと食べるご飯ですね!』
『え~! ちょっとレオくん!
今のは意味深発言だよ! どういうこと⁉』
『あはは! いつの間にか家に住みついちゃった猫ですよ~』
なーんだ、とスタジオの空気が和むのが分かった。もちろん、それは私も同じ。
「よかった、ウチに猫はいないし。うん、やっぱり、たまたま当たっただけなんだ! なーんだビックリした!
一瞬、皇羽さんが本当にレオなのかと疑っちゃったよ~」
だけど、私は目にしてしまう。
今後の私の運命を決定づける、決定的な瞬間を――
『では、 Ign:s の皆さんに歌ってもらいましょう!』
司会者に案内されて席を立つ。その時。
レオの右手に、チラリと見えた何か。
それは、何か――
――よし。大人しい今のうちに、皇羽さんの手首の湿布を貼りなおそう。ついでに何かマークを描いとこうかな。ちょうちょの仕返しに!
その右手首に、お店で買って来た湿布を貼ったのは、私。
仕返しに何かマークを描こうと思って、だけど猫しか描けない事に気づいて……不細工な猫を描いたのも私。
そして――
信じられない事に、その不細工な猫と、画面越しに目が合った。
レオが踊る度に、袖の隙間からチラチラ私を覗いている。間違いない、あの湿布を貼ったレオは、絶対に――
「……は、はは……。皇羽、さん……?」
乾いた笑い、行き場をなくして泳ぐ目。
そして、どんぶりの中でのびきったラーメン。
画面の中の「彼」は、時折感じる手首の痛みをものともしないで、平然と歌って踊っている。
そして時折カメラ目線で私を見ては、極上の笑みでほほ笑んでいた。
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