白蛇の子
白木 春織(しろき はおる)
あらすじ
都より北、古に阿久津神との戦いのあった大口国(おおくちのくに)。魑魅魍魎より結界を守護せし一族の隻眼の長、小碓青弦(おうすせいげん)は、四百年に一度の儀式のため、白蛇神の娘、針(はり)を嫁として迎え入れる。針は老婆のような白髪と血のような赤眼、その人並みと違った容姿から、人里を追われ、結界の境、大物山(おおものやま)を鎮守する白蛇神の元で育ったという。また、針は幼き日の体験から、言葉を発する事が出来ず、その白く透けるような肌ゆえ、太陽の下で生きられぬ娘だった。
しかし、古き神によって教育されたという針は、一際幼い外見とは裏腹に、漢字を巧みに使って意思疎通をはかり、教えれば、かな文字も容易に覚えてしまう元来の賢さを発揮する。
蕾が弾く間近のような、人として、乙女として開花する間際の針の様を見て、罪の意識を抱く青弦。彼等の行う儀式とは、結界に溜まった瘴気を、針の身に下ろし、彼女ごと神刀にて斬ることで、結界を浄化するというものだった。
しかし彼女はそれを知った上で、青弦のもとに来たのだと言う。彼女の望みは大人になることなく、自らの命を終わらせること。犠牲ではなく、ただ、自らの願望と国の宿願が重なっただけなのだと、真白な顔に、淡き笑みさえ浮かべ宣ったのだ。
針の笑みにえずくような違和感を持ちながらも、粛々と儀式の準備をこなす青弦。彼の正体もまた、突如として消えた双子の兄、青弦の身代わりとして密かに当主となっていた弟の蒼星(そうせい)であった。幼き頃より体の弱い兄の影として育てられ、その勤めを果たすことが、姿を消した兄との最後の約束でもあったのだ。儀式を中断するわけにはいかず、初めて自分に生まれた感情と当主の役目の狭間で葛藤する。
満月の近づく中、蒼星は内側から燃えるようなうずきを感じ、城の端にある源泉にて、その熱を冷ましていた。その時、眼帯をとった姿を針に目撃されてしまう。彼の左目には、唯一、兄と違うは青い星が宿っていたのだ。針はその瞳を美しいというが、蒼星はそれえを拒絶してしまう。
針の家族とも言うべき白蛇の白(はく)に諭され、蒼星は針に青弦のこと、自らの入れ替わりの秘密を告げる。それに応えるよう針も幼き頃、母が男に襲われ、殺された経験から、自身の身が大人になることを恐れていると打ち明けるのだった。そして針は、蒼星の兄である青弦のことも知っているという。ゆえに、人のためになって、なにより青弦の願いのために死ねるなら、それ以上の幸せはないというのだ。
彼女と兄が自身の預かり知らぬところで、交友を交わしていた事実に、これまで感じたことのない燻りを感じる蒼星。その黒き感情を抱えたまま、満月の光にその身を晒した瞬間、蒼星の体は星の燃えるような熱さを纏って、蒼き狼へと変身を遂げる。そして、いつの間にか消し去られていた記憶を思い出す。
先祖返りの体ゆえに、父に虐げられていた幼き蒼星。そんな彼を庇ってくれたのは、母と兄だった。その母が亡くなり、満月の光に、狼へと変貌した蒼星は、昂る気持ちを抑えきれず、城を飛び出してしまう。そんな蒼星の沸る血を鎮めてくれたのは、やはり目前にいた白き娘だったのだ。熱き体に、兄と二人寄り添い、その温い体温を分け与えてくれた。蒼星は自らのうちに存在した他者に慈しまれた気持ちに、針への思いを確かなものにする。
針を死なせたくないと、蛇神の元を訪れる蒼星。蛇神は狼姿の蒼星に儀式の本来あるべき姿を語る。針の役目は、もともと蛇神が担っていたのだという。澱みを纏い阿久津神へと身を落とした蛇神を倒すことで、結界を清めてきたのだ。しかし、太古より生き延びてきた神を前に、力を落とした当主が討ち払うことも難しく。穢れを幼き娘に落とし、斬ることで浄化を成し遂げてきたのだという。ゆえに阿久津神へと落ちた蛇神を、先祖返りたる蒼星が討てば、針を救うことができると告げる。
月の満ちる夜、気高き狼の姿で阿久津神と対峙する蒼星。しかし、生ける神を前に蒼星は苦戦を強いられる。窮地に陥った蒼星の元、駆けつけたのは神刀を持った針。彼女は舞いによって、澱みをひきつけ、薄れた瘴気に蒼星は神刀で阿久津神を討ち果たす。
父神との別れに涙をこぼす針。健気で哀れな最愛の娘に父神は新たな名を授ける。
「瑠璃」もう人を傷つけるための棘は必要ない。星を宿す青年のそばで、その光となり、生きていくのだ。二人は払った代償の大きさを痛感しながらも、互いに守り抜いた愛しき存在を、しっかりと抱きしめるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます